秋の媚薬
ふう、と煙草の煙を吐く。
最近は日が落ちるのが早くなった。
あっという間に闇に飲まれていく暮れなずむ町をぼんやりと眺めた。
町は甘い香りで満たされている。
どこの庭先から香るのか…。
独特の強い香りが、秋の風に流されて漂う。
1本を吸い終えて、吸殻を踏みつけた。
すると、ポケットの中から緊張感の無い機械音が流れる。
この番号を知っているのは、仲間のほかにはただ一人。
今回は、そのただ一人の例外の方からだった。
「何だ?」
そう聞きつつも、用件はほとんど分かっていた。
― やっぱり、今日は無理?
「ああ、悪いな。」
― 君が悪いんじゃないことは、理性では分かってるんだけどね。
溜め息を付きつつ言われる。
「悪りぃ。」
はっきりきっぱり、自分のせいじゃない。
けれども、苛立ちは隠せそうに無かった。
― しょうがないよね。
そうやって、いつも我慢をさせてばかりだ。
今日こそは、と。そう、思っていたのに。
「………金木犀の香がする。」
― へ?
夕暮れの薄暗さの中。この、独特の甘い香りは…まるで媚薬のようだ。
― ああ、家にも香ってきてるよ。
クスリと笑って、頷く姿が見えるようだ。
「この香りをかぐたびに、お前の誕生日を思い出しそうだ。」
― 俺なんか、柏餅見るたんびにお前の誕生日、思い出すから。
「結局、甘味かよ。」
くくく、と互いの口から笑いが漏れる。
「今夜、遅くなっても行く。『今日』のうちに。」
― ああ〜、無理すんな。
「俺が、行きてえんだ。」
― うん。それは嬉しいけど。
― 日付が変わるのくらいなんだよ。お前の無事の方が重要だから。
「ああ。」
― 分かってる?ちょっと、多串くん!?『無傷で』だからね『む・き・ず』で!
「分かったって。」
「副長!局長がお呼びです。」
「おう。」
じゃあな。と電話を切った。
「トシ。準備整ったぞ。突入のタイミングはどうする?」
「ああ、ちょっと待て近藤さん。」
隊長を集めて、最後の打ち合わせをする。
畜生!テロリスト共、許さねえ。
元々。どこか、自分自身に対してはヒニリスト的な態度を取る恋人に。
誕生日を祝うことで、『生まれてきて良かった』のだと。
『生まれてきてくれたことが嬉しい』のだと。
めいっぱい伝えるつもりだったのに。
そのために、前もってシフトを調整し、たまりにたまった書類をきっちり整理し、今日1日休んでも言いように、頑張ったというのに。
いざ、銀時の家に向かおうとしていた矢先に起きた、テロ事件。
「奴ら、生きて帰れると思うなよ!」
思わず声に出ていたのか、そばに居た山崎が『ヒイ』と悲鳴を上げた。
「確保したテロリスト共を、護送しろ。」
「はい。」
「全員捕まえたのか?」
「はい、ただし1名死亡です。」
「こちらの損害は?」
「軽症者が3名です。あ、後無茶した沖田隊長がバズーカーぶっ壊しました。」
「チ、あいつ…。」
「どうしますか?そろそろ今年の予算も残りが心もとなくなって来てますけど…。」
「押収品の中に同型のバズーカーがあったな。取り替えておけ。」
「ラジャ!」
「あ、ついでに弾も何発か頂いておけ。」
「はい!」
「土方さん、不正はいけませんゼィ」
「テメエで壊しておいてそういうことを言うか!」
「トシ。撤収するぞ。」
「ああ、分かった。こら、負傷したバカはどいつだ。」
「副長〜、こいつが階段踏み外して捻挫しました〜。」
「お前は本っ当バカだな。後は?」
「軽い切り傷だけです。」
「よし。撤収するぞ。」
「はい!」
「………。あ……と、近藤さん。」
「ん〜?」
「俺、抜けても良いかな?」
「そういや、本当は休みだったんだもんなあ。」
近藤の了承を得て、隊士たちとは反対方向へと走り出した。
後、15分。
日付が変わる前に、万事屋へ着けるかどうかは微妙な距離。
だけど。
出来ることなら、最後の1秒ででも。
今日という日に『おめでとう』と言ってやりたいから。
暗闇の中。
むせ返るほどに香る甘い香りの中を、全力で走り続けた。
20071011UP
END
書き始めた時は、もっと色っぽい大人っぽい話を書くつもりだったのに…。
途中の撤収時の隊士たちとの会話は。
現場のわさわさした中を、土方があちこち歩き回り、いろんな隊士に話しかけ、
隊士たちから声を掛けられている感じでお読みいただければ…と。
しかし、月子はとことんこの二人が誕生日には一緒に居られないと思っているらしい…。
(07、10、12)