「おめでとう」より「ありがとう」を。
別に素直に言えばいいのだ。
『今日は、俺の誕生日なんだ。』……と。
ただ。
正直言って、いまさら『誕生日』ってなんだよ…的な思いもあるし。
新八はともかく、神楽の考えるプレゼントってなんだか怖い気もするし。
半ばヤケになって飲んだ昨夜の酒が残ってて、やたらと気分は悪いし。
一番祝ってほしい奴は、多分今日も仕事だろうし。
…けど、1年に1度しかない『俺の為の日』…なんだよな…。
その、俺の為の日は。
いつもとなんら変わりなく過ぎていく。
もはや朝とは言えないような時間に新八に起され、質素を絵に描いたような朝食をモサモサと食べ。
家賃滞納をタテに押し付けられた階下の飲み屋の掃除をして。
そしたら、それを見かけた近所のオヤジが俺の店も頼むと蕎麦屋の掃除までする羽目になった。
何が悲しくて、己の誕生日に店2軒掃除しなけりゃなんねエの?
…まあ、蕎麦屋に関しちゃちゃんと報酬を貰ったからいいけど…。
でも、それも新八にすぐに取り上げられた。
曰く。『銀さんに持たせておくと、ろくな使い方をしないから。』
新八く〜ん。
雇い主は銀さんなんだけど〜〜〜お。
けど、コレで今夜も飲みに行くかと考えていた俺の反論はあっと言う間に論破され。
仕方が無いから、コンビニでショートケーキくらい買って来るかなあと街に出た。
視線の向こうに黒い制服が見えた。
けど、一目で分かる。
『多串くんじゃ、ない。』
そういえば、掃除してるときも道の外を注意してたけど今日は1回も見かけてないなあ。
誰に『おめでとう』を言ってもらえるわけでもなく、あくせく働いて、その報酬も取り上げられ、恋人に会うことすら出来ないなんて。
なんだよ、誕生日。
お前のご利益もたいしたこと無い。
大体、何年か前まではこの日は全国的に祝日で。
別に自分の為ではないのは分かっていたって、なにやら街の中に漂う浮かれた気分が誕生日を祝ってくれているような気がして、それだけで結構満足できたのに。
誰が考えたか、ハッピーマンデー。
ちっともハッピーじゃねえぞ、コノヤロー。
おかげでカレンダーの日付も、何の変哲も無い黒い「10」に成り下がった。
「は〜〜〜あ。」
でっかい溜め息が出た時、すぐ隣にパトカーが止まった。
「何、シケた面してんだ。」
助手席から見上げてくるのは、瞳孔開き気味の鋭い視線。
「別に…何でもないですよ、コノヤロー。……ってか、お宅ら何?」
運転しているのはジミーくんで、後部座席にはゴリラが座っていた。
一応全員いつもの隊服だけど、何となくいつもよりパリッとしている。
「近藤さん、俺、ここで降りるわ。」
「おう。」
そう言って土方はパトカーを降りると、後ろの席から大きな紙袋を一つ持ち出してきた。
「??」
見ればもう一つ同じものがある。……そっちはゴリラの分?
走り去るパトカーを見送って、土方はチロリと俺を見た。
「どうした?シケたツラして。」
「だから、別に…。」
「コレ、やる。」
「は?」
手にしていた大きな袋を俺に押し付ける。
「何だよ、コレ。」
「結婚式だったんだ。」
「はあ?多串くんの?」
「アホか!」
聞けば、真選組に対して割と協力的な有力者の、娘の結婚式が今日行われたのだという。
真選組を代表してゴリラと土方が出席して来て、この袋は所謂『引き出物』なのだそうだ。
結婚式か。
きっとその場では、たくさんの『おめでとう』が飛び交ったのだろう。
主役はそりゃあ、華やかに笑っていたんだろうな。
「美人だったか?花嫁さん。」
「…他人のものになる女の美醜なんか、気にしなかった。」
「あ、そ。」
淡白ですこと。
「でも、結婚式の醍醐味はそこだろう?」
「半分警護もかねてたからな…、それどころじゃなかった。」
だから紋付じゃなくて隊服だったんだ…。
「じゃあ、せっかく結婚式に参列したのに料理や酒を楽しめなかったの?」
「飲んだのは乾杯のシャンパンだけだったな。」
「あらら…、それはご愁傷様。」
「いいんだよ、そんな事は。とにかく渡したからな。じゃあな。」
「え?おい。」
「結婚式に出てたから、仕事が溜まってんだよ。」
「じゃあ、今日は来れないの?」
……って、なに言ってんだ俺。
土方にだって、俺の誕生日は教えてない。
ただでさえ忙しくて、会うことすら間々ならないってのに。誕生日なのだと知らない彼が来る訳が無い。
「だから、それ、やる。」
「?」
え?……どこから『だから』に繋がるの?
「主催者側が、気を使ってくれてな。食べられなかった料理のうち持ち帰れるものは詰めてくれてるらしいし、バームクーヘンとかお約束の物も入ってるぞ。」
「え?」
「引き出物は特注のワインらしい。ラベルに新婚夫婦の顔が入ってるのは正直どうかと思うが、銘柄自体は悪いもんじゃない。」
「…え?」
「何を考えたんだか、テーブルの上に飾られてた花まで入ってるからな。殺風景な万事屋もちょっとは華やかになんだろ。」
「多串…くん?」
「まあ、貰いモンばっかりで悪いがよ。」
とっさにぶんぶんと頭を横に振っていた。
なんだよ、コンチクショー。泣きそうなんだけど!
それに、なんだかさっきから。
祝い事があること前提で会話が進んでる気がすんだけど………?
ボーっとした頭のまま万事屋に帰ると、神楽も新八もいなくて。
テーブルの上に袋の中身を1つ1つ出していった。
わお、本当に小さいけど花束が入ってた。
わー、ワイン。赤と白1本ずつ。……ああ花嫁さん微妙…だから覚えてなかったんだきっと。
バームクーヘン、でっかいホールじゃん!!
お、料理温っためなおしたら結構いけるかも。
とりあえずワインを冷蔵庫に入れて、花を牛乳の空ビンに刺してみる。
せっかく料理をくれたけど、神楽と新八と3人では足りないかなあ?
そう、思っていた時。
ガタガタとにぎやかに子供らが帰ってきた。
「銀ちゃん!水臭いアル。」
「そうですよ。今日が誕生日だって、どうして教えてくれなかったんですか!」
「はあ?」
「さっき、そこでマヨラに会ったアル。」
「銀さん、今日誕生日だからってお金くれて…。ご馳走買って来ましたからね!」
「っ???」
「『さっき渡した分じゃ、3人じゃ足りないだろう』…って。…なんか貰ったんですか?」
「あ、…ああ。結婚式の引き出物を…。」
「結婚式?……ああ、あれ今日だったんだ。」
「『あれ』?」
「山崎さんがこの間零してたんですよね。土方さんがギリギリまで『出たくない』『その日は予定がある』ってゴネてる結婚式がある…って。『仕事なんだから』って近藤さんに説き伏せられて仕方無しに出席を決めたらしいですけど…。銀さんの誕生日だったんですね。」
「………。」
やっぱり知っていたんだ…けど何で?俺、教えてないのに…。
「おなか空いたアル。早く食べるヨロシ。」
神楽に催促され、二人が買ってきた料理をテーブルに並べる。
「すげえなあ。」
「スポンサーがいますからね、今日は。」
「じゃ、銀ちゃん。」
「「誕生日、おめでとうアル!」ございます!」
カチリとコップをぶっつけて、乾杯をした。
夜中。
新八は家に帰り、神楽が押入れに潜り込んだ後。
俺は黒電話のダイヤルを回した。
『何だ?』
起きていたのだろう。すぐに出た。
「まだ、仕事?」
『ああ、まあな。』
「あの…さ。さっきはその…。」
『ああ。あいつらのセンスには不安も感じたんだが…。』
「量だけはたくさんあったから。」
『くく……、そうか。』
「何で、知ってたんだ?俺、教えてないよね。」
『池田屋の事件の時に、警察署で調書取ったろ。』
「あ…そか。」
さすがに疑われている時に下手な嘘なんか付かない。確かに生年月日を言ったような気が…しないでもない。
「あ〜〜〜、そのさ。一番肝心な言葉を聞いてないんだけど〜〜〜。」
人なんてすぐに欲張りになる。
誕生日を覚えててくれて、それなにイロイロと気に掛けてくれて。それだけでとっても嬉しいはずなのに…。もっともっと、特別なものが欲しい。
『それは、お前が俺に言え。』
「はあ!?何で俺が自分の誕生日に、誕生日でも何でも無い奴に『おめでとう』を言わなきゃなんねーんだ。」
『そんなのは決まってんだろ。』
電話の向こうで、ふんぞり返っている土方が見えるような偉そうな声。
『今日という日の恩恵を一番受けているのが俺だからだ。』
「へ?」
俺の誕生日の恩恵…、つまり俺が生まれてきたということの恩恵?
「っ!!!」
俺は一気に顔が熱くなった。
生まれてすぐに捨てられていたらしい俺。
誕生日は、イコール俺が親に不必要だと言われた日。
その後、俺を大切に思ってくれる保護者や友人が出来たって。この日に対する、複雑な思いは拭えなかったけど。
そんな日を、喜んでくれる?俺自身よりも?
「………『俺の誕生日、おめでとう。』」
『おう、ありがとうよ。』
生まれてくれて、ありがとう。
今まで生きてくれて、ありがとう。
出会うことが出来て、ありがとう。
『ありがとう』の言葉の中に、たくさんの感謝が込められていた。
『おめでとう』を言ったり言ってもらったりするよりも。
『ありがとう』をやり取りするほうが何倍も幸せになれるだなんて知らなかった。
「うん。俺も『ありがとう。』」
君が生まれてきてくれて、ありがとう。
今まで生きてくれて、ありがとう。
出会うことが出来て、ありがとう。
俺の誕生日を喜んでくれて、ありがとう。
そして、
『ありがとう』の幸せを教えてくれて、ありがとう。
20070613UP
END
土銀だと、どうにも銀さんが可愛くなる傾向にあるらしい。
何はともあれ、お誕生日おめでとう!銀さん!
(07、10、01)