桜風
そこへ立ち寄ったのは偶然だった。
巡回の最中に、ペアを組んでいたサボり魔の部下がいつの間にか姿を消し。
苛立ち紛れにため息をつきつつも、いまさら探し出して連れ戻すなんて面倒なことする気にもなれず。
最近新たにルートを組みなおした巡回コース。
いつもは曲がらない角を。
今日はじめて曲がってみた。
いくらも歩かないうちに、すぐ町外れに行き当たる。
実際に歩いてみると、辺りは平和を絵に描いたような住宅街で。
ここは巡回コースからはずしてもいいかもしれないと、つらつら考えていたとき。
目の前に突然それは現れた。
家々の隙間の、猫の額のような空き地に1本。
凛と立つ桜の木。
江戸の町の桜は、もうほぼ終わる時期。
おそらくは、家々にさえぎられた日陰にあるため開花が遅れるのだろう。
ちょうど満開で、ひらひらと花びらが待っていた。
本来なら、穴場の花見スポットになってもおかしくはないその桜。
人っ子一人いないのは、なんとなく薄暗く感じる日陰ゆえか?
濡れている訳でもないのに冷たく見える地面に、シートを敷いて座るのはためらわれるのかも知れなかった。
夜にでも、もう一度来てみるかな。
まだ仕事の残る屯所の自室を思い描き、ため息をつきつつその場を後にした。
結局これたのは翌日の夜。
月の光の中にぼんやりと浮かぶ桜は、まさに春霞。
冬場とは明らかに違う春の風に吹かれて舞う花びらは、雪のようだった。
毎年行うにぎやかな花見も、もちろん楽しいけれど。
夜桜の方がずっと綺麗だ。
改めて見上げれば。
ふわりと風が吹いた。
暖かくて、優しい風。
ふと、あいつみたいだな。と思ってしまい。思った自分に小さく舌打ちをする。
じゃあ何だ、その風に誘われて舞い散る花びらは、あいつに振り回されてる自分か?
そのとき。
小さな足音が聞こえて、あわてて振り返れば。
「……あれ、多串くん?」
「万事屋…。」
現れたのは、今まさに思い浮かべていた男で。
「知ってたんだ?この桜のこと。」
「巡回中に見つけた。」
「そっか。この桜ね。毎年、ほかの桜が終わってから咲くんだぜ。」
「日陰だからだろうな。」
「ああ。」
しばらく並んで桜を見上げていた。
「いつも思うんだよね。この桜って多串くんみたいだなあって。」
「……?」
「日陰でもちゃんと毎年花を咲かせる強さとかさ。たった1本だけで、凛と立ってるキレイさとかね。」
「………。」
「だから毎年見に来ちゃうんだよね。この春風みたいにさ。」
ふわりと風が桜を揺らし、また花びらが舞う。
「………。桜は自分で勝手に咲くわけじゃねえんだぜ。」
「うん?」
「春風があったかい空気を運んでくるから咲けるんだ。春風が『春になったから咲け』って桜に教えてるんだぜ。」
「………。」
ぐいと引かれて身体の向きを変えられる。
そのままその腕の中に抱きこまれて、ずいぶんと久しぶりのような気がする口付けを受ける。
「…多串くんは、もしかして明日オフだったりしない?」
「多串じゃねえ。…オフだな。」
「お持ち帰り決定。」
くくくっと笑う銀時は、嫌にご機嫌で。
どうせ深夜で人通りはないのだからと、手を引かれて歩く。
抗えない自分に又小さく舌打ちをする。
心ごと持っていかれる。
ああ、さらわれるのだ。
春風に吹かれて舞う花びらのように。
20071108UP
END
しっとりと、夜桜の妖しさに誘われて…。
(08、03、31)