男の責任 (第八十訓その後)
「あ、いたいた〜。おっおっぐっしく〜ん!」
「ちっ。」
そこいら中に響き渡るような大きな声で道の向こうの黒い塊を呼ぶ。
呼ばれた方は、苦々しげに舌打ちを漏らした。
「うるせえよ、お前。ガキじゃねえんだからでっけえ声で呼ぶんじゃねえ!」
「え〜、だってそうしないと多串くん俺を無視して行っちゃうじゃん?」
「多串じゃねえ。面倒事にはかかわりたくねえってのは、人類共通の希望だろうが。」
「無視して行っちゃう事は否定しないのね。」
「当たり前だ。仕事中に面倒は極力避けてえから………あ。」
「え、何?何?なんか、銀さんに用事思いついた?仕事の依頼も大歓迎よ〜。」
「いや、お前。そういえば…。」
「うん、うん?」
「子供、居るんだって?」
「へ?……ええ!?」
「お前と同じ銀髪で、目つきもそっくりだったって。」
「誰がそんなこと!」
「総悟。」
ああ、そうか。そういや、あの時サド王子に会ったっけ。
「違うよ!大体俺、結婚してねえし。」
「結婚しなくたって、子供作る事は出来る。」
や、偉そうに腕組んでふんぞり返らなくても分かってるから、俺だって大人なんだから。
「子供も作ってねえ。」
「でも、居るんだろう?」
「や、だから、アレは…。」
「お前、大丈夫なのか?」
「はあ?」
「ちゃんと養っていけるのか?メガネやチャイナだけでもヒーヒー言ってんのに、この上赤ん坊まで…。」
「や、あのね…。」
「子供育てんのには結構金掛かるぞ?今まで見たいにのんびりやってたら、路頭に迷うぞ。」
「………。」
「母親はどうしてるんだ?職にはつけてんのか?家は?」
「………。」
「おい、聞いてんのか?真選組の方に幾つか陳情が来てるから、その中から万事屋に回せる仕事を回そうか?」
「………。」
「母親の仕事も口利きできるかもしんねえし。」
「………。」
「……余計な世話だったか…。まあ、何かあったら相談くらいには乗るぜ。」
「何だよ!それは!」
「……だから、余計な世話だったら、悪かった。」
「そうじゃない!何で、そんなに親身になっちゃう訳?俺の子供だと思ってる訳でしょう?って事は、俺が他所の女とそういうことをしたんだと思ってるんだろう?何で怒らねえんだよ!」
「……怒る?…誰が?…俺が!?………何故?」
「だって、俺ずっと言ってたよね!多串くんのこと好きだって!何度も言ったよね!?」
「…ああ、言ってたな。」
それはもう。しつこいくらいに。
「まさか、全部冗談で済ませてたんじゃねーだろうーなぁ!」
「………あれだけ言われりゃ、…まあ…。」
幾分頬を染める土方は、そりゃあもうおいしそうだったけど。
「ちょっとは信じてくれてたんならさあ、何で怒らないんだよ。『俺に、言ったことは嘘だったのか!』とか『この、浮気者!』とか『俺というものがありながら!』とかさあ。怒ったっておかしくないでしょ、つーかそれが普通でしょ!」
「………それとコレとは話が別だろう。」
「別じゃない!」
「別だろ!どういう事情でそういうことになったのか俺には分からねえが。子供が存在するって事は純然たる事実だろう。それがお前の子供である限りお前には父親としての責任が発生するんだ。その子供が大人になるまで育て上げる責任がな。お前にはお前の生き方があるんだろうし、考えも有るんだろう。けど、子供に罪はねえ。子供に不自由な思いはなるべくさせないようにするのが親の責任だろう?」
「………。」
ああ、もう。何て、人が良い。…ってか真面目。
「多串くん。根本的な間違いが一つだけある。」
「多串じゃねえ。……間違い?」
「ああ。確かに、俺と雰囲気の似たガキは居た。でも、俺の子供じゃねえ。」
「あああ!?」
「本当の父親はもう亡くなってるが、父方の祖父ってのが結構な資産家だから、これからはそいつがイロイロと援助することになると思う。だから、今後の生活についても心配要らない。」
「………そうか、…なら良かった。」
「ちっとも良くないぞ、コノヤロー!」
「?何で?」
「だからさっきも言ったろう。俺の子供が居ると思ったんなら、お前の反応としては怒るのが普通だろうが!」
「?………そうか?」
「そうじゃなかったら、俺が浮かばれねえだろうが!あんだけ必至になって口説いてんのに、全然信用されてないっつーか、その気にもなってないっつーか、アウト・オブ・ガンチュー……って古。しかも余計に落ち込んだし!」
唾飛ばして怒鳴ってみたり、落ち込んで頭をかきむしってみたりする銀時を不思議そうに見ていた土方は。はああああと大きく溜め息をついた。
「馬鹿だ馬鹿だと思っちゃいたが…お前本当に馬鹿だな。」
「んだとう、コラ。」
「赤ん坊ってのはな、十月十日母親のお腹の中に居てから出て来んだぞ?」
「それくらい俺だって知ってる。」
「しかも聞いた話じゃ、その子供は首も据わってたし自力でちゃんと座ったんだろ?」
「あ?…ああ。」
「…って事は。…仮にお前が父親だったとして。」
「違うっつってんだろうが!」
「だから、『仮に』って言ってんだろう。仮にそうだとしても…だ。そりゃ1年以上前の話ってことだろ?」
「え?」
「その頃には俺はお前と会ってもいねえし、その存在も知らねえ。お前もだろ?」
「あ、ああ。」
「俺に会う前まで、潔癖でいろとは言わねーよ。さすがに。」
首を竦めて苦笑する土方。
そういえば…。
子供に対して責任を取れ、とは言っていたが。一言だって、母親と所帯を持てとは言わなかった。
母親の仕事や家の心配はしていたが、それはそれが子供の養育に直接響くからであって…。
………つまり。
少なくとも土方は、銀時の土方への想いは本気だと思ってくれていたということか?
そして、銀時への負担を少しでも軽くしようとアレコレ心配してくれた…ということなのか?
「多串くん!」
「だから、多串じゃねえって!」
「ちょっと、こっち来て!」
「おい!仕事中だっつってんだろ!」
渋る土方を無理矢理路地へ引っ張り込む。
「どうしよう、俺…。」
「ああ?どうかしたのか?」
「だめだ、止まんない…。」
掴んだ腕をさらに引き寄せて、その体を抱きしめる。
「ばっ、離しやがれ!」
「やだ。いつもだって、もうこれ以上は無いってくらい多串くんが好きなんだけど。今日はだめだ!もう、銀さんのメーター振り切れちゃったから!」
「お、落ち着けっ!何が、どうなって………んん。」
腕の中に取り込んだ土方の唇を奪う。
絶対に無理強いしないつもりだったのに。
ちゃんと想いに答えてもらえるまで我慢しようって決めてたのに。
あんまり当たり前に信じてくれているから。
それがとっても嬉しくて、もう、歯止めが利かなくなった。
しっかり堪能した後。唇を離すと、ほうと甘い吐息がもれた。
「何、しやがる。」
「ああ、もう。どうしよう。」
しっとりと濡れた唇にもう一度口付けたい。
しかも出来ることなら、その先にだってドンドン進みたい!
けど、これ以上無理強いしたら絶対に嫌われてしまいそうだ。
我慢しなければ銀時の恋に明日は無い。なのに想いはドンドン溢れてきて収まりそうに無い。
「どうしよう。銀さん、絶体絶命!」
「この場合絶体絶命なのは俺の方だろうが!離しやがれ!この、馬鹿力!」
何でいつもユルユルなのに、こんなときだけ全力なのか?
どうもがいても外れない腕に怒りよりも呆れてしまう自分は、もうそろそろ年貢の納め時なのかも知れないと土方は情けなくなる。
「もう一回、チュウして良い?」
めったに見れない銀時の真面目な瞳に、間近で見つめられて。『ふざけんな』と即答できなかった自分の負けなんだろう、きっと。
子供が居ると聞いて、それが自分と会う前の事だと分かっていても心中な穏やかではいられなかった。
これを期にヨリを戻そうとするかも知れない、とも思った。
けど、今までその思いに答えてこなかった自分にそれを止める権利は無い。
銀時の子供じゃないと分かって、自分がどれほどほっとしたかなんてこいつは気付きもしないんだろう。
答えない土方に焦れたのか、再びその唇が近付いてきた。
……本当に、もう一回する気かよ…。
いくら路地に入ったからといったって、街中でしかも真昼間なんですけど…。
それでも本気で逃げ出そうとしない自分に呆れながら、唇が触れ合う瞬間にそっと瞼を閉じた。
「わあい!俺って三国一の幸せ者!」
「三国がどことどことどこだか答えられたら付き合ってやる。」
「え、ええええええ!?」
20070427UP
三国がどこだか分かったら土方が付き合ってくれるそうですよ。奥さん!
(07、05、03)