ぽつぽつ、ぽつ。
こんな静かな雨は苦手だ。
大切なものを護る…ということに対して、あまりにも無力だった自分を思い出すから。
仕事の依頼があった。
万事屋からは少し離れた場所だったので、銀時が一人で出ることにした。
仕事を終えた頃にはすっかり辺りは暗くなっていて、慌てて帰路に着く。
どんよりと曇った空からはぽつぽつと雨が降り出した。
「…ったく、原チャリが使えればな…。」
無茶をしすぎたせいか、現在修理中なのだ。
街中を少し外れた場所だからか、早くから雲行きが怪しかったせいか。あたりに人影はなかった。
「水も滴るイイ男…ってね。」
朝出る時にはまさか雨が降るとは思わなかった。
お天気お姉さんのコーナーは欠かさず見ているが、デレっと結野アナの顔を見ているうちに予報は終わってしまって、まともに聞いた事は無い。
それが災いしたのか、雨足は徐々に強くなっていた。
足早に自宅へと急いでいた足がふと、緩む。
そしていつしか立ち止まっていた。
濡れるのも気にせず立ち尽くしたことが、有った。
その時、銀時の胸を占めたのは己に対する無力感。
死んだ仲間に対する哀悼。
なぜ自分はここに居るのか?何故この腕は大切なものを護れないのか?
何故、累々と屍で埋まるこの地に立っているのが自分だけなのか…。
湿った空気が、身体をぬらす雨粒が。
当時の記憶を甦らせる。
まるで。死んでいった仲間達が、『忘れるな』とすがってくるかのように。
「………万事屋?」
「………。…多串くん…。」
「多串じゃ、ねえ。」
そう反論してきて、じっと銀時を見る。
「お前は濡れても男前度は上がらねエから、大概にしとけよ。風邪引くぞ。」
「アレ、心配してくれんの?」
「ああ。」
「うえっ!?」
「お前に何かあったら、メガネとチャイナが大変だろう。」
ああ、そっちね。
全く、何気に子供好きなんだから。
「へーき、へーき。銀さん強いから。」
「…まあ、風邪ひかない人種っぽいけど…。」
「アレ、何?それ。バカって事?バカって言っちゃってくれてるー!?」
土方は小さく笑って、人差し指1本でくいと銀時を呼ぶ。
『……俺、犬じゃねえんだけど…。』そう思いつつも1歩土方に近付く。
すると、土方が自分で差していた傘を銀時にも差し掛ける。
「い、いいよ。もう、なんだか今更だし。」
「しっ。」
口の前に人差し指を立てて、黙っていろといわれる。
「………?」
暫く言われるままに口を閉じる。
土方も黙ったままで…。
すると、それまで聞こえなかった音が聞こえてきた。
いや、聞こえてはいたのだ。ただ、意識がその音を拾わなかっただけで…。
ぽつ ぽつ ぽつ
パタ パタ パタ
草むらに落ちる雨の音、
道端に直接落ちる雨の音、
そして、土方が差し掛けた傘に落ちる、雨の音。
「…雨の元ってなんだか知ってるか?」
「はあ?水…だろう。」
「どこの?」
「どこ…って、雲?」
「じゃ、雲の元は?」
「雲の元?……う〜ん?」
「海の水、川の水、空気の中の水…そういうもんだ。」
「………ああ。」
そういや小さい頃にそんな事を聞いたような…。
「雨は…何にも流さねえよ。」
「多串くん?」
「血も汚れも、流して綺麗になったみたいに見えるけど実は何にも流してない。ただ、綺麗に浄化されて又戻ってくる。」
「………。」
「無かった事になんか、ならない。」
「………。」
無かった事になんかならない。
銀時がたくさんの命を奪った事も、たくさんの命を救えなかったことも。自分は無力だと嘆いたことも。
雨はただ、そこを通り過ぎて入って一旦それら全てを天にまで持っていく。
そして、浄化して再び降らす。
それは決して『無かった事』にするためではなく、きちんと受け入れることが出来るようになった時に、真正面から受け止めさせるために。
忘れた事はないと思っていた。
けれど、どこかで忘れたかったのかも知れない。
忘れてしまえば、楽になれると思ったのかもしれない。
そうして、心穏やかに好きなもののことだけ考えていられればどれほど良かっただろう。
けれど。
忘れようと思えば思うほど、過去は銀時を苦しめた。
自分はそんなもんなんだ。
と。
ふと、思った。
悔やむことがたくさんある。
たくさんの命を奪ったし、救えない命もあった。
『白夜叉』なんて言われていたって、無力でちっぽけでどうしようもない存在。
自分はそんなもんなんだ。
そう思ったら、なんだか楽になった。
そんな程度の人間なんだから、全てを思い通りにするなんて無理だ。
だから、出来ることを出来るだけやったら良い。
悔やんで悔やんで、悔やみきれない事があるなら。次は悔やまないですむようにすれば良い。
銀時の表情が変わったのが分かったのか、土方が小さく笑った。
「まあ、アレだ。お前をずぶ濡れにしたその雨な…。前に地上にあった時はお前の小便だったかも知んねーぜ。」
「ひで!言うに事欠いて、何それ!」
喚く銀時をおかしそうに見ている。
きっと出会った時の銀時の表情がいつもと違ったから、心配性のこの男は足を止めてくれたのだろう。
ああ、もう。
なんて優しい『鬼』。
「俺、今決めた。」
「うん?」
「これからは、笑って笑って笑って生きてやるから。」
「ああ、そう。」
そっけない言葉。
バッサリ切られたと思った、そんなの無理だとバカにされたのだと思った。
けれど、土方は柔らかく笑った。
「人間の一生なんて、楽しいことと苦しいことが同じくらいあるんだとよ。お前がこれから笑って過ごせるってんなら、今まで苦しんできたってことだろ。せいぜい笑って生きろ。」
「っ。…同じ、くらい?」
「ああ、だいたい半々なんだと。本当にお前がこれから笑って生きられるのなら。その対価はすでに過去で払ってあるってことだろ。」
「ああ、多串くん!」
「多串じゃねえ…って、や、やめろ。」
銀時はぎゅっと土方を抱きしめた。
「おい!冷てえ!」
「あ。」
もみ合っているうちに、土方の差していた傘がパサリと落ちた。
「………。」
「………。だ、大丈夫だよ。多串くんは、ちゃんと男前が上がってるから…。」
「手前。」
ぎろりと睨まれる。
「もう、失せろ。」
諦めたように溜め息を付いて、落ちた傘を拾い上げたたむ。
「差さないの?」
「男前が上がるんだろ?」
ニヤリと笑う。
ああ、本当に男前。
「ちっ、無駄に時間食った。」
「あ、ひでえ。」
「とにかく、チャイナが心配してた。早く帰ってやれ。」
「……へ?」
「じゃあな。」
早足で土方が向かうのは屯所の方向。
帰りの遅い銀時を心配した神楽に泣きつかれて、雨の中探しに来てくれたのか?
多分自室には山程の書類を残したままで…。これから夜中まで机に向かうのだろう。
「お前こそ、風邪引くな!」
「俺は夏風邪は引かねえ人種だ!」
「あー、やっぱりさっきのはそういう意味だったな!」
「当たり前だろ!」
遠ざかる背中越し、子供みたいに悪態ついて。声が届かなくなった頃、銀時も踵を返した。
さあ、家に帰ろう。
自分を心配して子供達が待ってる。
あそこで。
皆で笑って笑って、笑って暮らそう。
20070703UP
主題を絞りきれなくて無駄に長くなった…。反省。
(07、07、19)