タンポポ
家と家の隙間にある小さな空き地。
数日前まで、ここはタンポポが黄色い可愛い花を咲かせていた。
黒い土が見えなくなるほど隙間なく群生するタンポポ。
黄色と緑のコントラストが、早い春を教えてくれていた。
ああ、春になったのか。
呑気にそんなことを思ったのは数日前だった。
今、この空き地には白いほこほこした綿毛が舞っていた。
春になったからといって、季節はそこで止まってはくれない。
タンポポは花を咲かせ、そして綿毛を作り子孫を飛ばす。
白い綿毛が、誰かさんの頭のようで。
ふと、ため息。
そういえばこのところ忙しくて会っていなかったな。
会いたい…んだろうか?
良く分からない。
会えば喧嘩になるから、余計な体力を消耗する。
それを考えると、顔を突き合せるのは面倒だ。
けれど…。
『気に入らない奴』それだけならこんなに気にはならないはずだ。
そのとき、春独特の強い風が吹いた。
風に乗って、綿毛がざざあっと飛ばされる。
この場所にとらわれない綿毛。
それはなんだかあいつのように見えて…。
どこへでも自由に行けるあいつと。
ここ(真選組)に囚われている自分。
ここを生きるフィールドと決めたのは紛れも無い自分なのに…。
いつかあいつも、どこかへ行くのだろうか?
じぶんの生きる場所を探すために。
そのとき俺は………。
「あっれ、多串くんじゃん。」
「多串じゃ、ねえ。」
「あれ?元気ない?」
「別に、テメエには…。」
「関係あるからね。多串くんは銀さんの元気の源だからね。」
「っ………。何、言ってやがる。」
そんなこと、本心では欠片も思っちゃいないくせに。
誰かに頼らなくても、何かに依存しなくても、生きていける強い男。
「…すげえ、タンポポだな。」
感心したように群生するタンポポをみている。
「タンポポって言えばよう。俺、餓鬼の頃『タンポポ』『タンポポ』言われてさ。皆俺の頭を吹きにくるんだぜ。」
「吹く?」
「俺の頭は綿毛じゃねえっつーの!吹いたって飛ばねえっつうんだよ!」
「………。ぷ。」
子供の銀時を囲んで、大勢の子供がふうふう息を吹きかける姿を思わず想像してしまい。その子供らしさに笑いがこみ上げる。
「笑い事じゃねえよ。」
そういいつつも、銀時の表情は穏やかだ。
不意に銀時はその場にしゃがみこみ、1本タンポポを手折った。
そのまま、ふうと息を吹きかける。
ふわりと飛ぶ綿毛。
それを見送った銀時が、ふうと一つため息をついた。
「俺はタンポポじゃねえけどさ、今年ばっかりは綿毛になりてえとか思っちまったよ。」
「?」
「だって、この頃多串くん忙しくて全然会えねえじゃん。綿毛だったら、多串くんの所へ飛んでいけるのになあ…ってさ。」
「…お前…。」
ねえ、今俺良い事言ったよね。ね、言ったよね。
照れくさいのか、そんなふうに自分の言葉を茶化す銀時。
「馬鹿か、お前は。どうせ飛んで行けるんなら、いろんな所へ飛んで行けば良いじゃねえか。」
「馬鹿だね、多串くん。どうせ飛べるんだから、一番生きたいところへ行くんだろうが。」
「一番……生きたいところ……?」
それが自分の所だというのか?
自分の顔が、かっと赤くなったのが分かって慌てて踵を返して歩き出す。
「アレ、ちょっと待ってよ。」
慌てて銀時が追いかけてくる。
「せっかく会えたって言うのにどこ行くんだよ。」
「仕事中だ。」
「タンポポ見てぼーっとしてたじゃん。」
「してねえ。巡回中にちょっと足を止めただけだ。」
「ふうん?いいけど、ちょっと待てって。」
ぐいと腕を掴まれて、路地裏へ連れ込まれる。
「んだよ。」
「ちょっとくらい触らせてよ。」
その腕の中にぎゅうっと抱き込まれる。
「言い方がやらしいんだよ、テメーは。」
「次のオフ、いつ?」
「…3日後だ。」
何で、自分は素直に答えているのか…。
「待ってるから。1日いちゃいちゃしよう。」
「っ、しねえ!」
「銀さん、多串くんが足りなくて死んじゃいそう。」
耳元で囁かれた声は、意外にも真摯に響いて。銀時の心が零れたようだった。
本当、馬鹿な奴だな。
行こうと思えばどこへだって行ける強さを持っているくせに。
自分の傍なんて。
こんなところが良いなんて。
探るように重ねされた唇。
屯所に戻ったら、溜まってる書類を早く処理してしまわないと。
3日後に確実に休めるか分からない…。
そんなことを考える自分は、もういまさら引き返せないくらいにメロメロに惚れている。
「ああ、駄目だ。キスだけで止められなくなりそう。」
そうぼやく、綿毛頭をポカリと一発殴ってやった。
20071211UP
END
子供番組の歌で「タンポポのポポっていうのがかわいいね」という歌詞に出会ってから。
月子の中で「タンポポ」は「タンポポ」もしくは「たんぽぽ」です。
漢字でも横文字でもピンとこない…。
(08、02、29)