紅い痕

 


 

いやいやいや。

アレは、うん。虫さされだよね。

 


示し合わせたわけでもないのに、飲み屋で鉢合わせするのはこれで何度目だろう。

初めのうちこそ、互いに顔をしかめていたのだが。

この頃では何となく予定調和。

むしろ会えない時に、何となく寂しく思ったり。

 


相変わらずサービス旺盛なくらいに、ざっくりと開いた胸元。

どこのチンピラですか?ってほど着崩した黒の着流し。なのにだらしなく見えないのが本当に不思議だ。

その首筋。

耳の少し下あたりに赤い丸い痕。

元はまんまるな痕だったのだろうけど、少しいびつに歪んでいるのはたぶん痒くて掻いたのだろう。

そのいびつさが、思いのほか淫媚な空気を漂わせる。

まあ、その、何だ。

 


まるでキスマーク見てえだな…ってさ。

 


「じろじろ見てんじゃねえよ。」

「見てません~。副長さんはどれだけ、自意識過剰ですか~。」

それでもこちらからの視線を感じるのだろう、居心地悪そうに身じろぎする。

これはまあ、虫さされだとしても。

こいつにキスマークを付けるのはどんな奴だろう。

女かな?男かな?

や、男って…。

ナイナイナイ。

良い具合に酒が回ってきたのだろう、わずかに上気した頬とか。警戒心が解かれてずいぶん経つ柔らかな表情とか。

や、ナイナイナイ。

思わず自分がキスマークつけてるところを想像したことなんて一度も!!!………ありませんとも。

…嘘だけど。

「………手前、何だよ?何か言いてえことがあんならさっさと言えよ。」

「や、別に言いてえことなんてないんだけど…。」

ただむしゃぶりつきたいかなあ…なんて思っちゃっただけで。

「お前なあ!」

決して気が長い方ではない土方が、きっと俺を睨む。

わあああ。

そのまっすぐな視線に心臓を鷲掴みにされたような、息苦しさを感じる。

年のせいか、俺のひねくれた性格のせいか?

大人になってから、まっすぐに人の目を見ることなんてそれほどなくなった。

たいていは斜めに構え、のらりくらりと言葉を紡ぎ、人と真摯に対応することは少なくなった。

さすがに子供たちはまっすぐこちらを見てくるし、こちらもそれなりに向き合わなければならないが、大人同士ではなかなかこうはならない。

ましてや、切れ長の綺麗な目がまっすぐこちらを見ているとなれば。

「あ、ああああ、あのね、多串くん。」

「多串じゃ、ねえ。」

律儀に返す言葉すら嬉しいって、どこの中2ですか。

真っ直ぐな目から無理やり視線を外せば、次に目につくのはやはり先ほどの赤い痕で…。

なんか、多分、もう、ほぼ無意識だった。

 


ダッテ、オイシソウダッタカラ…。

 


ちゅ。

と小さく湿った音がして、俺はその赤い痕の上に口付けていた。

 


………ヤバ。

 


人の無意識って怖ええ。

 


そんなことを考えながら、そっと顔を離すと。

「ぐえ!」

殴られた。

あいつが立ち上がった時のイスの音と、俺が床に倒れた音で店内の視線が集中する。

しまった!と思って見上げた土方の顔は………アレ…。……真っ赤…?

「………二人とも…、喧嘩なら店の外でやってくんな。」

店の親父が困ったように言う。

この頃は和やかにのむことが多くなった俺たちを、笑ってみてくれていた親父にすればいまさら何で…という思いなのだろう。

どうやら、キスしたのは見られなかったか、せいぜいが耳元で内緒話をしたように思われたらしい。

「帰る! 親父、勘定。」

見事に単語だけを並べて、土方は言われただけの金をカウンターに置くとそのまま店を出て行った。

「銀さん。あんたが悪いなら、早く謝っちまいなよ。」

「お、おう。ツケにしといてな。」

「たまには払えや。」

呆れたように笑う親父に手を振って俺も店を出た。

慌てて辺りを見れば、少し離れた所を猛然と去っていく背中。

ああ、もう。

好きでなきゃ、誰が男を見て美味そうなんて思うかよ。

自分と同じような体型の男の背中を見つけて、愛おしいなんて思うかよ。

好きでなきゃ。

少しでも一緒にいたいと必死で行きつけの飲み屋を探したりするもんか。

走ってその背中に追い付けば、前だけ見て物凄い速さで歩く土方の頬はほんのりと赤く染まっていて。

やっぱ。

「美味そう。」

「っ。」

すぐ横から聞こえた音にビクンとその足が止まる。

「っ、っな、  てめ  。」

そのまま走って逃げそうな土方の手首をギュッとつかむ。

「キスマークじゃないのは分かってんだけどさ。」

「…っ?」

「たとえそれが小っせえ虫でも、お前の首筋に噛み付いて、んで、血ィ吸った訳だろ。」

「はあ?」

「そんな虫すら羨ましいって、どんだけだよ?」

「…てめ、何言って…。」

「だから、ここ。」

先ほど口づけた場所にもう一度顔をよせ、今度は舌でペロリと舐めれば。そこが虫に刺された場所だと分かったのだろう。

「痒さがぶり返すから触んな。」

「…じゃ、他の場所なら?」

「っ、他…って…。」

一度引いた赤い色が再び頬に乗る。

この時点で、嫌がって逃げない…ってことは脈あり。で良いんだよな。

「食いたい、んだけど。」

「………。」

こちらの本気を探るようにじっと見つめてくる土方。

「食われるばっかり…ってのは、気に入らねえ。」

え?

銀時の手を逆に掴み返して、二の腕の内側にそっと唇を寄せる。

「っ。」

ちゅ、と口付けられてすっかり忘れていた痒みを思い出す。

顔を離した土方の頭越しに見れば、そこには忘れていた赤い痕。

一気に自分の顔が赤くなるのが分かる。

なんだ、これは。

普通にキスするよりずっと恥ずかしい。

 


いたたまれなさを誤魔化さんと、土方を半ば引きずるように引っ張って路地裏のホテルを目指す。

「………お前、色気ねえなあ。」

後ろからは呆れたような土方の声。

 


うるさいうるさい。

笑いを含んだ土方の声。

それが、こんなに嬉しいなんて。

 


 

 

 

 

 

20100708UP

END


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(20100713UP:月子)