青空の下
んんん…。
ぼんやりと目を開ければ、しらじらと夜が明けてきている気配。
ああ、しまった。ソファで寝ちまったか…。
ゆっくりと体を起こせば、昨夜の残りの酒やつまみがそのままで。
あ〜あ、乾いちまってるよ。
いくら赤貧生活とは言え、これを食べる気はしない。
それとも食欲旺盛の夜兎娘なら、これくらい平気で食べるだろうか?
「今夜、行けなくなった。」
酒もつまみも準備して。
後は、恋人が来るのを待つばかり。と浮かれた気分でいた所にそんな電話。
はあ、と飲み込みきれなかった溜息が洩れる。
「怪我なんかすんじゃねーぞ。」無理だと分かってる自分の言葉に。
「分かってる。」
頷いたあいつの声。
実際に斬り合いが始まればそんなこと気にしていられないのは知っている。
けど、頷いてくれたことに安心している自分。
通話を終えガチャンと受話器を置いて、今度は大きなため息を誰にはばかることなく吐く。
なんか、声の感じが外からかけてるみたいだった。
ふと窓から見上げた空にあるのは、星と月と宇宙船。
あいつもこの空を見てるのかねえ。
黒い髪に黒い瞳、そして黒い隊服が嫌味なくらいに似合う奴。
一見夜が似合いそうだけど、明るい太陽の下で笑うと思いのほか穏やかな顔になることを知っている。
雲ひとつない夜空に。
ああ、こりゃ明日は晴れかねえなんて思ったんだった。
昨夜のことを思い出しながらぼおっとしていると。
オウン オウン オウン
上空を通り過ぎていく宇宙船の音。
すっかり慣れたと思っていた音が、響くのは一人だから?
昔、自分たちが寺子屋で風景をかけといわれて書いた絵は、山、木、川、畑、花、空、太陽。そんなもんだった。
今の餓鬼共は、空に必ず宇宙船を書くんだという…。
なんだかねえ。
無粋だよねえ。
いや、こうして。飲み残しの酒と、カピカピのつまみと共に目覚めた自分も十分無粋だけれども。
テーブルの上を片付けて、のそりと玄関を開けて外に出た。
昇る朝日。
清々しい空気。
………こんなさわやかな早朝に起きたのなんて何年振りだろう。
仕事で早く起きなきゃいけない時は、餓鬼共をせきたて、自分もせきたてられながらバタバタと現場へ向かうだけだ。
外の様子なんて堪能してる余裕はない。
ああ、やっぱり無粋の極みだね。
玄関の前の手すりに寄りかかりながら、空を見上げる。
餓鬼共が来るまでにはまだかなり時間がある。
それまで何をしよう…。
取り合えず、コンビニでも行って朝食を買ってこようか?
どうせ仕事はないし、予定もない。
そのうち子供らが来て、賑やかになるだろう。
やれ、「仕事探して来るアル。」だの。
「パチンコは仕事じゃありません。」だの。
ったく、うるせえったらねえ。
まあ、まずはコンビニか。
階段を下りて。
早朝にエンジン音をさせるとババアがうるさいから、歩いていくことにする。
大通りへの角を曲がろうと思った時。
「っ、」
「お。」
出会い頭に誰かとぶつかった。
「お、多串くん!?」
「万事屋?」
そのままギュッと抱きしめた。
「うわ、馬鹿、煙草!」
慌てて咥えていた煙草を捨てくれている。
抱きしめた体からは、夜の気配と血の匂い。
「…怪我は?」
「ねえよ。」
「確かめてもいい?」
「…朝飯、食ってからな。」
その手にあるレジ袋の中には二人分の朝食。
「どっか行くところだったのか?」
「朝飯買いに行くところだったんだ。タイムリー。」
「…そうか。」
小さく笑う顔。
畜生、かわいい。
自分の表情も自然と緩むのを感じる。
少しせかすようにその背中を押して家へと戻る。
だんだんと高くなる太陽。
「やっぱり、今日はいい天気になったな。」
「ああ。」
20100603UP
END