トップ3会談
「お〜い、トシ。ちょっと来てくれ。」
夜になって屯所へ戻ってきた近藤が土方に声をかけた。
「近藤さん?ずいぶん遅かったな。城でなんか言われたか?」
「ああ〜、まあな〜。」
「あれ、近藤さん。お帰りなせえ。」
「おう、総悟。ちょうどいいや、お前も来い。」
「え、酒盛りですかィ?」
「馬鹿、お前は未成年だろうが。」
「いまさら何言ってんでさぁ。この間の屯所での飲み会で、俺につぶされたくせに。」
「うるせえ。」
「酒じゃねえよ。とにかく来てくれ。」
土方と沖田のやり取りに苦笑しながらも、一瞬声を改めた近藤に二人は顔を見合わせた。
人払いをした近藤の部屋で、3人は近藤が受け取ったという重要書類をめくっていた。
「…どういうことだと思う?」
「………。」
「なあ、トシ。この、『遺憾』ってのはどういう意味だ?」
「………。ああ、『いかん』っていうくれえだから『いけねえ』んだろ。」
「『遺憾』だから『いけねえ』なんて、なんてひねりのないお人だ。」
「ひねりの問題か?」
「まあまあ。じゃ、これは?『留意』。」
「留置所にでも入れておけってことじゃねえですかぃ?」
「何をだよ?」
「『意』さん。」
「はあ?どこの国の人間だよ?中国人か?」
「きっと天人でさあ。漢字星かなんかの人でさあ。」
「はあ?漢字星?」
「そんな星があんのか?」
「そんなこと俺は知りやせん。」
「はあ、そうだろうよ…。」
「うう〜ん。じゃあ、この『やぶさかでない』ってのは?」
「そりゃあ、『藪のある坂ではない』ってことにきまってまさあ。」
「はああ?そっちの方がさっきの『遺憾』よりひねりがねえだろうが。『やぶさか』で『藪のある坂』なんて、何だよ、坂の名前かよ!?」
「坂かあ。その『藪坂』ってのは上り坂なのかな?下り坂なのかな?」
「ええ?近藤さん、『藪坂』決定?」
「ははあ、近藤さん。いい所に目をつけやしたねぃ。」
「いい所も何も。上から下れば下り坂出し、下から登れば上り坂だろうがよ。」
「お、そうか。」
「つまり『上り坂と下り坂ではどちらが多いでしょう?』って問題と一緒ですねぃ。」
「え?どっちが多いんだ?」
「や、まさかマジで聞いてねえよな?」
「え、トシ。知ってんの?知ってんなら教えてくれよ!」
「ちょ、近藤さん。目がマジなんだけど…。」
「どっちだと思いやす?」
「え、総悟も知ってんの〜〜?ずり〜〜。俺だけ知らないなんて。」
「や、割とみんな知ってると…。」
「ええ〜〜。知らないの俺だけ〜〜〜?ト〜シ〜、教えてくれよ〜。」
「ああ、もう。同じだよ同じ。さっき言ったろ、上から見りゃあ下り坂出し、下から見りゃあ上り坂なんだよ。」
「あ、………ああ〜、そうか。わかると案外つまらないもんだな。」
「人に解説させといて…。」
「土方さんの人生下り坂だけどな。」
「てめえに言われたかねえ。」
「どこまでも転がり落ちてしまえ、土方、コノヤロー。そしてついでに、副長の座からも転がり落ちてしまえ。」
「うるせえってんだよ!」
「あはは、まあまあ。」
笑いながら、近藤は新たに書類を出してきた。
「これが手配書な。こいつが、吉原に穴を開けたらしい。」
「へえ。」
「こんな落書きみたいな絵じゃさっぱりわかりませんねぃ。」
「だろう?」
「大体何だ?この頭は?人間としてあり得ねえだろうが。」
「これが世に言う『天パ』という奴でさあ。」
「ひでえな、人間やめたくなるな。」
「そうはいってもこの頭で生きてる者もいるってことでさあ。」
「きっとこいつ、この頭をはかなんで暴れたに違いねえ。」
「…トシ…。」
「この頭だ、モテねえのを恨んで…。」
「そんな天パでもいいという腐れ下道もいやすがね。」
「総悟っ。」
「まあま、きっとこういう重要な書類ってのは何か特殊な手段で見るようになってるんでさぁ。」
「特殊な方法?」
「あぶりだしでさぁ。」
「はあ?あぶりだし?」
「暗号文の基本ですぜぃ。」
「…って、子供の年賀状の基本だろうが。」
「ああ、子供のころやったよな。最近あんまり見ねえなあ?今の子供はやるのかねえ?」
「近藤さん、『今の子供』なんて言うと、一層おっさんくさくなりやすねィ。」
「え?本当?ど、どうしよう!。」
「こら総悟、近藤さんで遊ぶんじゃねえ。ま、とりあえずやってみっか。あぶりだし。」
「…燃やさないようにしろよ。」
「土方さん、その、犬の餌ライターを…。」
「俺の愛用のマヨライターになんか文句でもあんのか!」
「この際火がつきゃあ何でもいいでさあ。」
「ち。……ほら、手配書よこせ。」
沖田から手配書を受け取って、裏からそろりとライターの火を近づける。
「……ああ、何となくわかってきましたねぃ。」
「服装は黒、だな。」
「肌も褐色だな。」
「ああ、髪は黒髪ですねぃ。黒髪の天パ。」
「………。」
「………トシ?」
「………ここに、何かついてる…。」
ジュ、と小さな音がする。
「わあ、トシ、何やってんの!?」
「ああ、頬に根性焼きのある男ですねぃ。」
「………あああ、そ、そうね。」
「近藤さん。こんな人物に心当たりあるか?」
「…いや、うん、ないね。」
「総悟は?」
「ないですねぃ。土方さんは?」
「ねえな。」
「まあ、うん。あれだよね。なんかどうしたらいいのかもよくわかんないし。『極秘』ってことはたぶん表立って探すわけにもいかないし。俺たちが巡回の時とかに気をつけてみるってことで…。」
それでいいかな?と二人の顔を見る近藤に土方も沖田も頷いた。
「じゃあ、俺は部屋に戻って寝やす。」
「ああ、お休み総悟。」
「明日、ちゃんと起きろよ。」
「土方うるさい。」
「ああ?」
「…その手配書の男も、やっぱり女の方が良かったんじゃねえですかぃ?命がけで吉原乗り込んでいくなんて。」
タンと障子を閉めて沖田が出て行った。
「……。」
「…トシ?」
「ああ、なんでもねえ。俺も寝る。」
「ああ、うん。…トシ、明日休みな。」
「はあ?」
「朝議とかやってもらったりシフト調整してもらったりしなきゃなんねえから、午前中は勤務になっちまうけど…。明日のってか、もう今日か。今日の午後から明日の昼まで非番な。」
「何で急に!」
「ちゃんと話してこいよ。」
「………。」
「たぶんいろいろ事情があんだろうし。こんな春雨側が作った自分たちに都合のいい書類なんかじゃ本当のことは分からねえよ。」
「近藤さん…。」
「な。」
「…分かった。」
「よし。じゃ、お休み。」
「ああ、お休み。」
土方も部屋から出て行った。
あ〜あ。全く。
総悟のからかい半分いやみ半分の全く根拠のない一言に、泣きそうな顔してんじゃねえよ。
誰があいつを『鬼』なんて言い始めたのかねえ?
近藤にとっては、いつまでも可愛い弟のようなもんなのに。
………けどまあ。
この頃とみにきれいになっちゃって、なんか弟ってより妹みたいな娘みたいな気分になってきちゃってるのは。
本人には絶対に内緒なのだけど。
20081214UP
END
お待たせしました。トップ3会談です。
楽しくて楽しくて果てしなく続いてしまうところでした…。
初めの近藤の「『遺憾』ってどういう意味だ?」の言葉で土方も沖田も、近藤がこの件をしらばっくれる気だとわかります。
んで、あとはすっかりとぼけてお遊び。
エスカレートする二人に(あぶりだしとかね)後半近藤はちょっと引き気味。
こいつら良くやるなあ…って感じで、半分苦笑いしながら見てる感じでお楽しみください。
ちなみにこの後、土方は眠れなくて(いらだちと心配で)徹夜となるわけです。
(20081215UP)