やられた。
巡回をしている土方を見つけた。
いつもなら2人のはずなのに1人で歩いている土方を見て、『ああ、また総一郎クンに逃げられたのかなあ?』と思った。
「よう。」
近づいて声をかける。
「ああ?」
チンピラ並の柄の悪さで土方が振り返ったとき、それは起きた。
土方の髪がうねうねと動きはじめ、そして伸び始める。
「うわ。」
銀時が目を見開いている間に、髪は土方の背中の真ん中くらいまでうようよと伸びた。
「きゃああ。」
たまたまそばにいた女性が悲鳴を上げ、振り返ったあたりの人間がザッと離れる。
道の中ほどで立ち尽くす土方と銀時の周りには人がいなくなった。
「ど、どどどうしたの?その髪。」
「…総悟の奴。」
「あ、ああ、総一郎クンの仕業…ね。」
「ち。…なんか腹減ったし、眠い。」
「へ?」
「多分この髪、俺自身のタンパク質とかエネルギーとかを使ったんじゃねえかな…。自給自足ってやつか。」
「そこは等価交換と言っておこうよ。…で、何?総一郎君の仕業だって?」
「さっき巡回に出るときに総悟が珍しく茶を入れて来てよ…。」
「…飲んだんだ…?」
「飲みたくて飲んだんじゃねえ!無理やり飲まされたんだ!」
土方の話によると、沖田が『いいお茶が手に入りやした』と言ってお茶を入れてきたのだと言う。
満面の笑みを浮かべ、ワクワク(と土方が言った)した顔の沖田を見れば何かをたくらんでいるのは明白だ。
当然のこと、警戒した土方はそのお茶を無視して巡回に出ようとしたのだが、無理やり湯呑を口に突っ込まれたのだという。
けれど、その場では何も変化が起こらず機嫌を損ねた沖田は巡回に出た途端に姿を消した。
「で、それが今発動したってわけね。」
「効いてくるまでに時間のかかる薬だった…ってことか。」
「何?髪が伸びる薬?」
「さあな。」
「まあ、全身の毛が伸びなくて良かったよねえ。」
「気持ちの悪いことを言うな。」
それでも、ただ髪が伸びたというだけなら沖田のいたずらにしては害がなかった方だろう。
「で?その髪、そのままなの?それとももっと伸びるの?」
「…さあ…。」
「………。」
普段のサラサラ真っ直ぐヘアは、もう羨ましい限りなのだけど。こうして長く艶やかな黒髪を見ると、いつもの土方よりぐっと色気が増して…。
普段なら抑えていられる邪な感情が、抑えられなくなりそうだ。
会えば喧嘩の日々だった。
それが、さまざまな出来事を通してこうして普通に会話できるようになったのはつい最近になってからだ。
なんか町中で目が行くよね〜。とか。
なんだか気になるんですけど〜。とか。
なんとなく誤魔化してきた気持ちが、恋愛感情なのだと認めざるを得ないほどに膨らんできて、けど同時に成就することもないだろうなという諦めもあって。
まあこうやって、時々町で会って話が出来て、その日1日嬉しい気持ちになれるんならそれでもいいんじゃねえの。…なんて、無理に納得してやり過ごしてきた想い。
触りたいとか、抱きしめたいとか、あ〜んなことやこ〜んなこともしたい……とか、普段は考えないようにしていた欲求が引きずり出される。
小さな欠伸を噛み殺した土方の眼尻にたまった涙に、ドキリとしつつ。
「相当眠そうだな。」
「ああ、眠いわ腹減るわ…。ファミレスにでも行くかな…。」
独り言のように呟いた後半の一言に、『しめた』と銀時の心が弾む。
「ウチに来れば?」
「ああ?」
「ファミレスで腹ごしらえはできても、寝れねえだろ。ウチなら寝れるぜ。適当な時間に起こしてやるよ。食いもんはコンビニで買っていけばいいし。」
「………。」
訝しげにこちらを見る土方。
「…あ〜、や、今金欠でね。一緒に甘味も買ってもらえれば…。」
多少の下心はあったとしても、大部分は親切心から出た提案だったのに、疑われる俺って…。と信用のない自分がちょっと悲しくなる。
「それも仕事のウチ、か?」
「仕事ってほどじゃねえけど。いちご牛乳買ってもらえるなら、寝場所を提供するくらい構わねえぜ…って話。」
「…良いだろう。」
頷いた土方に、何でこんな時まで偉そうなんだよ、とちょっと呆れながら近くのコンビニに向かった。
「………ハサミ……イヤやめとくか。」
「え。何?もう、切っちゃうの?」
「もうって何だよ…。いい。夜か明日にする。切ってもまた伸びてきたら面倒だからな。」
マヨネーズをたっぷりかけたコンビニ弁当をつつきながら言う土方に、ではこの姿は今日だけで見おさめなのか…と名残惜しい気持ちになる。
腹ごしらえを終えた土方は、しきりに欠伸を噛み殺していた。
「…寝れば。」
「ん。」
そのために来たはずなのに、銀時の前で無防備に居眠りをするのは抵抗があるようだ。
本当は眠そうな土方の様子もつぶさに見つめ続けたかった銀時だったが、ジャンプを広げて無関心を装う。
そして気付けば、静かな寝息が聞こえてきた。
万事屋の長いすに座ったまま目を閉じている土方。
それではゆっくり眠れないだろう。
銀時はそっと土方の体を長いすに横たえた。
「さっきはあんだけ警戒してたのに、触っても起きないってどんだけだよ。」
小さく呟いたつもりの自分の声がやたら大きく部屋に響いた気がした。
慌てて息をひそめて土方の様子を伺うが、起きる気配はなかった。
ほっと溜息を一つ。
そして、先ほどはゆっくりと見ることができなかった土方の顔を間近で堪能する。
案外まつげが長いんだな…とか。
そっと触った頬の滑らかな感触とか。
小さく開いた口から洩れる規則正しい寝息とか…。
…ねえ、誘ってるの…?
そんなはずないのに、そんな言葉をかけたくなるくらいに色っぽい。
「そういや、昔は長かったって言ってたっけ。」
以前、そんな事を聞いたような気がする。
そりゃあ相当色っぽかっただろう。と、想像した姿が今目の前にある。
「…強烈だな、こりゃあ。」
当時は結構邪な誘いも多かったのではないだろうか。
しっとり艶やかな髪をそっとなぜる。
ああ、やばい。
初めはただ眺めることができればいいと思っていた。
そうして願いは叶い、間近でじっくりと眺めることができた。
そうなると、今度は触りたくなる。
頬をなぜ、髪をなぜると………もう。
抱きしめて、キスを奪いたくなる。
けれど、なけなしの理性が警告を発する。
流石にそれは、相手の同意なしにやっていいことではないだろう。と。
でも、あと、ちょっとだけ…。
眠っている土方の体をそっと抱きしめる。
「………ん。」
耳元で土方の溜息のような声が漏れる。
うわあ、うわあ、うわあ。
色っぽい!かわいい!
ゾクリと体が震える。
やっぱ、キス…したらダメかな…。
起きないように、そっと触れるだけなら…。
指でそっと唇をなぞって、顔をゆっくりと近づけていく。
「ただいまアルヨ〜〜。」
「っ。」
ガラリと玄関の扉があいて、バタバタと神楽が駆け込んでくる。
銀時は慌てて土方の体を離し、向かいのソファに戻る。
「ただいま〜。あれ、マヨラ?うわあ、髪が長いアル〜〜。」
神楽の声で目を覚ました土方が、のそりと身体を起こす。
神楽に髪ゴムを借りて(酢昆布3コを約束させられていたが)髪を一つにまとめる土方。
自分にはポニーテール属性はなかったはずなのに、魅せられる。
先ほどまでの雰囲気とは一転した賑やかな空気に、これ以上寝ていられないと思ったのだろう。
土方は帰るといって立ち上がった。
「なら、酢昆布奢るアル。」
と言う神楽も一緒に部屋を出る。
なんとなく銀時も一緒に立ちあがった。
だってあんなに色っぽいもの、一人で歩かせたら絶対に危ないと思うのだ。
『酢昆布、酢昆布、』とリズムを付けて跳ねるように玄関を出た神楽。
それに続いて靴をはいた土方が玄関の戸に手をかける。
「あ〜あ、もったいねえ。」
ブーツを履きながら、小さく小さく呟いたつもりだった、けど土方には聞こえたらしい。
振りかえった土方に、『いやいや』と、誤魔化そうと立ち上がった時。
「てめえが愚図愚図してるからだ、この根性無しが。」
「へ?」
へ?
え、ええええええ!?
20100825UP
END