鬼は鬼であって鬼にはあらず



 

「真選組が出張ってくるってよ。」

「又かよ!」

管轄内に存在するとある風俗店。

風営法違反の容疑で捜査して、容疑を固めていざ検挙となった時。

真選組から横槍が入った。

何でも、その店の裏には大きなテロ組織が係わっていて。その店は、組織の資金源になっているらしいというのだ。

「知るかよ、そんな事。」

「『テロ』って言えば何をしても許されると思ってんじゃねえよ!」

捜査権はあっという間に持っていかれた。

これまでにも何度かあったこと。

その度に、それまで苦労してきた捜査は台無しにされ。手柄は持って行かれて…。

特別警察だかなんだか知らねえが、お偉いさんは楽していいとこばっかり取っていきやがって!

今度こそ文句を言ってやると、誰もが思っていた。

けれど、今回真選組を率いて来たのは『鬼の副長土方十四郎』だった。

その眼光の鋭さ、ドスの効いた声。

しきりに、馬鹿だのボケだの死ねだのと罵倒する男に圧倒されて所轄の誰もが文句を飲み込んだ。

 

ただ、さすがに『真選組の頭脳』と言われるだけはあった。

所轄の上司よりも、よっぽど効率よく自分達を使ってくれるし、万事にソツがなかった。

双方の持つ情報を刷り合わせ、改めて容疑を固め、そして捕り物へ…。

それらが普段の自分たちの作業とは比べ物にならないくらいのスピードで進んでいく。

「今夜、乗り込む。」

土方の言葉は短かった。

いよいよ…なのだ。

「今夜は帰れねえかもな。」

同僚が愚痴る。

「仕方ねえよ。ようやく大詰めだ。」

「けどよう、俺この2・3日、まともに子供の顔見てねえよ。」

「見れんのは寝顔だけだな。確かに。」

「けど、今夜が過ぎれば暫くのんびり出来るだろう?」

「後少しの辛抱だな。」



 

もう少しで、夕食の時間だ。

作戦開始までそれほど時間が無いせいか、今日の夕食は弁当が配られるという。

つまり、警察の建物から出るなということで…。(恐らくは秘密保持の為)

夕食代が掛からないのは良いが、ゆっくり休む事は出来そうになかった。

「ちわ〜、弁当届けに来ました〜。ってアレ?」

「万事屋!?」

「アレ、万事屋の旦那ァ。転職ですかィ?」

「違うよ。依頼が有ったんだ。大量の弁当の注文があったから、作るのと運ぶの手伝えって。…まあ、弁当屋のオヤジ。作るのでくたびれちゃって運んできたのは俺一人なんだけどね。なるほど、真選組の皆さんが来てたから大量だったわけね。」

銀髪の男が弁当を台車に山盛りに載せて入ってきて、室内は一気ににぎやかになった。

「で、コレ。どこに置く?」

「ああ、そっちの机に。」

「はいよ。後、お茶ね。今持ってくるから。」

弁当を降ろして空になった台車を押して出て行った。

「は〜、メシだあ〜。」

「副長〜、俺2個食いてえ。」

「余ったらな。」

それまで、もう少し固い口調で話していた彼らが途端に砕けた雰囲気になった。

「原田さんは、いつも良く食いますねィ。」

「本当を言えば2つじゃ足りないくらいっすよ。副長〜、3つ食っていいっすか?」

「だから、余ったらな。残しておいて悪くしても仕方ないしな。」

そんな話をしているうちに先程の銀髪が台車にたくさんのお茶を載せて戻ってきた。

「は〜い、お茶だよ〜。」

「山崎。」

「はい。」

山崎と呼ばれた、土方の小姓のように付き従っている隊士が弁当屋に近付く。

「え〜〜〜と、はい。数あってますね。」

「じゃ、ここに受け取りのサインして。代金は直接店の方に払ってくれんだよね。」

「はい。ご苦労様でした。」

山崎が弁当の数の確認を終えると、土方が声を張った。

「今から1時間、休憩にする。全員建物からの外出を禁止する。どうしても外出が必要な用事のある者は、許可を得てから外出すること。以上。」

ガタン、がタンと椅子から立ち上がる音がして、うう〜んと伸びをする者もいる。

さて、弁当を…とそれぞれが動き出したとき、銀髪の声がした。

「ねえ、多串くん。休憩なんじゃないの?」

「多串じゃねえ。…休憩だぞ。そして、お前は帰れ。」

「多串くんも、休憩でしょう?」

土方は机の上に座り椅子に足を乗せて、ホワイトボードを見ていた。

そこには、現場の見取り図や容疑者の写真などが張ってある。

難しい顔をしているところを見ると、作戦や現状を頭の中で練り直しているのかも知れなかった。

「休みだな。」

「じゃ、休みなよ。」

「休んでる。」

「思いっきり仕事のこと考えてんじゃん。ってか、何な訳?その目の下の隈!」

…そんなものは無い。」

「いや、あるから!もう、クマ牧場かってほどあるから!」

「うるせぇ。だから、テメェは帰れ。」

「ったく。」

溜め息をついた銀髪の男は、腕組みをして土方を睨んだまま山崎を呼んだ。

「ジミーくん。」

「ジミーじゃありません、山崎です。」

「お宅の副長さん、ここんとこどれ位寝てる?」

「全然寝てませんよ。せいぜい1・2時間仮眠を取るくらいです。」

「こら、山崎!」

「ほ〜ら。」

「『ほ〜ら』じゃねえよ!別に平気だ。全く寝てない訳じゃねーんだから。」

「今日の捕り物、総一郎君とかに任せておけば?」

「何だよ!俺に出るなって言うのか!? 冗談じゃないぜ。2ヶ月もこんなつまらない事務作業を我慢したのは、今夜のためだろう。ようやく喧嘩が出来んのに、何で待ってなけりゃいけねえんだ。」

………。って、2ヶ月前から休みがとれないって言って会えなかったの、この件のせい?」

…まあ、コレだけじゃねえけど…。」

実態を知っている真選組のメンバーは平然としていたが、所轄のメンバーは目を丸くした。

睡眠1・2時間って? 2ヶ月も前からこの事件を追ってたって?

少なくともこの人は『楽をして』には当てはまらないような気がした。

そんな会話の間にも。

「副長、2個目〜。」

「だから余ったらって言ってんだろ。待ちきれねえんなら、お前が全員に配ってしまえ。」

「あ、そーっすね。」

なんて会話を隊士と交わしている。

「ね、総一郎君。」

「総悟ですゼ、旦那。」

「休み時間の後、多串くんがもう1時間位いなくても大丈夫?」

「って言うか、むしろ永遠にいなくなってくれたほうがありがたいくらいですゼ。」

「こら、総悟。」

「ほら選べ、多串くん。1時間余分に休憩取るか、今夜の捕り物諦めるか。」

「っ。何で、テメーの言うこと気かなきゃなんねーんだよ!」

「え〜、だって俺なら多串くん止められるとおもうしィ?」

「ち。」

「はい、副長さん2時間休憩決定!ジミーくん、どっか仮眠室とか無いの?」

「山崎ですってば。旦那俺の名前覚える気ゼロですね。」

そう言って山崎が、所轄の建物内の仮眠室の正確な場所を言うのにちょっと驚く。

「何で知ってんだよ、お前。」

土方も不思議に思ったらしく聞く。

「はあ、あわよくば副長をそこに押し込めれば…と思って。」

「山崎〜。」

「そんだけ、無茶してたってことでしょ。…仮眠室に行くなら、ちゃんと弁当も持って行きなよ!……ほら、又痩せてる!」

ぱんぱんと隊服の上から土方の体を探る。

「テメっ、さわんな!」

諦めたように溜め息を付いて、土方が机から降りる。

…何でお前まで付いてくんだ。」

「ちゃんと多串君が寝るかどうか確認しに…。」

………どうせ来るなら自分の分の弁当も持ってこい。」

「え?俺の分もあるの。」

「大目に取ってあるって言っただろ。原田。松木にももう1つ持って言ってやれ、あいつもいつも2つ喰うからな。」

「へい。」

「他にも、2つ食いたいやつは遠慮せずに食っていいぞ。」

所轄の方を向いて声をかける。

や、この人。鬼なんじゃなかったっけ?

「ネエネエ、多串君。」

「多串じゃねえって言ってんだろ。」

「今夜の捕り物が終わったら、時間空く?」

「無理だな。」

「え〜〜。」

「うるせぇ、子供か。ウチが抱えてる案件はこれだけじゃねえ。」

「後、どんだけあんだよ?」

「でかいので5件。小さいのを入れたら数え切れねえ。」

……小さいの…って…。」

「総悟が破壊した店舗の賠償とか、総悟が迷惑かけた市民への保障とか、総悟が書くはずの始末書とか、総悟が…。」

「ああ。いいです、もう。」

「隊長が自分でされたらどうですか?」

原田が苦笑する。

「やりますぜィ、俺。」

「そんな事させたら、かえって俺の仕事が増えんだろうーが!」

なにやら苦労しているらしい、土方。

や、この人。鬼なんじゃなかったっけ?

「山崎、後頼んだ。」

「はい。」

「何かあったらすぐ呼べ。」

「呼ばなくて良いからね〜。」

二人が部屋を出て行った。

一瞬静まり返った後、1番隊隊長の沖田総悟が口を開いた。

…休憩時間1時間延長に50円。」

「2時間で戻ってくるけど、隈が増えてるのに50円。」

と、山崎。

「賭けてたのがばれて、怒られるのに50円。」

と、原田。

「「「「………。」」」」

所轄の面々は、配られた弁当を持って唖然と彼らを見つめた。



 

 

捕り物の時。

敵に対してあまりにも冷徹で。なるほど、『鬼』と呼ばれるわけだと納得。

しかし。先頭切って刀を振るう土方の背中を、酷く頼もしく感じた。

自分達よりずっと若いのに、彼はやはり『真選組副長』なのだ。

確かに局長の近藤を慕って集まったメンバーなのだろう。

けれど、土方にも近藤とは又違う吸引力を感じる。

 



全ての作戦が終了して。

「ご苦労だった。」

彼の落ち着いたその声で言われたとき。

生まれて初めて、仕事の終了を残念に思った。

 

 



 

 

 

20070603UP
こんな風に、他部署と合同捜査なんかをするたびに。土方の崇拝者が増えたら楽しいなあ…と。
そして、あちこちに土方ファンクラブができてるといい。
(07、06、20