「…兄さん。」

「………。」

「…本当に行くの?」

「………おう。」

「………本当に?」

「……っ…おう。」

 エドワードが頑なに頷くと、アルフォンスからは『はあ』と溜め息がこぼれた。

「分かったよ。僕はいつもの宿に行ってるから。」

「ああ。」

「…気をつけてね。」

「おう。お前もな。」

「僕は大丈夫だよ。宿は駅からそんなに離れてないから。心配なのは兄さんの方でしょ。」

「………。」

「10年に1度の大雪だってさ。」

「…分かってる。」

「これから、まだまだ降るって。」

「分かってるって。…行ってくる。」

「…はあ。…行ってらっしゃい。」

 

 

 

Chocolate Snow

 

 

 

 昨夜、夜半から降り始めた雪は10年に1度だとかいう大雪となった。

 東方司令部では軍人が総出で朝から雪かきに追われていた。

「朝から、雪かき雪かき雪かき雪かきなのよ…。」

 ルーシィと仲の良いリアーナ・トウエン少尉がうんざりしたようにこぼした。

 指令室の少尉3人組は皆、部下に作業をさせて自分は暖かいところでぬくぬくなんてことは出来ない人たちだ。

 昼からの出勤だったルーシィは、休憩室で大いびきをかいているブレダ少尉と、食堂で突っ伏しているハボック少尉を見かけたばかりだ。

 いつもなら15分で着く司令部、今日は30分掛かったけれど転ぶことなくたどり着けたのは間違いなく彼らのおかげだ。

 午後の作業へ向かうのだというリアーナ。

 隅のテーブルで寝ぼけているハボックを引き摺るようにして連れ出す彼女は、いつもパワフルだ。

「頑張ってね。」

「うん。私達は恋のキューピッドだからね!」

 笑って手を振り、食堂を出て行った。

 『恋のキューピッド』かあ。

 そう考えれば、きっと辛い雪かきもやりがいのある仕事となるのだろう。

 何せ、今日はバレンタインデーだ。

 彼女達が雪かきした道を、好きな人の元へ向かう恋する者たちが通るのだ。

 けれど…。

 自分の好きな人は今頃一体どこにいるのか…。

 仮に。もし仮にイーストシティへ向かっていたとしても、この大雪では列車が運行されるかどうかも怪しい。

 

 ほんの12歳の時に国家錬金術師の資格を取ったのだという。

 凄いね。と褒め称える周りと一緒に笑うことは出来なかった。

 何で?何でたった12歳で国家錬金術師にならなきゃならなかったの?

 普通は、友達と学校に通ったり将来のために何か手に職をつけたり…そんなことをする年代じゃないの?

 何で、軍に所属して弟と二人で旅をしなくちゃいけないの?

 そして、いつも何かにせかされているようなのは。何で?

 気になり始めたら止まらなかった。

 会える日は少なかったけど、ルーシィの目はいつも彼を追うようになった。

 大人びた表情、真剣に本を読む横顔。

 そうかと思えば、大人達にからかわれて真っ赤になってみたり。子供っぽくにぱっと笑ってみたリ。

 その全てに魅了されていった。

 けれど、7歳年下の15歳の少年に告白する勇気は無い。

 彼から見たら、きっと自分なんておばさんだ。と自分で考えておいてルーシィはうっと凹む。

 往生際悪く、チョコレートなんて買ってしまった自分。

 今日、会えるかどうかも分からないのに。受け取ってもらえるかどうかも、全く分からないのに…。何をやってるんだか…。

 溜め息をつきつつ、ルーシィは自分の持ち場である受付へと向かった。

 

 

「だーっ、ちっくしょう!」

 駅から何度転んだだろう?

 一応雪かきをした形跡はある。指令室のメンバーの苦労が偲ばれる。

きっと午前中だったら、この道はもっと通りやすかっただろう。

けど、この大雪で列車は遅れに遅れ夜になってようやくイーストシティ駅に到着した。

いやきっと、到着しただけ幸運だったのだ。その先は運休になったのだから。

その間。雪はドンドン降り続け、再び積もっていた。

夜とはいえ、それほど遅い時間でもないのに。人通りはほとんど無かった。

せっかくのバレンタインデーだというのに、これでは好きな人に会えない恋人同士がたくさんいるだろう。

そう考えて溜め息をつく。

自分は何をやっているのだ?これだけの苦労をしたって、好きな人が今日司令部に勤務しているかどうかも分からないのに。

ましてや相手はずっと年上の大人だ。きっとこっちのことなんか眼中にも入っていないだろう。

せいぜいたくさん用意した義理チョコの中の1つをもらえればラッキーといった程度。

それも、この天気じゃ笑ってスルーされて終りかも?

自分を『天才だ』『凄い』と必要以上に持ち上げる人間。

又、逆に思いっきり子供扱いして甘えさせてくれる幾人かの親しい大人たち。

そのどちらとも違う。

ただのエドワード・エルリックを、そのままそれが『エドワード・エルリック』なのだと認めてくれる人。

 その人の前では、自分自身のままでいられる心地よさを知ってしまったから。

 普段だったら郵送ですませてしまう報告書を『大佐に提出する』と、口実を無理矢理作ってまでやってきたのだ。

 ブーツの中の右足の感覚がなくなりつつある。ちっと舌打ちしながらも1歩ずつ司令部へと歩いていった。

 

 

「でー、やっと着いた〜。」

「エド君!?」

 ルーシィは雪を撒き散らせながら駆け込んできたエドワードを唖然と見つめた。

「ルーシィ!……いたんだ!」

「ええ、私は今日は夜勤だから。」

「バレンタインデーなのに?」

「いいのよ。一緒に過ごす人なんて、いないし。それに、ここにいたおかげでエド君に会えたでしょう?」

 にっこりと笑って言われ、冷え切っていたはずの体が沸騰したかと思った。

「た、大佐はっ?」

「今日は、もうお帰りになったけど…。」

「くっそう!あんの、無能!」

「クスクス。もう、定時過ぎてるんだもの、仕方ないわ。」

「うう。」

「この雪でしょう?きっと明日も雪かきで大変よ。ハボック少尉もブレダ少尉もトウエン少尉も、今日はフルで働いてくれたんだもの。

 明日はマスタング大佐が指揮を執られるのだと思うわ。」

「あいつ、そんなことまですんの?」

「そうよ。知らなかった?」

「うん。」

「皆そういう大佐だから、付いていくのじゃなくて?」

「ルーシィも?」

「私?…私は付いていく…なんて考えたことも無かったわ…。」

 でも好きだったりするんじゃねーの?

 そうだと肯定されるのが怖くて、口には出来なかった。

 どう見ても、大人で地位のあるマスタングと比べれば、自分は子供なのだ。

「エド君は、報告書の提出?」

「うん、そう。とりあえず指令室に置いておけば良いかな?」

「今は皆出払っていて誰もいないと思うわ。」

「そっかー。提出は明日でもいっか…。この雪じゃ今夜は宿に帰れないし。仮眠室借りられねえかな。」

 彼女に会えたのだから、口実なんてもうどうでも良い。

「ここの受付の奥にも休憩室があるわ。こっちにしなさいな。こっちのほうが暖かいわよ。」

「え、そうなんだ?」

「ええ。…ああ、ごめんなさい。外、寒かったわよね。今、何か暖かいものを入れるわ、こっちに座って温まって。」

 受付の中へと招き入れられ、半ば凍りついたコートを脱いでストーブの傍に座らされる。

 氷のように冷え切った体やオートメイルが解けていくように温まっていく。

程なくして。フワリと、暖かいココアの甘い香りがしてきた。

「どうぞ。寒かったでしょう?」

「あ、サンキュ。」

「後、これね。」

「え?」

 渡されたのは綺麗にラッピングされた箱。

「バレンタインデー…だから。…チョコレートは好き?」

「う、うん。サンキュ!」

「良かったわ。今日の内に渡せて。」

 自分の苦労は報われた!

 だって、何気に二人きりじゃないか!

 たとえこれが、大量に同じものを買った義理チョコだったとしても。もう、そんなのはどうでも良かった。

 ちょっと照れたルーシィの笑顔。

ドキドキと高鳴る心臓。

 これぞ、バレンタインデーの醍醐味だろう?

 

 

 

 

20070130UP
END

 

 

 

このお話は「やさしいシリーズ」とリンクします。
あのシリーズの世界でのエドの恋物語。
7歳の年の差をお互い気にして、なかなか告白できないもどかしさを。
(07、02、01)