優しいね。 (大人編)
「分かったアル。言ってくる。」
「ああ、頼んだぞ。」
タンと障子が閉められて、部屋は再び静かになった。
「外、天気良いんだな。」
「ああ、そうだな。」
「…開けてくれ。」
動けない土方に代わって銀時が障子を開けた。
「………。」
ぼんやりと外を眺める土方に、銀時は小さく溜め息をついた。
「まずは礼を言わせてくれ。総悟とトシが世話になった、ありがとう。」
万事屋のソファにどっしりと座った近藤は、深々と頭を下げた。
「ゴリラ。何の冗談だ。」
「冗談じゃねえよ、坂田。ついでに、仕事の依頼だ。」
「真選組が?俺に?」
「ああ、トシがな。本当はもうちょっと入院してなきゃいけねエのに、無理矢理退院してきちまったんだよ。」
「……あいつ…。」
「正直言って、今ウチは大変なんだ。例の密輸の組織の解明でな。あの屋敷の家宅捜索とか取引先の特定だとかをしなけりゃならねえ。
あの件は、本当に山崎とトシの二人だけしか知らなかった。
トシが一人であの組織を壊滅出来てたら、もう証拠なんてかけらも残らないってくらいに徹底的に内密に捜査されてた。
それを、もう一度筋道立てて調書を作り直さなけりゃならねえんだ。しかも、トシ抜きで。」
ったく、なまじ頭のいい奴ってのはコレだから…。
銀時は内心盛大に舌打ちを漏らした。
何も残さない。…それこそを、彼は望んだのだろうけど。
「で?お宅が忙しいのと、仕事の依頼ってどう結びつくわけ?」
「トシの傍に誰もいてやれないんだ。」
「はあ?」
「あいつの傍に。今、誰もいてやれねーんだ。」
「………。」
「だからな。お前、いてやってくれ。あいつを一人にしないでやってくれ。」
「………ゴリラ…。」
「正直言うとな…、男同士ってのは俺は良くわかんねーよ。けど、トシがお前で良いって言うんなら…。」
「言ったのか!?あいつが!?」
「や、言ってねえけど。」
「…何だ、期待させんなコノヤロー。」
「今は言ってねえけど。…何だ、お前も苦労してんだな。」
「お前に言われたかねーんだよ!ストーカー!」
「俺の誠意はいつか伝わると信じている!」
「だったらまずストーカーをやめろよ!」
「…もし、あいつがお前が良いって言うんなら、俺に反対する資格はねえし…。…それにな…、今回のことでちょっと分かっちまった。」
こいつごまかしやがったなと思ったが、続く言葉が気になって口を閉じた。
「ミツバ殿は本当に素敵な女性だ。武州に居た頃だって、そりゃもう、みんなの憧れの的だった。けどな。トシは…多分それじゃ駄目なんだ。」
「駄目?」
「ああ、トシは心配症だからな。
自分が女房にと添い遂げた女がもしも真選組の足枷になったら…。
惚れた女の身に何かあった時に自分が助けられるだろうか?
真選組と女と天秤にかけなきゃならない事態になった時、どっちを選べばいいのか?
いつ死ぬと知れねー身で、彼女を幸せにしてやれるのか…?
…多分そんな事を考えて身動きが取れなくなっちまうんだ。」
「ああ…かもな…。」
「だから…、多分お前なんだろうな。」
「…?」
「お前は強い。もしかしたら、俺やトシより強いかも知れん。だから、トシは安心していられるんだ。お前にゃ、トシの助けは要らない。お前と真選組に何かあった時迷わず真選組を取れる。」
「………何気に酷くね?」
「酷くねえよ。何があったってお前は大丈夫だと思ってるんだ。めったにいないぜ、そんな奴。」
「俺だって別に不死身なわけじゃねえ。」
「俺はトシをずっと見てたからな。お前が一見大変な事態になっていようと…たとえエイリアンに喰われていようと。トシは平然としてた。」
「………。泣いてイイ?」
「トシはな。知ってる人間が命の危険に晒されて平然としていられるような奴じゃねえ。お前にだけだ。」
「………。褒められてる気が全くしないのは何でなんだ…コンチクショー。」
「お前はそんな事で、どうにかなるような奴じゃないって信じてんだよ。」
「………。」
「ただちょっと。ただ、ちょっとな。気持ちが弱くなった時に傍にいたい、いて欲しい…。…お前達はそうじゃないのか?」
「っ。ゴリラに恋愛指南を受けるたあ、俺も落ちたもんだ。」
「馬鹿言え、俺は恋愛のプロだよ。もう、毎日お妙さんのこと考えてっからね!」
「ちっとは、ほかの事も考えろよ。組のこととか…。お前がそんなんだから多串くんにばっかり負担がいくんでしょーが。」
「そうだなあ、これからはそうすっかな…。」
「呑気な…。」
「お前に言われたかないんだけど…。イロイロと気付かないのが俺の仕事だからなあ。」
「はあ?」
「人間として、トシが間違ってることをしたなら俺は迷わずあいつをぶん殴る。
けど…どうするのが組にとって一番良いのか…そんなこと『正解』を知っている奴なんていねえだろう?だったら、組のこと一番考えてる奴に任せるべきだ。
正直言うと、あいつのやってることが100%正しいなんて思っちゃいない。けど、俺らの中で誰が真選組のことを一番考えてるか?そんなのトシ以外いないだろ?そんなあいつに間違ってるなんて言えるか?もう、組のこと考えるななんて言えるか?言えねえよ。俺には言えねえ。……だったら、俺は目を瞑って見えないフリしているしかねえ。」
土方に任せる。組を一番大切に思っているのはお前なのだから。
けど、もしも何かあった時。責任は、近藤が取る。
恐らく、自分はそのために居るのだと近藤は考えているのだ。
「…けどこれからはお前がいるだろう?」
「へ?」
「トシもどっぷり組に浸かるんじゃなくて、組とは関係ない人間関係が出来たほうが良いと思うし。そういう時間が増えていけばいいと思うんだ、俺は。」
「…なんか、お前案外イロイロ見てるんだな。」
「これからは、少しでもトシの負担を減らしたいと思ってる。本気でな。
少なくとも、全てがトシだけに集まるようなシステムになってなけりゃ、今回の事はどこかで洩れてたはずなんだし…。」
「ほう。それでお妙へのストーカーが減るなら何よりだ。」
「…嫌、それは減らさねえ!」
「……やー、ホラ。やっぱり押したり引いたりすんのが恋愛の駆け引きだろうが。」
「お…なるほど。」
あ、こいつやっぱり馬鹿だ。
けど、土方や他の真選組の隊士たちがそれこそ宗教のように慕うのも。何となく分かる気がした。
ほんの少し弱っている時に一緒にいられる関係…かあ。
爽やかな風が入ってくるのを楽しんでいた土方の表情が、徐々に歪んでくる。
誰のことを考えているのかなんて、すぐに分かる。
かみ締めた唇が今にも切れそうで。
そっと指を伸ばした。
「…万事屋…。」
「…切れるよ。」
「…いまさら小さい傷の一つや二つついたって大して変わらねえ。」
「変わるよ。そうじゃないよ。お前に傷が一つ増えたら、俺は痛いよ?」
「………。」
「お前は真選組の隊士が傷付いたら、辛いだろ?それと同じだ。新八や神楽が傷付いた時に、俺だって痛くなる。それと同じだけ…もしかしたらそれ以上に。お前が傷ついた時、俺は痛いよ。」
「………。」
「仕事が仕事だからな。お互い、全くの無傷でなんかいられねえだろうけどよ、お前に何かあった時、俺も辛いんだって覚えておいてよ。」
「そんなの……お前だけじゃない…。」
「………。」
「お前、時々信じらんねー怪我してるしな…。」
心配はしない。けど、何も感じないわけではない。
土方の全身に及ぶ怪我を気にしながら、ぎゅっと抱きしめた。
「良かった。あの時、間に合って。」
土方も、そっと銀時の背中に腕を回してきた。
他の真選組の隊士たちや、自分が間に合わなかったら…土方はどうなっていたんだろう?
無茶をしたという自覚はあったのだろう。
命令違反を犯して、密輸の件を近藤たちに漏らした山崎を土方は叱らなかったという。
「来年の春には、又花見をしようよ。」
「…お前らとか?」
「いいじゃねえか、皆で大騒ぎすれば楽しいし。」
いち早く酔いつぶれた自分達は、ほとんど花見を楽しめなかった苦い思い出がある。
「ああ、そうだな。」
まるで溜め息のような声でそう、頷いた。
彼が思い描いたのは、いつの花見だろう?
自分たちと一緒に馬鹿をやった時だろうか?
それとも……故郷でやったかもしれない、気心知れた仲間と優しい女性との花見だろうか?
どっちだっていい。
だって、これから先。未来の記憶は生きている自分達で作り上げていくものだから。
実際に叶えられるかどうかも分からない、未来の約束。
それらを積み重ねて、人は生きていくのだ。
20070521UP
このシリーズの二人は、くっ付いてるようでくっ付いてない感じだったので…。ここいらではっきりさせようかな…と。
(07、06、12)