おんぶ (第二十三訓)
「チャイナ娘、出て来い!!お前がどうやってそよ様と知り合ったかは知らんが、そのお方はこの国の大切な人だ。これ以上俺達の邪魔をするなら、お前もしょっ引くぞ。聞いてるか!」
ビルの屋上にそう声をかけて、土方は振り向いた。
「近藤さん、総悟。俺はビルの上に上がる。もし、又逃げるようだったら後頼んだ。」
「おう。」
「俺も行きまさァ。」
「駄目だ。お前が来ると纏まる話も纏まらなくなる。」
神楽が相手となると、途端に目の色変えて絡み始める沖田がいたら。神楽の態度も硬化するだろうし、何より傷つけてはいけない人に傷を負わせかねない。
チと小さく舌打ちをする沖田を他所に、土方は山崎だけ連れてビルの屋上に上がった。
ごつい隊員より、山崎なら姫も怖がらないだろうという配慮だったが、己の強面は全く意識の外だった。
「私もっと遊びたいヨ!そよちゃんともっと仲良くなりたい!ズルイヨ!」
「そーです。私ズルイんです。だから最後にもう一個ズルさせてください。1日なんて言ったけど、ずっと友達でいてね。」
神楽とそよの会話が聞こえる。
まだ幼い神楽に、立場が違うのだと言うのは酷だろうか。
短い時間で随分と心を許しあった様子の二人に、強行な言葉を掛けるのをためらう。
そんな土方を、山崎は苦笑しながら見ていた。
全く、なんだかんだ言ったって女子供には弱いんだから…。
結局。かける言葉は見つからず、土方は軋む扉を大きく開けて屋上へ出た。
「っ!」
きつい視線で神楽が睨みつけてくる。
はあ。土方は溜め息をついた。
そんな泣きそうな目で睨まれたって、ちっとも怖くないぞ。
暑いな…と思って土方はおもむろに腕の時計を見た。
「もう2時か。…お前ら、腹減ってないか?」
姫もチャイナ娘もいっしょくたかい!?後ろで山崎が呆れるが、確かあのチャイナ娘は日の光に弱いはずだった。一応日陰になるところにいるが、真夏のこの時間に外に長時間いるのは良いはずがない。
ましてはそよは、深窓(どころか深城?)のご令嬢だ。無理はさせられない。
「腹?減ったアル!」
途端に神楽が目を輝かす。
「……良いのですか?」
そよが不安そうに、けど期待の篭った声で聞く。
「そよ様に戻るつもりがないのなら、職務上無理矢理にでも連れ戻さなけりゃなりませんがね。きちんと戻ってくださる気があるのなら、…それが多少遅くなったところで大して変わりはしないでしょう。」
本当は、大して変わるのだ。
そよを探しているのは真選組だけではない。
もしも、真選組の副長がそよを連れまわしているのを他の組織に見られれば、最悪誘拐の嫌疑が掛けられてもおかしくはないのだ。
「副長!」
「この暑さでそよ様がお疲れだったと言えばいい。」
「そうネ、そよちゃんはお疲れネ。」
途端に元気な声を上げた神楽に『現金な奴だ』と苦笑する。
「この傍にファミレスがあったな。」
「………マジでか…。」
山崎が小さく呟いた。
「………この二人、次にいつ会えると思う?」
子供達に聞こえないように、小さく土方は呟いた。
「……それは…。」
もう、二度と会えないかも知れないのだ。
だからこそ、大人たちの都合で引き離されるのではなく。ちゃんと、別れさせてやりたい。…多分そういうことなのだろう。
ビルから一番近いところにあったファミレスに入る。
土方からの指示で、あからさまでないように店の周囲に隊士たちを配置する。
「ああ、涼しい。」
ほっとしたように神楽は笑って、早速メニューを覗き込んだ。
「やっぱり警察に奢ってもらうのはカツ丼アルネ。銀ちゃんが言ってた。」
「かまわねエが…。そういや、お前は相当喰うんだったな。5杯までなら奢ってやる。それ以上喰う気なら、自分で払え。」
「ケチケチすんなよ。」
「5杯も奢ってやるのにケチといわれるたあ思ってなかったぜ。」
「あの、私は……お子様ランチというものと…このフルーツパフェとやらを…。」
見たこともないらしい様子に、恵まれているようで不自由な城の生活を思う。
暫くして頼まれたものが届く。
お子様ランチに付いているおもちゃを、そよが目を丸くして嬉しそうに選んだり。旺盛な食欲を見せる神楽に店内が唖然としたり。
そして、神楽とそよは今日回った所ややった事を先を争うように話し始めた。
土方と山崎はコーヒーを飲みながら聞き役に回る。
「河童ァ?いんのか?そんなもん。」
「いました。」
「随分昔にやってきた天人らしいアル。」
「へえ。それにしても、パチンコや賭場なんて女の子の行くところじゃないですよ?」
「大丈夫アル。皆ダチネ。」
「…保護者の教育悪すぎだな。」
「この後は『一杯引っ掛けて“ラブホテル”に雪崩れ込むのがいまどきの“ヤング”だ』…って。」
「「ぶっ。」」
「銀ちゃんが言ってたアル。」
「あんの馬鹿。子供に何教えてんだ!」
「あのネ、二人とも。そういうのは大人になってからね…。」
「もう、大人アル。」
「せめて18歳を過ぎてからにしろ。できれば20歳過ぎてからな。」
「……そんな事決まってるアルか?」
「一応な。ただな。本当にお前がそのコースを辿ったとして…。一番ショック受けて発狂すんのは…。」
「万事屋の旦那ですねえ。」
面倒くさいと文句を言いながらも、結局のところあの男は自分を慕ってくれる子供二人をとっても大切に思っているので。
「……そう…アルか?」
「ああ。せめて本気で好きになった相手とだけにしろ。」
「よく分からないけど、分かったアル。」
話しているうちに時間は過ぎていった。
「そろそろ、タイムリミットだな。」
「………。」
「………。」
「そよちゃん。」
「神楽ちゃん、今日はありがとう。」
「…うん。」
「約束、ネ。」
「うん。約束アル。ずっと友達ネ。」
「ずっと、ネ。」
ぎゅっと抱き合う二人。
そよの肩を土方が軽く叩いて。それが合図。
「またアル、そよちゃん。」
「ええ、又。」
待機していた真選組のパトカーに乗り、そよは城へと帰っていった。
そよの送迎は近藤と2番隊に任せ。その他の隊に次々と指示を出す土方。
「よし、撤収だ。1番隊・3番隊は夜勤に備えて屯所で仮眠を取っておけ。」
「「はい。」」
「チャイナ。お前ももう帰れ。」
「…分かったアル。」
「4番隊以降は本来の勤務に戻れ。山崎。」
「はい。」
「一度屯所へ戻って、残ってる奴らからその後何も無かったか現状を把握して来い。俺もすぐ戻る。」
「はい。」
「じゃあ、な。」
土方が背を向けた途端。
「お、おい。」
神楽がポンと身軽に土方の背中に飛び乗った。
「フクチョー、送って。」
「おい、こら。」
振り落とそうと身じろいで見るが、夜兎族の力は並大抵ではなかった。がっちりとしがみ付いて離れない。
「ち。」
小さく舌打ちをする。
「こいつ、送ってくる。後、頼んだ。」
「お気をつけて。」
山崎が苦笑して見送る。やっぱり、女子供には甘いんだから…。
「ねえ、フクチョー。」
「何だ?」
「又、そよちゃんと会えるアルカ?」
「……どうだろうなあ。」
祭りなどに将軍が参加する事はたまにあるが、その妹君が公の場に出る事はほとんど無い。
時々城へ上がることのある自分達でさえ、そよの顔などほとんど見たことが無いのだ。
「……会いたくなったら、……どうしたらいいアルカ?」
「………。」
無理矢理にでも会いに行くことが出来るだけの行動力と実力のある子供だ。めったな事はいえない。
「……お前、字、書けるか?」
天人の中には、日本語の分からない種族もいる。
「………。だいたい読めるけど、難しい漢字を書くのは無理アル。」
「文字を勉強しろ。分からない字は教えてやる。………会議なんかで城に上がることがある。手紙くらいなら渡してやれるかも…知れん。」
「本当アルカ!?」
「確実に渡せるかどうかは分からねーよ。けど、今回のことでそよ様も俺らの顔は覚えたろうし…何とかなるだろう…。」
心もとない約束。…でも、神楽にはそれで充分だったようだ。
「ありがとう、フクチョー。」
機嫌の戻った声でそう言うと、暫くして眠ってしまったようだった。
万事屋の前まで送ればいいかと思っていたが、どうやらそうもいかなくなったらしい。
はあ、と溜め息を付いて、土方は神楽の小さな体を背負いなおした。
20070526UP
神楽、副長をロック・オン!
(07、05、30)