あさがお

 


 道に迷っていたおばあさんの道案内をしてやったら、『ありがとうね』と言って『これ、お礼』と手のひらにぱらぱらと10粒ほどの種。

 真選組の鬼副長も、あの人から見れば孫と変わらないのだろうと苦笑して。

 さて、この種。どうするか。

 屯所の庭に埋めたりしたら、んで水遣りなんかしたら。総悟や隊士達に何を言われるか分からないし。

 なんやかんやで庭でも暴れまわる奴らに踏み荒らされないとも限らない。

 ふと思い出したのは万事屋。

 あそこなら子供もいるし、案外受けるかも…と思い持って行ってみれば。

 『あさがおは食べられないネ』の一言で、子供はあっさり興味を失って…。

 意外にも、食いついてきたのは一番の年長者だった。

「へえ、朝顔なんて風流だね。」

「でも、銀ちゃん。朝顔は食べられないアル。」

「ばっかだねお前。植物があるのと無いのとじゃ夏のしのぎやすさが違うんだぞ。」

「ふうん。」

 と適当な返事を返してきた子供は、でかい犬の散歩だと出て行ってしまった。

「食べ物食べ物…って、あいつひまわりなら植えたのかねえ?」

「また、食わしてないんじゃねえか?」

「え〜〜、この頃頑張ってんのよ?子供って体温高けえのな。やたら暑いんだよ。今年こそもう1台扇風機を買おうと思ってさ。」

「へえ。」

「それに、暑いから来ないとか言われんのもいやだしさ。」

 『ダレに?』と聞こうとして、意味ありげにこっちを見ている銀時に言葉を失う。

 俺か?

「…まあ、エアコン付いてる屯所の方が涼しいな。」

「ホラね。」

 と肩をすくめる。

 だからといって、『暑い』ってのを理由に来なかったことはねえだろうがと思ったが、言葉にはならなかった。

 そんなこと言おうものなら、『え〜、多串くんはそんなに俺に会いたいの』とか、あながち見当違いでもないからかいを受けるに決まってるからだ。

「で。種いるのか、いらねえのか?」

「貰う貰う。多串くんからのプレゼントだからね。貰うよ。」

「別に、俺からじゃねえ。」

「でも、わざわざここを選んで持ってきてくれたんだからさ。」

「………。」

「キレイな花が咲くといいな。」

 で、ふらりと出て行った銀時はどこから調達してきたのかプランターやら植木鉢やら土やらを持って戻ってきた。

「全部から芽が出るとはかぎらねえけどな。」

 そういいつつ、手際よく鉢に土を詰めていく。

「はい、この鉢から種蒔いてって。」

「俺が?」

「勿論。夫婦の共同作業って奴?」

「ダレが夫婦だ。」

 拳骨を1発くれてやって、けど鉢の真ん中に種を落として土をかけた。

 銀時が土を詰めて。俺が種を落として。最後に水をかけた。

 

 


 

 そうやって種を植えてから4日ほどたっただろうか。

 仕事が早く上がったので、万事屋へとやってきた。

 どんな理由を言っているのか?チャイナは家には居らず。

 買って行った酒やらツマミやらで夕食を終え、扇風機の風に吹かれつつ抱き合って朝を迎えた。

 昨夜の無茶と、暑くて寝苦しかったのとでだるい体を無理矢理起こして着流しに袖を通す。

 汗だくの身体は少し気持ち悪い。

 コレは屯所でシャワーでも浴びるか…と思いつつ。

 隣に転がっている男を起こさないようにそっと玄関に向かう。

 気持ち良さそうに眠っているのに、起こすのは忍びない…というのも勿論ある。

 メガネやチャイナが来る前に消えていなきゃ…とか。

 結局、男同士なんておおっぴらに出来るものじゃない。結婚も出来なければ、子供も出来ない。

 元々俺は結婚なんかするつもりもなかったし、できるはずも無いと思っていた。だから、いい。

 けれど、こいつは?

 血は繋がって無くても、守るべき子供たちを持てる銀時は。きっと家庭を持ったら、大切に大切にその家族を守るだろう。

 そういう普通の幸せとは違う道を選ばせてしまったんじゃないか…という後ろめたさもあるのかも知れなかった。

 静かに玄関の戸を開けると、玄関前には先日植えた鉢とプランターが並んでいる。

『まだ、芽は出てねえな』

 水遣りは毎日してくれているようだが、植木鉢の中に変化は見られなかった。

 けど、そろそろ出てもいい頃なんじゃないだろうか?

 もらい物の種で成果を期待する方がいけないんだろうか。

 銀時が『夫婦の共同作業』などとバカなことを言うから、なにやら妙な愛着がわいてしまったらしい。

 少し淋しい思いをしつつ屯所へ戻った。

 

 


 シャワーを浴びて隊服を着、朝食をとる。

 隊士を集めて朝礼を行い、さて、たまった書類を片付けるか…と机に向かったとき。

「多串くん!」

 ここでは聞こえるはずのない声が聞こえてきて、開け放してあった障子の向こうから銀時が駆け込んできた。

「な、何だよ!何で手前がここにいる!」

「ああ、もう、そんなことはどうでもいいからさ。これ、見て!」

 その手には、朝見たばかりの鉢があって。

「ホラ、芽が出たよ。」

 ずいっと押し付けられた鉢を見れば、茶色い土の中からぽっこりと黄緑色の小さな芽が出ていた。

「…本当だ…。」

 朝見たときは出ていなかったというのに。

「他のも、半分くらい出てたよ。残りも明日くらいにはでるんじゃね?」

 弾んだ声で言う。

 俺が見たときにはまだ出てなくて、今コレだけ出ている…ということは…。

 この、ほんの1時間半くらいの間に。

 この芽は、土を押しのけ地上へと顔を出したということなのか…。

 何とはなしに、生命力というか、命の強さたくましさみたいなものを実感して。胸が熱くなる。

「ちゃんと世話するからね。花咲くのが楽しみだね。何色の花かな。」

「何色だっていいさ。ちゃんと咲くなら。」

 そう言えば、銀時がクスリと笑う。

「なんだよ?」

「なんか、お母さんみたいなこと言うね。」

「は?」

「『将来立派な子供になればいいな、母さん』『健康に育つのが一番ですよ、お父さん』…見たいな。」

「ばっ。」

 何言ってやがる。

「たくさん花が咲いたら、きっとたくさん種が取れるよ。そしたら、来年もまた一緒に植えよう。」

「………。」

「そんでもって、もっとたくさんたくさん種が増えたら、近所の人とかにいっぱい配ってさ。その人たちが、植えて育てて…。また、誰かに配って…。

すごいね。俺たちの子供が江戸の町中に広がっちゃうかも。」

「………バカ。」

 何が『俺たちの子供』だ。ただ、もらい物の種から芽がでただけじゃねえか…。

「…あれ、何泣きそうな顔してんの?」

「泣いてねえ。」

「うん、泣いて無いのはわかるけど…。」

 ううん??と首を傾げていた銀時が、しばらくして小さく笑った。

「あのね、多串くん。」

「多串じゃねえ。」

「うん、あのね。俺はわがままだからさ。多串くんがどんなにいやだって言ったって、多串くんを離すつもりは無いからね。」

「………。」

「だから、覚悟して俺と一生付き合ってよね。」

「………。…一生か…?」

「一生だよ。」

「お前みたいなマダオと一生なんて、大変そうだ…。」

「まあ、その辺は諦めて。」

 ゆるく笑う銀時は、何だか幸せそうに見えて。

 諦めなければならなかったものが幾つもあっても、選び取った結果に後悔するような奴じゃないから。

 

 


ああ、こいつが幸せなら細かいことは良いか…とか思ったりして。

 


 

ゆっくりと銀時のゆるい眼が近づいてきて、俺はため息一つ付いて目を閉じた。

 

 


 

 

 

 

20080729UP

END

 

 
さすがに今UPしないと季節はずれになってしまうと思い、急きょUP。
ちょっと練りきれてない感じで、消化不良となってしまいました…。
(08、08、12)