桜の夢

 


一体全体……何だってこんなことになってるんだ…。

半ば呆然としながら、土方は目の前に広がるとっちらかった銀髪をぼんやりと眺めた。

 


 

土方が仕事を終えたのはすっかり陽が落ちてからだった。

このまま屯所にいたら有耶無耶のうちに仕事を回されかねない。

飲みに行くか…と、着流しに刀を差し屯所を出た。

随分と久し振りのオフだった。

多少気分も高揚していたのかもしれない。

ふと、いつもとは違う道を歩いてみる気になって、いつもは曲がらない角を曲がって見た。

見慣れない夜道を幾分新鮮な気持ちを持って眺めつつ歩いていると、大きな桜の木が見えた。

大きな屋敷の庭から塀を超え道の方へと伸びた枝には、夜目には白く見える花がたくさん咲いていた。

丁度満開だ。

すっかり春めいてきたな…。

そう言えば今日もずいぶん暖かかった。

そう思って桜を見上げる。

昼間の桜も綺麗だが、夜の桜もまた良い。

白い桜の花がぼんやりと光っているように見えて、何とはなしに神秘的な印象を受ける。

 


 

………こんな夜は………。

 


 

ふと、人の気配に気づいてそちらを見れば、向こうからのんびりと歩いてくるのは銀髪の男。

桜を見上げながら歩いていた男の視線が、ふと土方を捕らえる。

 


 

「あれ。」

「万事屋………。」

 


 

それからなぜだか一緒に飲むことになって。

思いのほか穏やかな時間を過ごして。

 


そして。

 


 

それまで、土方の手首をベッドに抑えつけていた銀時の手がおもむろに動き、手のひらを合わせるようにしてギュッと握ってきた。

「っ」

汗でじっとりと湿った手が、わずかに震えていて銀時の本気を伝えてくるようだ。

改めて銀時の目を見返してみれば。

いつもはぼんやりとしていて、どこか冷えている紅が。

強い力を称えて土方を見つめていた。

土方への想いをその奥に秘め、それでも隠しきれずに愛おしげに見つめる。

本気………なのか………?

悪ふざけでもなく、酔った勢いでもなく、ましてやたちの悪い嫌がらせでもなく。

本気で………俺を………?

会わせた両手から銀時の気持ちが流れ込んでくるようで、土方の鼓動が速くなる。

すると、大きな反応を見せない土方に焦れたように銀時の手がすっと動いた。

離れてしまった手を残念に思う間もなく、その手は土方の背中に回される。

折れんばかりにぎゅうと抱きしめられて、また息を飲んだ。

ぴたりと重なった身体から、直に伝わる銀時の鼓動。

 


ドクドク ドクドク

 


それは、速まっていたはずの土方の心臓よりもずっとずっと早く打ちつけていて。

緊張、してるのか………?

それに気づいた途端、土方の心に込み上げてくるのは喜びだった。

では、本当に?

叶うはずもないと、気持を自覚した瞬間に諦めたこの感情の成就を…。

自分は夢見て良いのだろうか?

 


桜の下。

こんな夜は一緒に桜を見たい、と思った。

そうしたら、会えた。

もしかしたら、これは。

 


桜が見せた幻なのだろうか…?

 


けれど、

 


それでもいい。

 


たとえ桜が咲いている間だけの夢でも。

桜が散ってしまうまでのつかの間の幻影でも。

 


銀時の早い鼓動に、土方の鼓動が追いついて。

ぴたりと二人が同じになる。

 


頬をくすぐる銀時の髪は、思っていたよりも柔らかくてふわふわと心地良い。

土方はそっと両手を持ち上げ、銀時の髪に指を差し入れた。

柔らかなその感触。

すると、その髪からはらり、と白いものが落ちた。

桜の花びらだ。

土方の顔のそばに落ちた花びらに気づいた銀時がボソリといった。

 


 

「あの桜を見た時に『会いたい』…って思ったら………土方がいた。」

 


では、銀時も同じことを願ったのか?

 


「俺も、だ。」

 


甘えるようにその髪に頬を寄せれば、銀時の唇が落ちてきてしっとりと重なる。

 


強く香らない桜の香りよりも確かに。

すぐに散ってしまう花びらよりも、強く。

二人を繋げるものがある。

 


 

見えないけれど、確かに強くそこにあるもの。

 


 

これさえしっかり持っていれば、つかの間の夢で終わることは、ない。

 

 


 

 

 

20110415UP

END

 


130000HITありがとうございました。
そして、とってもとってもお待たせいたしました!!
すみませんでした。
頼りにならない管理人ですが、今後ともどうぞよろしくお願いします。
(20110422UP:月子)