通り雨

 

 


「ち、ついて、ねえ。」

巡回の途中で、雨に降られた。

 

 


昼を過ぎたあたりから、空模様は怪しくなっていたけれど。まだ、雨の気配は遠かったように思う。

その証拠に土方の周りも、突然の雨に慌てふためいていた。

洗濯物を取り込む女。

店先に広げた商品を片付ける店員。

荷物を濡らさぬように抱えて走る者。

子供の手を引いて、せかすように雨をしのげる場所を探す母親。

軒先が突き出した店などへ、雨宿りのため駆け込む者もいる。

 

 


土方も咥えていた煙草を踏み潰して消して、小走りに走っていた。

一緒に巡回に出た部下はとっくの昔に姿を消していた。

多分今頃はちゃっかり屯所へ戻っていて、ずぶ濡れになって帰る自分をトロいとか言って笑うんだろう。

ち。

と、もう一度小さく舌打ちをした。

 


 

濡れるのを気にせず悠然と歩けるほど、豪胆ではない。…つもり。

けれど。

少しだけ、どうでもいい。とも思う。

どうせ濡れたって隊服だ。

屯所へ戻って着替えればいい話。

その時、風呂に入るなりシャワーを浴びるなりすれば風邪をひくこともないだろう。

いまさら走ったところで、すでにだいぶ濡れてしまっているし。

 


 

何となく、走る足が鈍ったのを見透かしたように。

後ろから追いかけてくる聞きなれた声。

「アレ、多串くんじゃん。」

 


そして視界が白で覆われる。

 


「っ。」

 


 

「ほれ、走れって。万事屋もうすぐそこだし。」

「な、え?」

頭の上に広げた着流しをなびかせながら後ろから走ってきた銀時が、その着流しの中に土方も取り込む。

「どうせ通り雨だろ。万事屋で雨宿りしていけばいいよ。」

「っ。」

 


 

先ほどまで、土方を濡らしていた雨がさえぎられる。

慌てふためいていた、町の喧噪が遠のく。

 


 

そして、包まれる。

甘い香り。

銀時の匂い。

 

 

「あれ、何可愛い顔してんの。」

「…てめえ。」

「今すぐここでチューされたくなかったら走れよ。」

「おい。」

「まあ、ここでしなくてもウチについたらするけど〜。」

ふふふん、と機嫌良さそうに笑う。

 


 

何言ってんだてめえ。

まだ仕事中だ。

手前ん家に寄ってるヒマなんざねえ。

 

 

ぐるぐると頭の中をめぐる言葉達。

けれど結局それらは土方の口から出ることはなかった。

 

 

並んで走る銀時の息遣い。

触れているわけでもないのに、まるで抱きしめられているような錯覚に陥る。

それもこれも。

銀時の着流しに……匂いに包まれているからだ…。

 


 

「あ〜〜〜、やっぱ駄目だ。」

「え?」

突然足を止めた銀時。

駄目?万事屋に自分を連れていけないということか?

ああ、子供たちがいるのか…。

なら、仕方がない。

や、仕方ないって何だよ。がっかりなんてしてないから。

誰への言い訳か分からないことをぐちゃぐちゃと考えていると。

銀時の顔が近付いてきた。

 


っ。

 


 

二人を覆う着流しの中で、唇が合わされる。

 


 

「万事 屋……。」

「駄目、ウチまでなんて我慢できなかった。」

 


「だって、多串くんすっげえ可愛い顔してんだもん。」

「可愛いって褒めてねえんだよ。それに『もん』って言うな、いい歳して。つうか、多串じゃねえ。」

 


 

言葉は乱暴だったけれど、まるで睦言のようにひそめた声しか出なかった。

 


もう一度そっと重なる唇。

 


 

「間近から多串くんの息使いとか、匂いとかしてきて、これでウチまでお預けなんて拷問。全然我慢できませんでした。」

 


 

それじゃ、自分と一緒だ。

 


 

二人とも馬鹿だな、いい歳して。

思春期のガキみたいだ。

 


 

再び万事屋への道をたどる。

 


 

遠くから雷が聞こえる。

通り雨だと思っていたけれど、もしかしたら本格的に降るのだろうか?

 


 

「今、雷鳴ったよな。」

「ああ。」

「………。」

「………。」

 




 

多分。

今考えていることも、一緒。

万事屋への階段を上がりながら小さく苦笑する。

 

 

 

まだ、もうしばらく。

この雨がやまなければいい。…のに。

 








 

 

 

20090625UP

END

 

 

 


『そうだ、このサイトは甘味処を目指してたんだっけ…』とふと思い出して出来た話。
甘く、甘く。…なってるでしょうか?
(20090629UP)