サンタにメリー・クリスマス
「お」
「あ」
年末の特別警戒中だった。
あちこちから聞こえてくるクリスマスソング。
あふれる人並み。
浮き足立つ町中で。
人気ケーキ店のプラカードを持ったサンタ。
「すげえ、白いひげに違和感が無い。」
「…っ、ちょっと!銀さんのこれは銀髪だからね!白髪じゃないからね!」
今日はクリスマス・イヴ。
ケーキ店にとってもラストスパートを掛けたいところなのだろう。
…けど…。
「餓鬼どもはどうした?」
こういう仕事は3人セットでやっていることが多いのに、付近に子供二人の姿は見えなかった。
「あのね。俺だって、クリスマスに子供働かせるほど鬼畜じゃねえよ。」
子供たちは、知り合いのホストクラブに行っているのだという。
子供にホストクラブ!?と驚いたけれど、以前仕事で係わった人間がオーナーをやっていて、子供の我儘をいちいち聞いてくれるうえに、上品な店なのだという。
「こういっちゃなんだけどさ。お妙の店より、安心なんだよな。」
「へえ?」
「あ、でも多串くんは駄目だから。」
「多串じゃねえ。…駄目ってなんだよ?」
「ホストクラブなんて駄目だからね!甘い言葉に誘惑されて、その気になっちゃったりしたらまずいから!」
こいつ馬鹿だ。
俺は改めて確信する。
こいつと…そんな仲になったのは、別に男が好きなわけじゃない。
こいつのことが……って、そんなこと言ったこと無いから知らねえのか…?
そのとき、近くを通りがかった客がケーキ店に寄り一つケーキを買っていった。
「繁盛してるな。」
「………本当だよねえ…。」
「なんだよ、嬉しくないのか?売れ行きが良かったら時給が変わったりとかしねえのか?」
「9時の閉店までに完売したら、ちょっと色付けてくれるらしいけどさ…。」
「なら、売れて良かったじゃねえか…。」
「う…ん。けど、売れ残ったら残ったケーキくれるって…。」
「………。」
どこまで行っても甘味優先の奴だな…。
店の前に出してあるテーブルの上に、後ケーキは2つしかなかった。
売れ筋の程よい大きさのが1つと、パーティー用なのかやたらと大きいのが1つ。
時間を見れば、9時までには後10分ある。
微妙だなあ、おい。
そう思った途端、程よい方の最後の一つが売れた。
「あれ、一番大きい奴だからそう簡単には売れないんだよね。」
期待を込めて銀時が言う。
そのとき、俺の後ろでふと足を止めた奴がいる。
「ケーキ…買って行くか……。」
小さな声で呟く誰か。
銀時の顔が引きつる。
ああ、もう。
俺はつかつかとテーブルに近づくと、やはりサンタの服を来ている売り子の女に話しかけた。
「これ、いくら?」
「ちょ、多串くん!?」
金額を払い、ケーキを受け取る。
「あああああ…。」
何やら情けない声が、聞こえる。
「売り切ったら仕事は仕舞いか?」
「…ああ、まあ。」
「じゃあ、ホラよ。」
ケーキを万事屋に押し付ける。
「………っ!な、何!?」
「ホストクラブに行って皆で食べるのもよし、家へ帰って一人淋しく食べるのもよし。好きにしろ。」
クリスマスプレゼントだ。
俺がそういうと、驚いた銀時の顔がゆっくりと笑みに変わっていく。
その顔を見れただけで良かったとか思ってる俺は、相当こいつに毒されてると思う。
「家で待ってるよ。仕事終わったらおいで。」
「………日付が変わるかも知んねーぜ。」
「いいよ、何時でも。どうせ、子供らはいないんだし。依頼料入るから、何かご馳走用意しておくよ。
…しょうがないから、マヨネーズも多めに買っといてやる。」
しょうがないってなんだよ。
そう言いながらも、俺は自分の表情が緩むのを止められなかった。
とにかく。
ここで突っ立っていても仕事は終わらない、歩き始めた俺の背中に銀時の声が掛かる。
「メリー・クリスマス、多串くん!!」
「多串じゃねえ。」
声にしたのは、代わり映えしないそんな言葉。
後ろで『坂田さーん、閉店作業するよー。』とケーキ店の人らしい声が聞こえる。
ちらりと振り返れば、『はいはい。』と面倒くさそうに頷くサンタ。
『メリー・クリスマス。サンタ。』
心の中でそう返して、俺は足を早めた。
20071220UP
END