踏み鳴らせ、土埃上げて。
いつものように街中で会って。
いつものように、怒鳴り合いが始まって。
いつものように、拳を固めて腕を振り上げて。
でも、本気の殴り合いではなくあくまでレクリエーション。
そんな力加減の応酬が始まった時。
「「あっ。」」
土方の頬に鋭い痛みが走った。
「っって。」
「うわああ、ゴメン。」
珍しく焦った声で、しかも素直に謝罪を口にする銀時。
「…んだよ?」
土方の感覚でも、たいした傷じゃない事は分かるのに何をそんなに必死になるのか?
「爪、引っかかったみたい。」
自分の爪を眺めて苦笑する。
「爪くらいちゃんと切れよ。」
つられて銀時の手を取り、その手をじっと見た。
ごつい手だ。
当たり前だが、小さな傷跡が幾つもあって。
刀を持ち続けたことによるタコもあって。
「…多串くん?」
熱心に手を見つめる土方に銀時が首を傾げる。
多分、この手は自分より多くの命を奪っている。
そして、自分より多くの痛みを感じ、涙を拭い、誰かを助けた。
時々、言われることだ。
銀時と土方は似ている…と。
自分でも思考が似通っていると思う事はある。
だが、いつだって少しだけ銀時の方が余裕がある。
それは。恐らくこれまでに、銀時が経験してきた過去の積み重ねの差なのだろう。
悔しい…。
そう思う事は簡単だ。
けれども、過去を変えられない以上。自分の生き方を変えるつもりの無い以上。羨んだところで意味のない事。
分かってはいるが…。
負けず嫌いの自分が。いつも、負けていると認める事は。正直、きつい。
するりと銀時の手が動き、土方の顎を持ち上げる。
「……血…。」
先ほど爪で引っ掛けたところから、血が出ているらしい。
せいぜいがほんの少し滲んだだけだろう。たいした痛みも感じないし。
なんでもない。と言おうとした途端銀時の顔が近付いてきて、ぺろりと傷口をなめられる。
「なっ、にしやがる!」
「う〜ん、消毒?」
「余計なバイ菌が入るわ!」
「あ、ひでェ。」
苦笑した銀時は、もう一度唇を寄せて。今度はチュッとキスをした。
「万事屋!」
「ゴメン本当に。」
「………。何、謝ってんだ?たいした事ねえだろーが、こんくらいの傷。」
「でも、嫌なんだ。多串くんに傷が付くのが。ましてやそれをしたのが俺なんて…。」
「………。馬鹿だろう、お前。」
「はいはい、ソウデスネー。」
又しても、軽くあしらわれているような気がしてムッとする。
大体、小さな傷一つ付いたところでどうということは無い。
多くの命を奪ってきたのだ、いつかその報いを自身で受けることは覚悟の上。
大切にされるほどのものでは、ない。
比べることではないけれど。
多分自分の方が多くの命を奪ってきたと、銀時は思っている。
いくら殺伐とした仕事であろうと、『戦争』と言うものに参加した者の『殺人』の数には適わないはずだ。
それはもう。数え切れない程の命を奪ってきたのだから、碌な死に方をしないだろうという覚悟は銀時にもある。
けれど、結局のところ自分は自分をそれなりに気に入っているんだと思う。
苦しんだり悩んだりしながらも、何とか踏ん張って。信念を突き通せる『今』を築いてきた自分を。
大切にしたいと思う者たちもできた。
その子らのためにもそう簡単に死ぬわけには行かない。
仕方無く無茶をすることもあるが、基本的に自分を大切にするようになったとも思う。
だから、土方を見ていると時々不安になる。
自分と似ているらしい土方。
だから、分かりたくも無いのに分かってしまう。
『そうありたい』と思う自分でいるためになら、努力は惜しまない。
信念を通すために無茶をするのは当たり前。
守りたいと思うものを守るためなら、自分の命なんかどうなったって構わない。
ただ、一つ違うのは。
土方は自分を大切にしない。
土方の身に何かあった時、近藤や真選組の隊士たちがどれだけ苦しむかなんて分かりもしない。
せいぜいが、『参謀がいなくなってこまるだろうなあ』くらいにしか思っていないのだ。
だから、怪我をしようが病気をしようが寝不足や過労で倒れようが平然としている。
まるで『痛い』とか『辛い』とかっていう感覚を無くしてしまったかの様に…。
気にするのは、仕事が滞って申し訳ない…ってことだけ。
銀時は、そっと土方の手を取った。
「…?なんだよ?」
先程土方が熱心に銀時の手を見たように、今度は銀時が土方の手を見る。
たくさんの傷跡がある。
自分の手と同じところにタコがあるのが、なんだかおかしかった。
きっとたくさんの命を奪ってきたのだろう。
けど、今。この手は守りたいと思うものを守るのに必死なのだ。
自身の事など顧みる余裕も無いくらいに。
「土方。」
「っ。な、ななな何だよっ。」
らしくもなくどもる土方に、一瞬銀時は首を傾げた。
ああ、そういえば。自分がまともに彼の名前を呼ぶのは珍しい。
「あのネ。大切な人を守るって言う事は、自分を大切にするってことと一緒だよ?」
「?」
「例えばさ、お宅のゴリラが…。」
「近藤さん!」
「はいはい、ゴリラ近藤が…って。アレ?何か格好良くね?『ゴリラ近藤』って…て睨むなよう。とにかくあいつが、大怪我したり体調崩して入院したりしたら、お前心配するだろう?」
「当たり前だろ。」
「それって、仕事が滞るから?」
「んな訳ねえ。」
「じゃ、お前に何かあった時。ゴリラは心配しねエの?」
「…それは…。」
以前無茶して倒れた時、半べそかきながら看病されて恐ろしくうっとおしかった覚えがある。けど、本気で心配してくれているのは分かって、くすぐったい気分を味わったものだ。
「奴に何かあった時に、土方が心配して心を痛めるのと同じだけ。土方に何かあったら、お前を大切に思う人たちは痛いんだよ?」
「………。」
「だから、お前が大切な人たちを守りたいと思うんなら、まず自分を大切にしなけりゃならねえ。」
「………。」
「無理は駄目だよ。そんでもって、お前を心配する気持ちを跳ね除けないで。」
「………。」
「土方に小さな傷一つでも付けたくないんだよ、俺は。」
そう言って、銀時は握っていた土方の手を持ち上げて、その指の腹にそっとキスをした。
「っ!な、何…。」
「いい手だよ。大切なものを、一生懸命に守ってる手だ。………だから後ちょっとだけ、自分を大切にすることに使って欲しいんだ。」
銀時の言葉はすっと土方の心に入ってきた。
それすらも、器の差のような気がしてムカつく。
畜生!
いつかぜってえ追い抜いてやる!
それには、とりあえず。
自分を大切にするところから始めてみようか…。
20070529UP
原作読むと、明らかに銀さんの方が器が上だよね。そして、道端でナチュラルにイチャつく二人。
タイトルはコブクロの「宝島」より。
(07、06、15)