僕の本音と君の本気



 

辺りは薄暗かった。

そこいら中から、苦しげな声が聞こえる。

血の匂いが充満していて…、その上生理的に不快感を引き起こす悪臭が漂っていた。

ガチャリと鳴ったのは、誰の甲冑か?

振り切るように歩き出そうとしたら、足首を掴まれた。



―逃げるなよおうぅぅぅ…

―お前のせいだぁぁぁ……



耳に届くのは、誰かの恨み言と風の音。

それでも構わず歩を進めれば、今度は服の裾が引っ張られた。



―どこへ行く…

―お前は、もう、逃げられない…



幾つもの手に捕らえられて、体が重くなる。



―オオオオオッ……



どこかで、鬨の声が上がる。

戦いが近付いてくる気配を肌で感じる。

戦わなくては。

刀を振り上げなければ、殺される。

闇雲に振り回した刀に、ザクリと手ごたえが残る。



―お前のせいだ…



っっっ。

銀時が切ったのは、昨日まで味方と思っていた相手だった。

―この、人殺し…

切り捨てたはずの相手が、その傷をものともせず刀を振り上げた。

間に、合わない。

ああ、死ぬのかな。

ポカリとそんなことを思った時、体中の毛という毛が、産毛の1本1本までが、チリチリと警告を発する。

っ!!!

無理矢理体をよじった。

ザクリ。と、生々しい音が顔のすぐ傍で、した。

 


 

「っ!」

はっと目を開けると、いつもの自室の布団の上だった。

「ちっ」

銀時の顔のすぐ傍には、土方の刀が深々と突き刺さっていた。

「おおおおお多串くん?ななな何、これ?ねえ、何?さすがの銀さんも死んじゃうからコレっ。」

しかも君。今、舌打ちしたでしょ。

「だめじゃん、これ。この布団。もう使えねえじゃん。」

ブスリと刀の刺さった場所からは、中の綿がはみ出ていた。

「うるせえ。稼げ、そのくらい。」

不機嫌そうな声でそう言うと、土方は刀を引っこ抜き鞘に納めて枕元に置く。

何でしょう?

ほんの数時間前は自分の下で甘い吐息を吐いていたはずなのに、このふてぶてしさは。

…お前、明日仕事は?」

「あ…、明日はたまたま何の予定も入ってなくてねえ…。」

「いつもじゃねえか。…じゃあ、傘貸してくれ。」

「へ?」

外の気配を探れば、いつの間にやら雨が降り出したらしくポツリと水音が聞こえた。

土方が布団の中へ潜り込む気配を感じながら。

雨かあ、と内心溜め息をつく。

雨の日は、苦手だ。

特にこんな静かな雨は。

………。

「俺、………」

「安眠妨害すんな。でけえ寝言言いやがって。年中ダラダラしてるお前と違って、俺の睡眠時間は貴重なんだ。」

どうやら自分は又、魘されていたらしい。

あの悪夢から、引きずり出してくれたのは土方か。

それも、そっと声を掛けるとか抱きしめるとか。そんな甘いやり方ではなく。

思いっきり殺気をみなぎらせて刀を振るう、そんな乱暴な方法で。

けど、それに反応した銀時が『自ら』目を覚ましたのだ。

あのまま眠りこけていたら…夢の中で思ったように生きることを諦めていたら…。

自分は今、土方の手にかかっていたかも知れない。

きっと、あの悪夢にとらわれたまま地獄へ落ちて行っただろう。

銀時の本能が、死にたくないと。生きていたいと叫んだのだ。

生に執着する事は潔くないのかもしれないが、そんな自分を銀時はまだまだ捨てたもんじゃねえなと思った。

気付かせてくれたのは土方。

何も言わなくたって、君はいつも最良の答えをくれるね。

隣で早くも、静かな眠りに落ちようとしている土方の胸にそっと耳を寄せる。

………んだよ。」

眠そうな声が答える。

いつだって疲れていて、眠る時はこのまま目を覚まさないんじゃないかと思うくらいに熟睡する土方。

自分で言ったように、その睡眠時間は本当に貴重だ。

本人にとってよりも、その目の下の隈が気になる銀時にとって。

「起して、ごめん。」

銀時にしては珍しく殊勝に謝ると、土方の腕が『もういい』と言うように背中を軽くさする。

「おやすみ、多串くん。」

…多串じゃ、ねえ。」

面倒臭そうに眠そうに答える。

甘やかしはしないくせに、こうして銀時をそっと暖める。

気にはなるだろうに、魘された理由を聞き出したりしない。

もう一度寝たら又魘されて睡眠を邪魔されるかも知れないのに、ちゃんと傍にいてくれる。

土方は優しい。根本的なところで、優しい。もう、泣きたくなるくらいに。

だから『鬼』だの何のと文句を言いながらも、真選組の隊士たちはこの副長が大好きなのだ。

土方の規則正しい鼓動を感じていると、自分の乱れた心臓もゆっくりと元に戻っていくのが分かる。

寝息を立て始めた優しい鬼の瞼にそっと唇で触れた。

 

 

「おやすみ、十四郎。良い夢を。」

せめて君の夢は、君のつかの間の休息時間を妨げることの無いように…。

 

 

 

 

20070424UP
聞かれていないときにしか名前を呼べない銀時
(07,04,26)