夕焼けの帰り道
「………じゃ、帰るか…。」
「あ、ああ。」
幾分緊張しながら、二人並んで歩きだした。
所謂、『おつきあい』というものを始めたばかりの二人。
実は一緒に下校するというのも、今日が初めてだったりする。
帰宅部で、授業が終わればすぐに帰る銀時と。
ほぼ毎日部活のある剣道部副部長の土方とでは、下校時間が全く異なるからだった。
いや、待っててもいいんだけどさあ。
部活が終わった後、土方は幼馴染である近藤や沖田と一緒に帰る。
家も近いから、どこかの角で分かれ道となることもない。
そんな状況で一緒に銀時がくっついていってもちっとも楽しくないだろう。
むしろ銀時といる時は、まだ幾分緊張気味の土方が。
気心知れた幼馴染と一緒にいるとリラックスしているのを見せつけられて不愉快になること請け合いである。
活動が盛んな剣道部にも部活が休みの日がある。
今日は、格技場が使えないとかで、剣道部の活動は休みである。
近藤は早速意中の女子生徒の後をつけて行ったし、沖田は山崎を伴ってゲーセンへと繰り出したらしい。
銀時はもちろん心の中でガッツポーズだ。
数日前にこの日部活がないと聞き、しかも翌日は土曜日で学校は休みとなれば。
すかさず『じゃ、俺んち来ない?んで、泊まってけよ』と誘ってみた。
銀時は、両親を早くに亡くしているため、親戚が経営するアパートで独り暮らしをしている。
最低限の生活費は親の遺産で何とかなっているけれど、足りない分はバイトで賄っているのだが。この日はちょうどバイトも休みだった。
さすがに付き合い始めてすぐに家に誘うのもどうかとは思ったが、なにぶん男同士なせいで、人目のあるところではいちゃつくことができない。
そんな銀時の思惑を知ってか知らずか、少し考えた後『いいぜ』とあっさり頷いた土方だった。
『今日は友達の家に泊まってくる』そう親に告げた時、それが近藤や沖田ではないことに驚かれた。
さすがに高校生にもなっていつもツルむのが決まった幼馴染であることを心配していたのかも知れない。
あっさりOKが出た。
銀時が一人暮らしであることを聞いて、何か差し入れを…なんて言い出すのを『それはまた今度』と慌てて押しとめた。
本来は部活の着替えなどを入れるバッグに、泊まり用の着替えを入れて………。
ハタ、と気付く。
泊まり…って、泊まりって………!そういうことか!?
早くないか!?
そう考えて、でも二人きりで人目を気にせずゆっくり過ごしたいというのも本当で。
考えてみれば、こっぱずかしい赤面モノの告白をしあった時に、そっと唇を合わせただけで、まだ手も繋いでいない。
泊まるための用意を準備万端整えていくのって、なんかヤル気満々みたいじゃね?…けど、泊まりに行くのに何も持って行かないのも…。
ぐちゃぐちゃ悩んでいたら危うく遅刻しそうな時間になっていまい、結局用意した着替えなどを慌ててバッグに詰め込んで家を飛び出したのだった。
「あ〜〜、買い物して行くから。」
「か、買い物!?」
「晩飯、食うだろ。」
「あ…ああ。」
「何食いてえ?」
「……え、お前が作るのか?」
「そりゃ、他に作ってくれる奴いねえし。」
「…あ、……わり…。」
「いいって。で?何食いてえ?」
「何でも…。」
「それが一番困るんだよなあ。」
普段通りのテンポ良い会話で、漸く二人とも緊張がほぐれてきた。
スーパーに寄り。
アレが安いの、これが食いてえの。
マヨネーズは欠かせないの。いやうちの冷蔵庫にも残ってたけど。足りるか!1食1本は基本だろうが。ええええ!?
…なんて会話を交わしながら、思ったよりも多くなった買い物を割り勘で清算し。
一人1袋ずつ持って、再び帰路につく。
商店街を抜け、小さな土手沿いの道を歩く。
「お前の家、こっちの方なのか?」
「ああ、まあ、住宅街の中を抜ける近道もあるけどさ、俺はこっちの道の方が好きなんだ。」
「ふうん?」
「季節によって時間は変わるけど…。今の時期は、ちょうどこの時間なんだ。」
「?何がだ?」
「ほら、この先。建物が途切れて見晴らしの良くなるところがあるだろ。」
「ああ。あそこか?」
「そう。そこまで行こうぜ。」
「分かった。」
少しだけ足を速めて、建物の影の途切れるところまで歩く。
「見ろよ。」
「………え……。」
大きな夕日がオレンジに空を染めていた。
工場の跡地か何かなのだろうか?広い空き地が広がっており、その先もそれほど高い建物がなくて。
これから沈んでいこうとする夕日が良く見えた。
「すげえだろ!」
銀時はまるでそれが自分のものであるかの様に、自慢げに笑った。
「ああ、………すげえ。」
土方はいつもこの時間は格技場で部活の真っ最中だ。
せいぜい窓から差し込むオレンジの光を見るくらいで、こんなに大きな太陽を見たのは一体どれくらいぶりだろうか?
ほんのガキの頃以来かもしんねえな。
中学に入学したころから、部活だ勉強だと時間に追われる生活を送ってきた。それはそれで充実していたから後悔などしていないが。
銀時が自分と違うと思うのは、こういった景色をゆっくり眺め、楽しめる気持の余裕があるからなのかも知れないなと思った。
「土方にも見せたかったんだ。」
「え?」
「土方を好きだ。と思って、そんでこの道を通ったら、夕日がすっげえ綺麗に見えてさ。それまで、気にも止めたことなかったのにな。…だから、いつかお前と一緒に見れたらいいなあと思ってた。」
「…坂田…。」
思わず顔を見返す。
赤くなっているような気もするが、夕日が映ってるだけかも知れない。
と。
そっと、銀時の手が伸びてきて、きゅっと土方の手を握った。
「え、ちょ。」
「誰も見てねえよ。」
確かに、工場跡しかないようなこんな道を通る者などいないらしく辺りに人影はない。
手を繋いだまま、並んでしばらく夕日を眺める。
沈み始めた夕陽に、空も町もさらに鮮やかなオレンジ色に染まる。
土方を好きだと思って見た夕日が綺麗に見えたと銀時は言った。
今自分がこの夕日を綺麗だと思えるのは銀時を好きだからだろうか?
ふと銀時が動いたような気がしてそちらを見ると、思ったよりも顔が近くて…。
「え。」
そっと唇が重なった。
「ん。」
先日の触れあうだけのキスとは違う。
角度を変え、何度も何度も探った唇からは次第に湿った音が漏れるようになった。
「………あ〜、ダメだ。」
「………え?」
「これ以上したら、我慢できなくなるわ。うん。」
「我慢…って…。」
かあと土方の顔が赤くなる。
それを見て銀時は内心でオヤと思う。
泊まりをアッサリとOKした感じでは、なんだか分かってない気がしたのだけれど。この様子をみると、ちゃんと『お泊まり』の意味が分かっているらしい。
「さて、と。行くか。腹も減ったしな。」
「あ、ああ。」
銀時は土方の手を繋いだまま歩きだす。
「ちょ、坂田。手。」
「へーきへーき。」
よほど人の通りがない道なのだろうけど、人影が見えたら即振りほどいてやる。と心に決めて、土方も銀時について歩く。
自分だって、決して手を離したいわけじゃないから…。
暗くなり始めた道を、ぽつりぽつりと言葉を交わしながら歩く。
手をつないだまま、もう少しゆっくり歩いていたいような。
早く家に帰って二人きりになりたいような。
不思議な気分を味わいつつ。
でも、どっちでもいいや。
だって今、一番近くに一番好きな人がいるんだから。
20100613UP
END