腕時計
その日。
相変わらず約束の時間に遅れていった俺。
あいつは、いつもと変わらず煙草をふかしながら待っていて。
現れた俺を見ていつもと同じに『遅せーよ、バーカ。』とか言って小さく笑った。
そいでもって。
いつもどおり、俺が行きたい甘味屋や、俺が見たい映画や、俺が食べたいものを買うとか…。
そんな予定を立てていたのだけど、あいつが予定外の言葉を吐いた。
「おい。腕出せ。」
「はあ?」
「左腕、出せ。」
「何だよ、やぶからぼうに。銀さんの腕は高いんだよコレ。」
「いいから、出せってんだよ!」
決して気の長い方じゃないあいつが、目を三角にして言う。
本気で怒ってる訳じゃないのは分かってるので、ひとしきりブツブツ言って『しぶしぶ』と言った感じで腕を出した。
本当は『何だろう?』とちょっとわくわくしていたのだけど。
あいつは、着流しの袂から腕時計を出してきておもむろに俺の左腕につけた。
「やる。」
「………。」
あいつに、奢ってもらったことは何度もある。って言うかしょっちゅう。
喰うもんが無い、と神楽や新八が泣きついて幾つものスーパーの袋をぶら下げて万事屋に来たこともある。
けど、後に残るようなものを貰ったのは初めてで、そういう意味ではとっても嬉しかった。
………けど、何で時計なんだよ?
俺の、時間を。縛り付けようって言うの?
反吐が出るくらいに、背筋がゾッとした。
今すぐ外して、突っ返そうかと思った。
何でそうしなかったのかと言うと…。
今日は、今迄で最高の遅刻だった。
1時間以上待たせた。
普段あいつは忙しくてなかなか会えない。
こうしてたまに休みが取れたって、本当は屯所の自室でゆっくり寝ていたいんじゃないかと思うのに。
わざわざ出てきてくれて、ンでもって約束の時間にはきっちりここにいて。
遅刻するのがあたり前な俺を待っていてくれる。
目の下にうっすら隈があって、なのに『遅せーよ、バーカ』で許してくれる。
さすがに、申し訳なくて『いらない』と言えなかった。
これからきっと『約束に遅れてくんな』とか説教が始まるんだろーなと思ってたら。
あいつは、で。と言った。
「で、今日はどこに行きたいんだ?」
「あ、ああ。この間オープンしたばっかりのね…。」
俺の案内で連れ立って歩く。
説教はなし?…じゃあ、何でこれ、くれたんだろう?
一応、言い訳をしておくならば。
俺は遅刻しようと思って遅刻したことは一度も無い。
約束のあるときは、前の日からそわそわしてて、神楽や新八に大いに呆れられるのが常。
当日だって、きちんと約束の時間に約束の場所へつけるように家を出たり(たまにしか無いけど)仕事を終えたりしているのだ。
そうやって意気揚々とその場所へ向かうのだけど。
どういうわけかその度に。
知り合いに会って話し込まれたりとか、訳の分からないごたごたに巻き込まれたりとか。
そんなこんなで、なかなかたどり着けなくて。
ようやくの体で駆けつけたときには、約束の時間はとっくに過ぎてしまいあいつに『遅せーよ、バーカ』と言われてしまうのだった。
けど、考えてみればあいつ。それ以上の文句を言ったことが無いよな?
毎度毎度俺が遅れていくこと、その度に待たされることをどう思ってるんだろう?
…って言うか、時計をくれたってことがもう『いい加減約束を守れ』と暗に言っているってことなのか?
腕に付けられた時計を恨めしく見つめる。
時計をつけるのなんて真っ平ゴメン。だけど、あいつがわざわざくれたもんだし、それに良く見ると結構高そうなもんだし…。
そう思うと、外してしまいこむのもなんだか悪い気がして一応毎日はめている。
そんなある日。
あいつが市内を巡回しているのを見かけた。
ジミーくんと一緒に、張り詰めた気配で街中に視線を飛ばしている。
声をかけようとして、息を吸ったとき。
あいつが咥えていた煙草をポイと落として足で踏み潰した。
で、又新たに煙草に火をつける。
その時、それまでポケットに入れていた手を出した。
その左腕には、どっかで見たことのある時計が…。
遠目で良く分からなかったけど、多分俺にくれたのと同じ時計。
俺は一気に自分の顔が熱くなるのが分かった。
所謂、おそろいとかペアとかってやつ?
わ〜〜〜。
嬉しいんだか、恥ずかしいんだか、照れくさいんだか…。
道端で一人身悶えてるうちに、二人は行ってしまった。
なんだろう?なんなんだろう?
あいつが俺に時計をくれた意味って…。
アレから又暫くたって、ようやく二人で会える日。
俺は初めて、わざと遅刻した。
約束の時間から、30分ばかり遅れて現れた俺に、あいつはいつもと同じにこう言った。
「遅せーよ、バーカ。」
『せっかくやったんだから、時計を見ろよ』そんな言葉が続くんだと思ったら。
ちらりと俺の左腕を見て、俺が時計をはめているのを見たあいつの目が一瞬だけ本当に嬉しそうに細められた。
なんだよ、なんだよ。
そんな穏やかな顔、めったに見せないくせに。
「で、今日はどこへ行きたいんだ?」
「あ、うん。4丁目の角のケーキ屋で新作ケーキが出るんだって。」
「そうか。」
足を向けようとしたあいつに、俺は抱きついていた。
「うお、危ねえ!」
まだ長い煙草を、惜しげもなくポイと捨てる。
「火傷、しなかったか?」
「へーき。」
「…どうした?」
なだめるように、ポンポンと背中を叩かれる。
俺は俺のままでいいってことだよね?
時計をくれたのは、俺の時間を縛ろうって言うんじゃないよね。
そういうのを、俺が一番嫌ってるってちゃんと分かってくれてるんだよね。
誰かに、何かに縛られるのは大嫌い。
もう、ただでさえ俺の心の大部分はこいつに縛られつつあるって言うのに。
これ以上自由を奪われるのは、絶対にイヤだった。
だけど。
ただ俺がこれをはめていればそれでいいって言うんなら。うん、それなら許容範囲内。
「多串くんに、ホレなおしてた。」
「多串じゃねえ。そういう台詞はちゃんと名前を呼んで言え。」
「時計、ありがとう。大事にする。」
「う………おう。」
照れくさそうな声が聞こえてきた。
又、あの優しい目をしてるのかな?…ああ、しまった。抱きついてたら見えねーじゃん。
煙草くさいあいつの匂いをかぎながら。
まあ、いっか。と、俺も笑った。
20070404UP
END
二人の口調が分かりません…。
(07、04、10、リハビリ。みたいな?)