ぎんいろお月さん



 

真選組の闇の部分は、自分が請け負うと決めていた。

そういう土方の決意を知っているからこそ、松平もこういう仕事を近藤を通さず自分に持ちかけるのだろう。



 

いまだ梅雨は明けていないが、今日は珍しく雨が降らなかった。

見上げれば、月が出ていた。

強い風に煽られた雲が物凄い勢いで流れていくので、一瞬月が走っているように見えてふと笑った。

もはや、それは笑いとはいえないようなものだったけれど。

肩の力が抜け、次いで強張っていた体中の余分な力がすーっと抜けた。

ほお。と溜め息が漏れる。

すっかり忘れていた煙草を取り出し、火をつける。

松平は基本的に理不尽だが。

事『真選組』という組織に関してはそれなりに心を砕いてくれる。

その彼が、『真選組副長』に『殺れ』と言ったのだ。

これは必要な事なのだろうと、その程度には信頼している。

こんな仕事の時は、いつも迷う。

自分はただ無心に殺せば良いのだろうか?

それとも、何故そいつを殺さなければならないのか、その背景を知るべきだろうか?

結局いつも自分はただ言われるままに殺してくる。

それは逃げなのだと分かっている。けれど知ってしまったら…ただの成り上がり侍『真選組副長』ではなくなってしまいそうで…。

反吐が出るほど嫌っている幕吏たちの仲間に飲み込まれてしまいそうで…。

所謂『政治』の一部には組み込まれたくない一心で、知らない振りをする。

けれど、『真選組』と言う組織が今以上に大きくなり力を持ってくるようになれば、いずれは…。

故郷を出てくる時には、まさかこういう事で迷うことになろうとは思いもしなかったけれど…。

 

ふと何かが視界の隅に光った。

月から視線を落としすぐ傍を流れる川面に眼をやると、なにやらゆっくりと流れていく物。

月明かりの中、白いものがちらちらと反射する。

土手を降りて、川べりへ近付けば…それは短冊をたくさんつけた笹の枝だった。

………ああ、そうか。今日は七夕か…。

ゆっくりと流れていく枝を見送る。

七夕の短冊は、いつから願い事を書くようになったのだろう?

元々は死者と弔うものだと聞いた。

この世に恨みを残して死んだ怨霊を鎮めるためのものだとも聞いたことがある。

『水に流す』とは良く言ったものだ。

ひな祭りにしても灯篭流しにしても…、結局は川に流しそれで万事OKなどと。

『そんな馬鹿な話があるか』

けれど、人とは何かと業の強いもの。

それを全て背負って生きていくのは辛いのかも知れない。



 

ぼんやりとそんな事を考えていると、ふと視線を感じた。

「良い夜だね、多串くん。」

「万事屋…。」

川の向こう岸、土手の上を銀時が歩いていた。

雲間から覗く月の光に照らされて、その髪と白い着物が明るく光る。

ああ、月みてえな奴だな。

そう、思った。



 

近藤は『太陽』だ。

単純明快、明朗快活。全てを明るく照らし包み込む度量を持っている。正に太陽。

返して自分を例えるなら、『夜』あるいは『闇』『黒』。

だから、太陽にはもう無条件で憧れる。

絶対に自分はそうはなれないと、知っているから。

大切で大好きな太陽だけれども、その傍に居ると自分の闇が濃くなる。気がする…。

近藤が今しがた自分がしてきたことを知ったらなんというだろう。

殴られるだろうか、責められるだろうか?それとも。もう、するなと言われるだろうか?

けれど、松平から話が来れば。自分は再び同じ事をするだろう。

それが『近藤』や『真選組』を守ることになるのであれば。



 

銀時は『月』。

まるで全てを浄化するかのように輝く夜もあれば、夜は闇のものとばかりにナリを潜める時もある。

ただひたすらに清い太陽とは違う、『清』『濁』併せ持つ光。

だから、こいつは。

俺の傍に居れくれるのかも知れねえな。

土方がどれだけ闇に身を投じようと『しょうがないね』と薄ら笑ってそれで終いにしてくれそうだ。

決して『綺麗に生きろ』とは言わない気がする。そんないまさら出来るはずもない事を言われても土方としても困るだけだ。

「こんな時間に何をうろついてるんだ、無職。」

「無職じゃないからね。銀さんコレでも自営業の経営者だから。…多串くんこそ、…って仕事かあ。」

「多串じゃねえ。」

「大変だねえ、七夕だってのに。」

「七夕ねえ。」

「いや神楽がね。どっかから七夕の話を聞いてきたらしくてさ、1日大騒ぎよ。笹を切りに行ったり、飾りを作ったり短冊作ったりしてね。」

「へえ、そりゃ喜んだだろ。」

「まあね。あいつ短冊に『打倒沖田』って書いてたから。遊びに行ったらよろしくね。」

「屯所を破壊しない限りは構わねえけどな…。で?お前は何て書いたんだ?」

ネガイゴト。

「ん〜、俺?俺のは決まってるよ。ウチの事務所にも飾ってあるでしょ。」

「まさか…『糖分』?」

「そ。」

「それって何を願ってんだよ!てか願い事なのか?」

「だって銀さん糖分切らしたら生きてけないし…。それに、出来れば多串くんとの仲も、もうちょっと甘くなったら良いなあ何て思ってんだけど。」

コレって立派なオネガイゴトでしょ?

「多串くんは?短冊に願い事書くとしたらなんて書く?」

そう聞かれて、少し考えた。

………。『喧嘩上等』。」

「あはは、それも願い事じゃねーじゃん。」

…そうだな。」

けど、さっきのようなヒトキリではなく。

いつまでも喧嘩を楽しめる自分で居られたら良いと思う。

『真選組』が、そんな喧嘩バカな集団であり続けられたら…と思う。

「ちょっと待ってて、そっち行くから。」

「来なくて良い。」

近付けば。馬鹿なのに聡い銀時のことだ、土方の今夜の『仕事』が何なのか気付いてしまうだろう。

大股ですぐ傍の橋を渡り、近付いてくる銀時。

『来なくて良い』と言いつつ、逃げる気の無い自分を土方は自覚していた。

「しかし、アレだよね。人間なんて欲の塊だよなあ。」

後ろから近付いてくる銀時の声。

「スーパーとかデパートとかの入口のところ凄かったぜ。大きな笹に信じられない位短冊が付いてんの。あんなの書いて願い事かなうと思ってんのかねえ?」

心底呆れたような声。大量の短冊に圧倒されて、あんぐりと口を開ける銀時が目に見えるようだ。

「思ってるから書くんじゃねえの?」

「誰が叶えてくれんの?カミサマ?」

「さあ?信じるものは救われんだろ?…多分。そおいや、七夕なんだから彦星とか織姫とか…。」

「や、そんな信じてもないのに無理して挙げなくて良いから…。

大体さあ、彦星と織姫って1年に1回今夜しか会えないんだろ?そんなときに見ず知らずの他人の…しかもすんげえ人数の願い事なんて聞いてる暇あんのかね?」

…ねえだろうな。ましてや二人とも仕事しねえで遊び呆けてた罰でそうなったんだから、例え聞こえたところで他人のために働いたりするほど勤勉じゃねエだろう。」

「だろだろ。だからさ、やっぱり願い事って自分でどうにかしなきゃ叶わないって事だよ。」

…そうかもな。」

土方のすぐ後ろまで来た銀時が、そろりと腕を回してきた。

…なんだよ…。」

「願い事を叶えようかと思って。」

「『糖分』か?」

「そ、糖分。ウチに泊まって行きなよ、多串くん。そしたら、『鬼の副長さん』の顔しなくても良いんだよ。」

…そういや、お前どこから歩いてきたんだよ?」

銀時が歩いてきた方向は万事屋とは全く逆方向だ。

「ん。お妙ンとこから。神楽は今夜はあっちに泊まってくるから。」

「お前も泊まってきたら良かったろうが。」

「始めはそのつもりだったんだけどね。何となく多串くんに会えそうな気がしたから帰ってきちゃった。」

愛の力だね、銀さん凄い。

抱きしめる腕に、さらにぎゅっと力が篭る。

返り血は浴びてないはずだが黒い自分の隊服では本当のところは分からない。

「離せ…。」

お前の服が汚れるかも、知れない。

「やだね。」

今更、だよ。そんな事。

 

手を引かれて歩き出す。

 



 

ねえ、多串くん。『夜』は『闇』じゃないんだよ。

月や星がちゃんと地上を照らしてるでしょ。

本当は、昼間にだって『月』や『星』は出てるんだけど、太陽が明るすぎて見えない訳。

ね。分かる?

『夜』だから『月』は輝けるんだ。

ンでもって、『月』が照らすから『夜』は優しいわけ。

凄いね。ベストパートナーって奴?

え。

何で殴るの……ってか、多串くん顔真っ赤なんですけど…。

暗いのに分かるか…って?分かるに決まってんじゃん。

 



 

だってホラ。月が出てる。

 

 

 

 

 

20070626UP
七夕の表現で一部高田崇史氏著『QED』シリーズを参考にさせていただきました。
タタルさん万歳!
(07、07、05)