夜空の下

 

 

幾分温かくなったとはいえ。

深夜の空気は冷え、風は相変わらず冷たい。

それでも。

はあ、と吐いた息が白くなることはない。

そんなことで、ゆっくりと季節が移っていくのを感じる。

 

 

オウン  オウン  オウン

 

 

空気が細かく振動する。

見上げれば、頭上高い所をゆっくりと通り過ぎていく宇宙船。

 

この国の夜空にあるものといえば、月と星だけだったのに…。

天人が来てから、夜空は明るくなった。

ターミナルのサーチライト。

宇宙船の明かり。

もたらされた文明の利器、電気によるネオンサイン。

家々にともる灯り。

それが良いことなのか、悪いことなのか…土方には分らなかった。

 

 

溜息を一つついて、ポケットから煙草を取り出す。

愛用のマヨネーズ型のジッポから火を移し、吸い込んだ煙を吐く。

 

「廃油のタンクがすぐこの先にあるってのに、煙草を平気で吸えるあんたの神経を疑いまさぁ。」

「火を落とさなけりゃいい話だろうが。」

「人には火気厳禁とか言っておきながら…。」

ぶつぶつと文句を言う総悟の言葉を聞き流しつつ。

再び空を見上げる。

 

「…空に何かあるんですかぃ?」

「いや、…星が見えねえなあと思って。」

「いまさらでさぁ。」

「まあ、そうだがな。」

武州にいるころは田舎だったせいもあって、夜はもっと暗かった。

山に入り込んで迷子になった総悟を探し出し、背負って歩いた道をほんのり照らしたものは月だったか星だったか…。

そう、夜はもっと何かを包み隠すものだった。

 

 

たとえば恋人との逢瀬とか。

 

 

ち。

変なこと思い出した。

 

クルクル天パの糖尿予備軍。

こんな夜には目立つだろう、銀髪に白い着物。

恋人同士だなどと確認したことはないが、たぶん二人の関係はその言葉が一番近い。

本当は今夜会うはずだったとか。

行けないと連絡を入れた時の溜息とか。

 

「怪我なんかすんじゃねーぞ。」

 

本気で心配して、言ったあいつの一言とか。

 

そんなの無理だ…と思っても、「分かってる。」と頷いた自分とか。

 

 

「…何考えてんでさぁ。」

「江戸の夜は情緒がねえな。」

「だから、そんなのいまさらでさぁ。」

「まあ、そうなんだがな。」

隊士たちが、配置につき息をひそめている。

「今夜、一番情緒がねえのは、俺たちかも知れねえなあ。」

見上げてくる総悟の頭に手をやる。

子供扱いすれば、膨れるくせに。

自分や近藤がその頭に載せる手を、本気で叩き落したことはない。

「何、言ってんですかぃ。一番情緒がねえのは、倉庫の中にいる奴らでさぁ。」

「ああ、そうだなあ。」

 

 

目の前の倉庫には、武器密輸の疑いのある組織が集結しているはずだ。

こんなに明るい夜に、こいつら何をやってんだろうなあ。

これでもこいつらは闇に乗じているつもりなのだろうか?

こんなに明るい江戸の町で?

どうせやるならもっと上手くやりやがれ。

お偉いさんが聞いたら頭から湯気を出して怒りそうなことを、心の隅でそっと思って。

「じゃ、行くか。」

煙草を踏み潰した。

「…あんた、本当。神経質なんだか、無神経なんだか…。」

「火気厳禁だからな。」

「ち。」

シネヒジカタ。

半ば口癖となりつつある憎まれ口は聞かなかったことにして。

隊士たちを見た。

全員がこちらを見て、土方の合図を待っている。

 

 

「突入する!」

 

「おおおおおおお!」

 

 

先頭切って倉庫に飛び込みながら。

先ほど見た夜空を思い出す。

 

 

雲ひとつない空。

 

 

きっと、明日はいい天気だ。

 

 

青空の下で。

笑ってる銀色が見えた気がした。

 

 

 

 

 

 

20100531UP

END


遅くなりました。
100000HITお礼フリー小説です。
とうとうケタが1個増えることとなりました。これも、来て下さる皆様のおかげです。
本当にありがとうございます!!
気に入っていただけましたならどうぞお持ち帰りを。
絢香女史の『みんな空の下』を聞いていて何となく空を見上げる土方が思い浮かんでできた話です。
分かりづらいですが、土方はちゃんと銀さんが心穏やかに1日を過ごせたらいいなあと祈ってますよ。
(20100604UP:月子)