山盛りのLOVE
「あっれー。多串くんじゃん。」
「なんだ、万事屋か。」
「なんだってなんだよ。何?珍しい格好してんじゃん。どしたの?その黒いコート。」
「今年から支給されたんだ。」
「へえ。」
その様子から、本人も結構気に入っているらしいのがわかる。
や、なんかいいよ。
隊服もね、いいんだけど。
なんつうか、ストイックさ加減が増すっつーの?
シルエットがすっきりとして、色気が増してると思う。
「………ち、見るな。」
「え、いいじゃん、見るくらい。」
「なんか、やらしいんだよ。見方が。」
「そりゃあ、やらしいこと考えながら見てますから。」
「てめえ!!」
むっとしつつも、近寄ったら危険とばかりに距離を取る。
「まあま、まだ明るいしさ、ここでは何にもしないよ。それよりも、今日はバレンタインデーなんですけど。」
「ああ、だなあ。」
「その、手に持ってるかわいいラッピングの小箱はもしかして銀さんに…。」
「これか。さっき、そこでもらった。」
「あああああああ、そう。」
ちぇ、俺にくれるんじゃねえのかよ。
って、素直にくれる子じゃねえもんなあ。
「俺にチョコは?」
「ああ?何で俺が?」
「バレンタインデーだから。」
「だから何で俺が。」
「今年の流行りは、さて、何でしょう?」
「流行り?さあ?」
「『逆チョコ』っていってね、男の方から女の子にチョコを上げるのが流行ってんだよ。」
「へえ?お前が女の子だったとは知らなかったなあ。」
「や、違うけれども。」
「………。」
「すんません、チョコください。」
「だから、何で俺が。」
「俺が多串くんからのチョコを欲しいからです!!」
「へえ。」
とか言いつつ、たばこの煙をふうと吐く。
「や、へえ、じゃなく。ください。」
「………これでよければ。」
そう言って差し出したのは、今もらったばかりだというチョコ。
「や、お前、それはいくらなんでも…。女の子の想いがこもってんだし。」
「……変なところで律儀な奴だな。…別に1個くらい構わねえだろ。受け取る時に『俺は食わねえ』って言ってあるし。」
「ええ!?何それ。」
「甘いものは好きじゃねえから食わないって毎年言ってんのに、何で毎年チョコなんだよ。」
うんざりしたように顔をしかめる。
「そんなに情熱的な子がいるんだ。」
「……。情熱的…ってか、イベントに参加したいだけだろ。」
「ええ、そうかなあ。」
「本当に俺とどうにかなんて考えてねえよ。本気で俺のこと考えてんなら、チョコじゃなくて、マヨとかマヨとかマヨとか寄越すだろうが。」
「って、それマヨネーズしか受け取らないってこと!?」
「そうじゃなくてよ。本当に好きなら、相手の嗜好くらい調べてくるだろうが。『好きじゃない』『食べねえ』って言ってんのにとりあえずチョコってのは、渡せるなら誰でもいいんだよ。
俺ならそこそこ顔や名前が知れてるし、どうにもなりようもないから安全パイなんだろ。」
TVのアイドルはちょっと遠いけど、土方なら町中で会える、話せる。
『あり得ないけど、もしかしたら……。』女の子たちはそんな希望を持つのかもしれない。
そして、やっぱり中には本気の子だっていると思うのだ。
ただ、本気です。とばかりにほかの子と違うものが渡せるほどの勇気がなくて。
煙草がいいか?マヨがいいか?それともほかの何か…?なんて、考えあぐねた末に結局チョコレート。そんな子だってきっと一人や二人じゃないはずだ。
だけど、そんなことを懇切丁寧に説明してやってライバルを増やすつもりは毛頭ない俺は、『そんなもんかね』と適当に相槌をうった。
「で、俺のチョコは?」
「何でそこに戻る?だから、無えって言ってんだろーが。」
「ええ、つれなくない?恋人にその仕打ち。」
「バ、馬鹿!!何言ってんだ!」
慌てて俺の口を押さえてくる。
大丈夫だって、周りに人がいないのは確認済みだから。
にんまり笑う俺に、悔しそうに顔をゆがめた土方は。
「うるせえから、これをやる。」
と言って、手に持っていたチョコをくれる。
「や、だから人のじゃなくて、多串くんからのチョコが欲しいんですけど。」
「俺が貰ったんだから、俺のものだろうが。」
「いや、そうじゃなくてね。」
「遠慮すんな。まだあるから。」
そう言って、土方は黒いコートのポケットを探る。
「ほれ。」
「うわわ。」
ほい、と投げてよこされて慌ててキャッチ。
「まだあるぞ。」
あちこちのポケットを探っては次々と出てくるチョコ。
「ちょ、多串くん!?ま、まだ、って。」
両方のポケット、胸のポケット、内ポケット。果てはコートの下の隊服のポケットにベストについてるポケット。ズボンのポケットからも…。
それらをほいほいと投げられる。
「全く毎年うんざりするぜ。ちょっと巡回に出ただけで、毎年これだ。ほら、まだある。」
次々と投げられるチョコをバタバタとキャッチする。
赤やピンク、グリーン、クリーム色、チョコレート色。色とりどりにラッピングされた箱が両手に山となるほど出てきた。
自慢!?自慢なのか!?
お前のコートのポケットは、チョコレートの世界の四次元にでもつながってるのか??
「これだけあれば文句はねえだろう。」
「文句ってね。そりゃ、数に文句はねえけど!!」
頭の隅では、これでしばらく糖分に困らないとか、思っちゃったりしてるけど。
「ああ、ポケットがすっきりした。」
や、本当にすっきりした顔してんなよ。俺はゴミ箱じゃねえ。
「ま、下剤や爆弾が入ってるのもあるかも知れねえから気をつけろよ。」
そう言って、土方は行ってしまった。
………。
そして残された山盛りチョコレートと俺。
心の片隅にやはり釈然としないものが残るけれど。
多分、好きでもない、貰っても嬉しくないチョコレートだけど。そのままゴミ箱へ捨てるのはしのびなかったのだろう。
まあ、今年はこれが土方からのチョコレートだと暗示をかけつつ食べるかあ。
そんなことを考えつつ、万事屋へと帰った。
「銀ちゃん。部屋中甘い匂いが充満してるアル。」
「今年の俺はモテモテだから。」
「どうせ、マヨラがもらったチョコだろーが。人のチョコを自分のもののように言うのは情けないアル。」
「いいんだよ。土方からの気持ちがこれだけ山盛りってことだからね。」
神楽は、け、とか吐き捨てて、どうせマヨラが処分に困っただけだろーが。とかわいくないことを言っている。
「私は、もう寝るアル。」
そう言って、押し入れの中へと入って行ってしまった。
さあて、土方からもらったチョコ(←ちょっと自己暗示)を堪能するとしますか。
1個目のラッピングを外す。下剤だの爆弾だのと脅されたので、ちょっと慎重になるが幸い中からはおいしそうなチョコレートが出てきた。
「うっめ。」
甘さがしみわたる。
1箱目を食べ終えて、いそいそと2個目に手をかけたところでハタと気づく。
そうだ。先に全部ラッピングをはずしてしまえばいいんじゃね?
食べられないものが本当にあるのか分からないけど(下剤や爆弾ってのは土方が俺をからかっただけかもしれないし)先に全部確認してしまえば。あとはただ食べるだけだ。
そうだそうだ、と呟きながら先にラッピングだけ外していく。
半分くらいはずし終えたときだったろうか?
「………あれ?」
きらびやかに、可愛らしく装ったたくさんのチョコレートの中に、たった1枚だけ。何の変哲もない板チョコ。
ラッピングはもちろんなし。メッセージも当然なし。
1年中コンビニとかスーパーとかにに常備されてる、見慣れた板チョコ。
あんだけモテる副長さんに、女の子がそのまんまの板チョコを渡すだろうか?
ま、まさか!これって、土方………?
多分。分かんないけど、多分。
俺にチョコをくれようとして、でも、奇麗にラッピングされたチョコはどうしても買えなくて。
きっと頭の中では、『お前が甘いの好きだから』『バレンタインデーとは関係ない』とかたくさん言い訳考えて。それでも、ただ普通に手渡すことすらできなくて。
山盛りのチョコに紛れさせて、隠すようにしなきゃ渡せないなんて。
あの時すっきりした顔して見えたのは、もしかしてうまく紛れさせて渡せたことにほっとしてたからだったり………して?
ああ、もう、ちょ、かわいすぎる。
すぐに声が聞きたくなって、電話に手が伸びたけど。
だめだ、声だけじゃ足りない。
多分、今ごろ。俺が気付いたかどうか気が気じゃなくて。
こんなに落ち着かないんなら、渡さなければ良かったとか。
ほっとしたり、ガッカリしたり、ドキドキしたり、そわそわしたり。
屯所で挙動不審になってるだろう土方の様子がもう、目に見えるようで…。
俺が『ありがとう』って伝えたら、土方はどんな顔をするだろう?
真赤な顔で、『何のことだ?』なんて、ごまかそうとするかもね。
そんなあいつの目の前で、この板チョコを食べたりしたら………。
嬉しそうに笑ってくれるだろうか?
俺は板チョコを着物の袂に入れると、屯所へ向かって走り出した。
20090219UP
END
遅ればせながらのバレンタインネタです。
良かったよ、2月のうちに出来て(!)
新EDのコートを着せてみました。隊服だけではポケットが足りなかったもので。
たとえば「両手いっぱいのLOVE」とか。綺麗なタイトルは考えればつけられたと思うけど、この二人はなんか。
「山盛り」とか「てんこもり」とか、なんかそんな感じが似合うかなあと思って、今回は「山盛りのLOVE」となりました。
コンビニのチョコ売り場でうろたえる土方。
屯所で挙動不審になる土方。…などを、妄想してお楽しみください。
(20090222UP)