マヨネーズ考
「………。」
「…何だよ。」
「いや…別に…。」
うん。あたりめにマヨネーズはそれほどおかしくねえよな…うん。
その量のバランスは大きく激しくマヨネーズに傾いていたけれど…。
真選組の副長である土方とは、会えば喧嘩の毎日だった。
真剣を使ったものから殴り合いからどつき漫才まで…。ああ、飲み比べなんてのもあったっけ。
そんなこんなの殺伐とした付き合いの中、実は意外と思考が似てるのだとか、人に干渉しない性質なので一緒にいると気が楽なのだとか。互いの立場を気にしないでいい時は意外に話が合うのだとか…。
そんなことが分かってきて…。
気付けば時々居酒屋で一緒に飲む仲になっていた。
しかしいかんせん、こちとら万年金欠の身。
飲みたい時に毎度居酒屋ではちときつい。
そこである夜、一升瓶を抱えて真選組の屯所の土方の部屋へ押し入ったのだった。
結構夜遅かったのに、こいつは自室で仕事なんかしてて…。
「仕事しすぎると、ハゲるよ。若布食べても取り返しつかなくなるよ〜。」
と、無理矢理仕事をやめさせて、酒盛りに付き合わせた。
土方は、溜め息を付いて仕事を切り上げ。どこからか簡単なツマミを出してきてくれた。
で、それ以来。
何度かこうして屯所へもぐりこんでは酒を酌み交わしている。
今夜はこいつの用意してくれた純米吟醸に舌鼓を打つ。
「美味えな、これ。」
「ああ、実家が造り酒屋の隊士がいるんだ。新酒が出来るとケースで送ってくれる。」
「へえ、良いなあ。」
「皆で1回酒盛りすれば終りだがな。」
「…それがここに1本残ってるって事は…?」
「くすねておいた。」
得意げににやりと笑う顔が随分幼く見えて、ドキリとする。
「それにしても、多串くんは本当にマヨネーズ好きだよね。子供ん頃から?」
「多串じゃねえ。子供の頃はマヨネーズなんか無かったぞ。田舎だったからな。」
天人が来てから20年。
当然のことながら江戸ではすぐに影響が出始めて変化が著しかったけれど。それが離れた農村地帯に及ぶまでには数年掛かった。
「それにあの頃はマヨネーズなんか必要なかった。何食っても美味かったし。」
「ふん?」
「武州の田舎だったからな。周りは田んぼや畑、それと山ばっかりだ。」
「へえ。」
「当然悪がきの王道は野菜ドロボウだった。」
「王道、ねえ。」
「収穫前のきゅうりとか、頑固じじいの家の庭先の柿とかな。山に入れば山菜の宝庫だし。ああ、スイカ抱えて逃げたこともあったっけ。川で冷やして食うと美味えんだ。秋にはサツマイモ掘り出して近所の寺の境内で焚き火して焼き芋にしたな。」
「へえ?」
「あん時は住職に見つかって大目玉食らったっけ。でも結局出来上がった焼き芋は住職も一緒に喰ったんだよな。」
そんなやんちゃで生き生きとしたこいつなんて、なんかそぐわない気がする。
けど、想像するとそれは実にほほえましい光景だった。
田んぼのあぜ道、耕された畑。たくさんの木々の立ち並ぶ山の中を。駆け抜けていく元気な少年。
案外、近所のガキ大将だったのかも知れない。
「じゃ、マヨネーズとの出会いはこっちへ来てから?」
「ああ。近藤さんについてこっちへ出てきて、最初は碌なもん喰ってなかったからな。今でも、大抵はコンビニの弁当だとか、外食がほとんどだし。何とか美味く喰おうと思ってイロイロと試してみたけど、一番美味いのがマヨネーズだった。」
「ふーん?マヨネーズねえ。」
「マヨネーズをバカにするなよ、コノヤロー。グッチさんだってマヨネーズは素晴らしいって言ってるぞ。」
「料理番組に何かあこがれでもあるのかよ?大体、グッチさんは『市販の調味料は素晴らしい』って言ったんであって、マヨネーズだけを指して言ったんじゃないでしょうが。」
「うるせえ。ともかく美味くない料理を誤魔化して食うのに一番いいのがマヨネーズなんだよ。」
「美味くないの?」
「超新鮮野菜を食って育った俺に言わせりゃ、江戸で手に入る食材なんてミイラだぜ、ミイラ。食材がそんなんだから、どう料理したって美味くなる訳ねえだろ。」
「そんなもんかね…。」
納得した振りをして相槌を打つ。
数年前なら、そうだったかも知れない。
けど、このところでは流通経路も整備されてきたし。『産地直送』を売りにしているスーパーだってある。
不味くて食べられないほど酷くは無いだろうと思うのだ。
それに、いつも売れ残って安くなるまで待って買う俺らとは違い、こいつならちょっと金を出せば高級料理だって食えるだろう。
接待をしなきゃいけないときもあるようだから、料亭なんてところで食事することもあるはずだ。
『江戸の食べ物は不味い』と言う認識を改める場なんかいくらでもありそうだ。
何を食べても不味いなんて…。
そう思って俺ははっとした。
自分にだってそういう時期があったじゃないか…。
攘夷戦争に参加していた時。
あまりにも周りは死人ばかりで、血の匂いが染み付いて取れない気がして。
食事はただエネルギーの補給としての役割しか果たさなくなった。
護りたいと思っていたものが、次々と失われていく毎日に。俺の精神はきっとかなり参っていたのだと思う。
何を食べても砂をかんでいるような味しかしなかった。
そんな俺でも、今はちゃんと味を感じる。
美味いものを食べれば美味いと思えるし、甘いものは大好きだ。
まさか。
まさか、こいつは今。
あの頃の俺と同じ状態になっているのか?
平和なこの江戸で?
…いや、平和なのは表向きか。
真選組はその裏に隠された、ドロドロとしたものと対峙することを余儀なくされている。
そして副長であるこいつは…。
そう、こいつは今必至に戦っているのだ。
あの頃の俺と同じように。
一度手にしたものを、たった一粒でもその手から零さぬように。
真選組と言う組織を護るために、大切な局長を護るために。
そして、この真選組にしか居場所の無い隊士たちを護るために。
隊士たちの些細な行動まで管理し、把握する。
組織としての地盤を固めるための根回し。
不始末をした隊士たちの後始末。
下げたくない輩に頭を下げ、請けたくない仕事を請け。
他に適任者がいないからと書類整理は一手に引き受け、2日3日の徹夜など当たり前。
『鬼の副長』と恐れられていながら、汚い仕事は部下には一切させないで自分でこなす。
天人なんかどうなってもいいと思ってるくせに、攘夷志士の逮捕に執着するのも、それが真選組の存在理由だからだ。
毎日気を張っていて、いつか張り詰めた糸がぷつんと切れてしまうんじゃないかと見ているこっちが柄にも無くはらはらしてしまう。
大体、我が家とも言える屯所の自室で寛げないって重症だろう?
そんなんだから。
味が分かんなくなっちゃうんだよ。
「………んだよ。」
黙り込んだ俺を訝しげに見る。
「ん〜、月がキレイだなあと思って。」
窓の外は月明かりでぼんやり明るかった。
「そこいら中にぷかぷか浮かぶ目障りなもんが無けりゃ、もっとキレイなんだがな。」
「本当だよねえ。」
普段きつめの目が、幾分細められて。
あれ?笑ってるの?
本当に美味そうに杯を口に運ぶ。
「美味い酒だよね。」
「ああ、美味いな。」
いっつもキリキリしてトゲトゲして、ギリギリのところで踏ん張って生きてる君が。
俺とこうしてのんびり酒を飲んでいるときは、肩の力を抜くことが出来ればいい。
味なんか分からなくなっちゃったその舌が、その酒を美味しいと感じれればいい。
そんでもって、又近いうちに一緒に飲みたいと思ってくれたらいい。
それから、それから。
俺の気持ちにも早く気付いてくれたらいい。………のに、なあ。
20070418UP
土方だってきっと銀時が好き
(07,04,26)