優しいね。(ミツバ編その後)
「フクチョー!聞いてー!」
タンと小気味良い音をさせて、神楽が土方の私室へ飛び込んできた。
「チャイナ?」
「アレ、神楽?」
「…銀ちゃん?ここで何してるアルか?今日は仕事だって言って朝早くから出かけてたのに…。」
「仕事だけど?」
「だから!いらねえって言ってんだろーが!帰れ!」
「それはお宅のゴリラに言って下さーい。仕事の依頼をしてきたのはゴリラですから〜。」
「くそっ。」
「…確か、泊まりがけだから暫くアネゴのところへ行ってろって…。」
「そ、お泊りよ♪」
「銀ちゃん。不潔アル。」
楽しげな銀時から視線を話して、土方の様子を窺う。
そんなおおっぴらな事、この男が許すわけがない。…ところが。
「フクチョー!?怪我してるアルか?」
「あ…ああ、まあな。」
土方は普段着の着流しだったが、そこから見える皮膚のいたるところに絆創膏やら包帯やらが見えるし。すぐ脇には松葉杖も放り出してあった。
「結構あっちこっちガッツリ怪我してんのよ、これが。それなのに仕事しようとしやがるし、現場出ようとしやがるし…で、ゴリラが泣き付いてきたわけ。多串くんが部屋から出ないように見張っててくれってね。」
「だから、もう出ねえって。」
「今すぐ、大捕り物があるって言っても?」
「う………。」
「ヅラのアジトが分かったとしても?」
「………。…昔の仲間だったんじゃないのか?」
「たとえ話に出すくらいいいじゃん。」
一応、敷いてある布団の上に座っている土方。
けど、そこには文机があって何枚かの書類が置いてある。
外には出ない代わりに、書類整理くらいさせろ…と土方が主張したものと思われる。
実質、真選組には他に事務作業の出来る人間も居ないのだろう。
溜めたら溜めただけ、結局は土方に負担が行くので出来るなら少しづつやってもらおう…と言うことだろう。
「それより、チャイナ。何か用か?」
「ああ、そうだった!あいつがおかしいアル。」
「うん?」
「あいつ、喧嘩ふっかけても全然のってこないアル。いつもは、こっちがなんもしなくても、むこうから喧嘩ふっかけてくるのに!」
「………。」
「………。…って、神楽。お前女の子なんだから、そうそう喧嘩ふっかけるもんじゃないよ。」
「そんなの今更ネ。」
「………あのな、チャイナ。」
土方が何か言いかけると、すかさず心配そうに銀時が様子を窺う。
「お前…。」
「大丈夫だ。…あのな、総悟の大切な人が亡くなったんだ。」
「え?」
「あいつん所は両親がいなくて。総悟は、…」
「お姉さんに育てられたんだって。その、お姉さんが先日病気で亡くなったんだよ。」
「え?…銀ちゃん?…何で…。」
「丁度、江戸に出てきたお姉さんをサド王子が案内してる時に会ってよう。お姉さんが倒れた時もたまたま居合わせたから。」
「万事屋…。」
困ったような、ほっとしたような表情で土方が銀時を見る。
「サド王子にとって、お姉さんはたった一人の家族だったんだ。」
「…その人が、死んだからあいつは元気がないアルか?」
「そうだね。きっと。」
「………そう…アル、か。」
「総悟はどこにいる?」
「裏庭の方。」
「そうか。…チャイナ…一つ頼んでいいか?」
「何?」
「総悟の傍にいてやってくれ。」
「傍に?」
「ああ、そうだ。何にもしなくて良い。話しかけなくてもいいから、傍にいてやってくれ。」
あいつを一人にしないでやってくれ。
土方の思いが分かって、銀時は小さく溜め息をついた。
神楽自身も親から離れて暮らしている。
ただ、離れているのと二度と会えないのとでは雲泥の差ではあるが。
きっと弱っている者の気持ちは理屈ではなく分かると思う。
「分かったアル。行ってくる。」
「ああ、頼んだぞ。」
部屋を出て先程沖田を見かけた裏庭へ行くと、寸分たがわぬ様子でボーっと立っていた。
そのスキだらけの背中に思わず蹴りを入れたくなるのを必死に押さえる。
「………。」
そして、その背中が。スキだらけなのが悲しくなった。
どんな言葉をかければよいのか、思いつかない。
慰める言葉も、励ます言葉も、おどけて笑わす言葉も…。どれもこの場にふさわしくない気がした。
だから土方は『話しかけなくてもいいから』なんて言ったのかもしれない。
神楽はしばらく沖田の隣に、ただ一緒に立っていた。
「いつまで、そこにいる気だィ。」
いつもにも増して感情の読めない声。
「お前がもう一回笑うまで、アル。」
「………。」
沖田は、それまで地面に落としていた視線を、ゆっくりと上げて神楽を見る。
「………。」
何かを雄弁に語っている目だった。
姉を失った悲しみだろうか?何かの後悔?怒り?
様々なものを内包した瞳の色を読み取るには自分はまだ幼すぎる。
この時ほど、子供である自分を情けなく思った事は無い。
「………っ。」
「………。何で、お前が泣くんでィ。」
「だって、皆泣いてるアル。」
「…皆?」
「沖田も、フクチョーも、銀ちゃんも。それから、屯所全部が泣いてるアル。」
普段とは違った屯所の重苦しい空気を、子供独特の鋭さで感じ取ったのだ。
「………。」
困ったように頭にポンと載せられる手。
自分を甘やかしてくれる大人たちの手とは違い、ドキドキする。
「…なんやかんや言って、あの人も周りを巻き込む人でしたからねィ。」
「……?お姉さん?」
「武州から出てきたメンバーは皆あの人を知ってたし、好きでしたからねィ。
……元々身体の弱い人だった。そんなあの人を一人置いて出てきちまったのは俺だ。」
「………。」
「誰かのせいにして、誰かに責任を押し付けて。そうしていれば、俺が楽だったってだけだ。」
「………。」
例えば言葉を尽くして、『お前が悪いんじゃない』と言う事は簡単なのだろうけど。
沖田が望んでいるのはそんな事じゃないんだろう。
だから、神楽はそっと沖田の手を取った。
今までは、正面から対峙しているのが当たり前だった。
この手は、自分を倒すために突き出されていた。
並んで手をつないだのなんて初めてだ。
困ったような、照れくさそうな。それでいてほっとしたような…。
沖田の目が柔らかくゆれた。
………。あ、さっきのフクチョーの目と一緒だ。
多分近藤が銀時に頼んだのは、動こうとする土方を見張ることではない。
『トシを一人にしないでくれ。』
『あいつの傍にいてやってくれ。』
さっき、土方が自分に頼んだように。
優しいね。皆、優しいね。
自分が辛くったって、いつも誰かのことを心配している。
自分の周りは情けない大人ばかりだと思っていたけれど。
ちょっぴり見直した。
うん。ほんのちょっぴりだけ、だけど。
20070515UP
柳生編の時、沖田は本当はどんな気持ちで参加したんだろう?と
新八の言葉をどんな気持ちで聞いたんだろう?と考えさせられました。
(07、06、06)