面倒臭い奴
「あっれ〜、多串くんじゃん。」
「多串じゃねえ。」
かけられたのんきな声に条件反射のように振り返って、じっと、土方は相手を見返した。
「何々、私服ってことは今日はオフ?」
「…まあな。」
少し前に大江戸湾上空で起きた宇宙海賊春雨と、いくつかの派閥をまたいだ攘夷浪士たちが関係する事件の捜査に追われていた。
ようやく今日になって、久しぶりの休みが取れたのだ。
そう言ったらこいつはいったいどんな顔をするのだろう。
そんなことを考えながらもじっと銀時を見つめる。
「……え、…え、なに?銀さんに何かついてる?…っつか、や、ちょ、あんまり見んなよ。」
ただじっと見つめる土方に戸惑うように銀時の目が泳ぐ。
そんな銀時に土方は1歩近づいた。
「え。」
銀時の首筋に顔を寄せる。
「ちちちち、ちょ、お、多串くん?真昼間からこんなに人目のある所で、だ、大胆ね。」
「馬鹿かお前は。」
消毒薬の匂いがする。それに、傷薬やら湿布薬の匂いも。
顔を離して、銀時の顔を見返した。
「なんでこんな所をフラフラ歩いてるんだ。メガネの家で養生してたんじゃねえのか。」
「あ〜。」
ガシガシと頭をかきつつ。
「あそこにいると返ってゆっくりしてられねえんだよな。っつか、命がいくつあっても足りねえよ。なんでだか、お宅のゴリラとかジミーとか、総一郎君とかも来るし。」
「近藤さんはゴリラじゃねえ。…が、…そうか…。」
それは少し悪いことをしたかも。
忙しさにかまけ近藤を野放しにしてしまったし、そういえばこの頃回収にも行っていなかった。
ただ、山崎が捜査しに行った件については銀時の自業自得というのが土方の持論だし。
総悟については管轄外だ。
「んで、やっとのことで逃げ出してきたわけ。」
それでは、かえって後が面倒なのでは。
「お妙には言ってきたって、神楽はしばらくあっちで預かってもらうことにしたし。」
つまり、一人でほっといてもらった方が回復が早いってことなのか?
あの古い建物の2階で、一人伏せるマダオを想像する。
それはそれで、なんだか寂しいことのような気がした。
「っ」
一瞬銀時が息をつめた。どこかが傷んだのだろうか。
「だったらとにかく早く帰りやがれ。」
「しばらく家を空けてたから、家に何にもねえんだよ。せめていちご牛乳くれえ買っていかねえと。」
と少し前方にあるコンビニを指差した。
なら、とっとと買って早く帰れ。と言おうとした土方の肩に銀時の腕がかかる。
「あ〜悪りぃ。ちょっと肩貸して。」
「はあ?」
「なんか疲れちゃった。」
疲れちゃったじゃねえよ。とは思ったが、普段より顔色が悪いのも事実。
仕方ねえかと、コンビニに付き合うことにする。
「いちご牛乳ね。」
「まさか奢れってか。」
「いいじゃん、いちご牛乳くらい。」
「手前のために1円たりとも使いたくねえ。」
「いやいやいや、ほら、怪我のお見舞い。みたいな?」
普段から金がないとこぼす銀時。今は怪我のため仕事も出来ていないのだろう。
「…今回だけだからな。」
「わあい。」
いちご牛乳を手に取り、ふと目に入った缶コーヒーもレジに持っていき、ついでに煙草も一箱買う。
わざわざコンビニに入って銀時のためのものだけ買うのが業腹だったからだ。
自分のものを買う『ついで』だからと、心の中で言い訳をして。
土方が金を払った途端に、それまで懐いていた銀時が体を離すのに内心舌打ちをする。
演技かよ。
………どっちが?
具合の悪い様子が演技なのか?今、ニヤニヤと笑って何でもない様子を見せているのが演技なのか?
全く。面倒臭い奴だな。
「…あれ、なに?家まで来んの?」
コンビニの袋を下げたまま銀時と並んで歩く土方に、驚いたように声を上げた。
「近藤さんが養生の邪魔をしたんなら、多少はウチにも責任はあんだろ。とりあえずお前が家について横になるのくらいは確認しておかねえと。」
「…ふうん。」
今現在の怪我の状態など分かりはしないけれど、こんなところで何かのトラブルに巻き込まれたなどということを後から聞いたら、明らかに後味が悪いだろう。
銀時のためというよりは、むしろ土方の精神衛生上の理由だ。
普段よりもゆっくりとした速度で歩き、見慣れた万事屋へ到着する。
ここまでくればいいか、といちご牛乳を渡して帰ろうとすると。
「横になるのを確認するんじゃなかったの?」
ニヤリと笑われたので、仕方なく玄関の戸をくぐった。
部屋の中は、幾分埃くさい空気が漂っている。
「新八が時々、様子を見には来てくれてたんだけど、さすがに少し埃っぽいな。」
そういいつつあちこちの窓を開ける銀時。
「いいから寝とけや。」
「や、最初にこういうことはやっとかねえと。咳込みながら寝るのも苦しいし。」
それもそうかとは思ったが、他人の家だしどこに何があるのかなど良く分からないので手持ち無沙汰で銀時の姿を目で追う。
「そんなところで突っ立ってられても落ち着かねえから、座ってろ。」
そう言われて仕方なく、刀を外してソファに立て掛けて座る。
とっとと寝てくれりゃあいいんだ。それを確認したら帰るんだから。
そう思っている土方の前に灰皿が出される。
「ま、せっかく来たんだからゆっくりしていきなよ。」
そういって台所からコップを持ってきた銀時は、土方がテーブルの上に置いたコンビニ袋の中からいちご牛乳を出し、注いでいる。
「ゴチになりま〜す。」
土方の隣に座ると、美味そうに一気にあおった。
寝ろっつってんだろうが、そうは思ったが土方も缶コーヒーを開け一口飲んだ。
大体何で向かいではなく隣に座るんだ…?
すると、おもむろに銀時が単衣を脱ぎだした。
ようやく寝る気になったか。
単衣とそれを止めていたベルトを外してソファにかけると、「よっこらせ」と土方の膝の上に頭を乗せてきた。
「………はあ!?」
「動くなよう。寝れねえじゃん。」
「ここで寝るな。布団で寝ろ。」
平素ならここで立ち上がって床に落とすところだが、さすがに相当ひどい怪我をしているらしい銀時にそれをするのは躊躇われて、手で押しのけようとした。
それだって、まさか全力でするわけにもいかないし…。と土方が戸惑っているうちに銀時はぐるりと体を反転させるとひしっと土方の体に腕を回してしがみついた。
「おい、万事屋!離せよ!」
「やだね〜。」
離せ、離さない、としばらく押し問答が続いたが、そのうち土方が諦めた。
必死にしがみついたっていつもと同じだけの力は出ないし、傷も痛むだろうに、なんでこんなに粘るんだよ。
土方が呆れたため息をついたのが分かったのだろう。銀時はしがみついていた腕から力を抜いた。
「………今日だけだからな。」
「うん。」
寝やすい場所を探し仰向けに寝なおした銀時は、小さく笑った。
全くなあ。
足で器用にテーブルを引き寄せた土方は、灰皿に煙草の灰を落としつつため息をついた。
どうやら銀時は土方のことが好きらしい。
剣の勝負で負けたこともあって、土方にとっても銀時は気になる存在ではあった。
けれど、それにしたって町で見かける頻度が高くはないだろうか?
巡回の時、オフの時、かなりの確率で顔を合わせることに疑問は抱いていた。
二人は似ている、と言ったのは誰だったか?
むかつくことではあるがそうなのかも知れない、思考回路が似ているからかち合うこともあるのだろう、と初めはそう思っていた。
けれど、いつの頃からか銀時の視線に熱を感じるようになった。
たとえ声はかけられなかったとしても、銀時からの視線の強さで見られていることに気付いたことが何度もある。
今日にしたってそうだ。
新八の家から万事屋へ帰ろうとしていて、どうして屯所からそれほど離れていない場所で出会うのだ?
全然通り道じゃねえだろうが。
いちご牛乳が欲しかったにしても、新八の家からの最短コース上にだっていくつもコンビニはあるだろう。
新八の家に出没する誰かに今日土方がオフだと聞いたのかもしれない。
新八の家ではゆっくり養生できないから、万事屋へというのも本当の理由ではあるのだろう。
けれど、『今日』という日に、『あの道』を使って戻ろうとしたのは……。
土方と会いたかったから………なのだろう、多分。
はあ、ともう一度ため息をつくと、土方は短くなった煙草を灰皿に押し付けた。
病人な訳ではないから煙草を吸っても支障はないだろうが、膝の上に頭が乗っている状態では、灰が落ちるのではないかと気が気では無い。
新しい煙草の代わりに飲みかけの缶コーヒーを手に取って一口飲んだ。
規則正しくなってきた銀時の寝息。
神楽や新八やお妙が心配してくれているのは重々承知の上で、周りでワイワイやられるのも決して嫌な訳でも無いくせに。
一人になりたいだって?
大江戸湾上での事件では、高杉晋作が関係していた。
銀時も(桂も)、今回の件で高杉との対立が明確となったらしい。
そのことに対する複雑な心境などもあるのだろうが、まさか子供たちの前でそれを出すわけにはいかないからこそ、万事屋へ帰ることを申し出たのだろう。
それなのに、一人でいたいはずの万事屋に土方を引き入れ、一人にするなとばかりにしがみつく。
訳分かんねえよ、お前。
まあ、それでも半分以上は承知の上で乗ってやった自分を分かっているだけに、土方の気持ちも複雑だ。
本当に、面倒臭い奴だな。
そっと銀時の髪に触れば、思った以上にやわらかい感触。
今日だけは、絆されたってことにしておくか。
土方は、改めてソファの背もたれに体を落ち着けて、小さく笑った。
20130806UP