ライン
ああ、目が痛い。
いや。痛いというより疲れているんだろう、これは。
とにかく書類の山。山。山。
トイレの時以外この部屋から出ていない。(食事もここで摂った)
今日は天気が良かったんだろうか?
もう、夏は終わるんだろうか?
昼間、部屋の障子は開いていたはずなのに外の様子を覚えていない…。
白い紙の上に踊る黒いインク。
もう、それが文字だと認識すらできないくらいに、目がチカチカする。
あり得ねえ。
「ち。」
小さく舌打ちをして、机の一番上の引き出しから目薬を出した。
ぽたりと両目にたらせば、しみるほどに眼球に浸みこむ薬液。
くう。と心の中だけで呟いて、目薬を引き出しにしまった。
ああ。全く、あり得ねえ。
何があり得ねえって、目が疲れた時のために目薬が常備してあるってことが。だ。
そのままごろんと畳の上に横になった。
ずっと同じ姿勢で座っていた体中の骨が、筋が、筋肉がきしむ。
今。何時頃だろうか?
出来上がった分の書類を整理していた山崎が、『お休みなさい』と下がって行ったのは、どれくらい前だった?
少し離れた所にある食堂から、酔った非番の隊士の大きな笑い声が聞こえなくなってから、どれくらい経った?
お妙さんに殴られた近藤さんを、回収に行ったメンバーのざわめきが聞こえなくなってから……。
ああ、眠いなあ。
真夜中なのだろうと認識した途端に眠気が襲ってきた。
けど、まだ眠るわけにはいかなかった。
今作っている書類は、明日の朝一で城に提出しなければならない。
起きて続きをしなければ…。
分かっているのに、一度横になった体はすっかり重くなってしまっていて、自分の力だけでは起き上がれなくなってしまった。
ああ、ヤバいかも。
マジで明日までの期日が守れなければ、拙いことになる。
…と。
ビー ビー ビー
ゴトゴトゴトという小さな振動音と、抑えた機械の音。
誰だよ?こんな時間に。
普通の奴は寝てる時間だぜ。や、俺は寝てねえけどさ。
しょうがねえなあ、と体を起こし、机の上に置いてある携帯電話を持ち上げた。
こんな時間に電話なんて、事件か?事故か?
開いた携帯の画面には『万事屋』の3文字。
張りつめた気持ちが、ほっとほどける。
あんなにユルユルとしてるのに、この屋号はやたらカチッとした印象を与えるよなあと、いつも違和感を感じるどうでもいいことを、今日も思いつつ通話ボタンを押した。
「何だ。」
「あ、起きてた?」
「まあな。」
多少酒でも入っているのだろうか?幾分高揚したようなしゃべり方だ。
「うん、まあ。どうしてるかなあ、と思って。」
「どうもこうも、仕事してる。」
「お前仕事しすぎ。」
「お前はもう少し仕事しろ。」
何の意味もない言葉のやり取り。
けれど、ひどく心が落ち着いているのが分かった。
それからひとしきり、『最近あった話』なんてものをつらつらと話す。
曰く。
先日迷い猫を探してくれとの依頼があって、大捜索の末に見つけた猫がオスの三毛猫だったので、依頼主に返すかどこかへ売っ払ってしまうか本気で悩んだ。とか。
パチンコの新台に付いている画面のクオリティがやたら高いんだけど、そう言う開発費を利用者へもっと還元してくれないだろうか。とか。
俺は、俺で。
総悟や、山崎や、近藤さんがやらかしてくれたアレやコレを機密に触れない範囲で愚痴ってみたり。
先日封切りになった見たい映画を見るヒマもないとぼやいてみたり。
小1時間ほど話しただろうか。
「…ん〜、じゃあ、切るわ。」
「ああ、おう。」
「……あ〜、あのさ。」
「何だ?」
「次、いつ休めそう?」
「…今作ってる書類が明日提出の奴だから…、それさえ終われば、まあ。」
このところほとんど休みなしだから、休みを取るのはそう難しくないはずだ。
「だったらさ、速効そいつを終わらせてさ。んで、ちゃんと寝て。そのあと会おうよ。映画見ようぜ、映画。お前がさっき見たいって言ってた奴。」
「ん、…ああ。」
「んでさ、うまい店見つけたからちょっと飲もうぜ。」
「ああ、いいな。」
「だろ?んでな。」
「…何だよ…?」
「そのあと、お前も食わせて。」
「……っ。」
「あれ、何絶句してんだよ?ずいぶん久し振りなんだよ?ずっとお預け食らわされてるんだよ?」
「〜〜〜〜。」
「お〜い。聞いてる〜。俺、ずいぶん大人しく我慢して待ってたと思うよ!?」
「………。」
「何?それとも放置プレイとか狙ってんの?そう言うのもちょっとは良いけど、度を超すと痛い目見るのはそっちだからね。」
「………。」
「銀さん、多串くんが足りなくなり過ぎると暴走するから!周りが見えなくなるから!加減とか人目とか、配慮できなくなるからね!」
「………。…多串じゃねえ。」
「……えええ、そっち…?」
「うるせえ。とにかく、明日、行く。」
そう言う俺に、途端に機嫌の良さそうな返事が返ってくる。
待ち合わせの時間と場所をあっさりと決めて、携帯電話のボタンを押した。
ふう。
途端に、聞こえてくる虫の音。
ああ、やっぱり秋が近付いてきてるな…。
そう思って煙草に火をつけた。
大きく煙を吸って、溜息といっしょに吐き出す。
「さて。」
こいつを片付けてしまうか。
目の前の書類に目を落とす。
先ほどまで、文字なんだか文様なんだか、はたまた魔法の呪文なんだか。のたうちまわって判読不可能なはずだった文字が、クリアに目に飛び込んできた。
どこまで進んだのか、確認しつつ、机の脇に積み上げていた資料を引っ張り出す。
声を聞いただけで気分が高揚するなんて、なんて現金何だと自分で呆れたりもするけれど。
明日の約束ですっかり萎えていたやる気が出てきてる…。
残りの量を考えると、あと2・3時間と言ったところか…。
それから速効寝れば、約束の時間まで一眠り出来る。
映画の上映中に寝たくはないからな。
…なんて、本当は言い訳。
アイツといるときに、眠ってしまうなんてもったいないことしたくないから…。
煙草を灰皿に押し付けて、ペンをとった。
よし、やるか。
20090910UP
END
珍しく素直に銀さんのことが好きな土方でした。
(20090917)