副長の休日
「あっれ〜多串くん。今日はオフ?」
「多串じゃねえ。オフだがそれがどうした。」
「お前ね。そっけなさすぎだろ。いくら照れ屋さんだからって、それはねえだろうが。」
「誰が照れ屋だ、手前!」
それからは、あっという間だった。
互いに相手の胸ぐらをつかんで喧嘩の始まりだ。
や、なんで俺たち喧嘩してんだ?
双方そう思いつつも、意地っ張りな所もそっくりな二人の喧嘩はエスカレートする一方だ。
その時、土方の目の隅に何か不穏なものが映った。
少し先の建物の陰からこちらを窺うように見る男。その手に握られているのは銃か。
狙われているのは自分だろうか?それとも銀時?
互いに『全く心当たりはありません』とは決して言えない日常を送っている。
土方は不自然にならないようにしながら、胸ぐらを掴んだまま銀時と自分の位置を入れ替えた。
銀時を狙っているのなら自分が邪魔になるはず。
自分を狙っているのなら…。
位置が入れ代わったことで、銀時もその男に気付いたのだろう。
「おい。」
「うるせえ。」
「や、だって、あれ。」
銀時の馬鹿力が土方の体を自分の前からどけようと動く。
そうはさせるか。
土方は、その馬鹿力に負けまいと自分の胸ぐらを掴む銀時の腕をバシッと振り払った。
その時だ。
パン。と乾いた音がして、土方にはどんと後ろから押されたような衝撃があった。
そして左肩のちょっと下、銀時を振り払った反動で伸ばした二の腕の上のあたりがカッと熱くなる。
「ち。」
覚えのあるこの感覚。
ギロリと後ろを振り向いた土方は建物の陰に隠れるように引っ込んだ人影を目の端にとらえた。
右手で刀をスラリと抜き、逃がすまいと駆け出した。
「え、ちょ、多串くん?」
慌てて銀時が後をついてくる。
「来んな。邪魔だ。」
「て、え。撃たれたよね?当たったよね?」
「うるせえ。」
「は?」
うるせえってなんだ?撃たれてたよな。今、血しぶき上がったよね?
何で銃で撃たれた人が、元気に犯人追っかけてんの?
何で加勢しようと付いて行ってる人間に、邪魔だとか言ってんの?
目の前を走っている男の肩を見れば、黒い着流しにはやっぱり穴が開いていて、そこから血も出ている。
やっぱ撃たれてんじゃん。
けど、走ってる…。
しかも犯人をヤル気満々だ。
土方が角を曲がると、さすがに走って追いかけてくるとは思わなかったのか、路地の先を小走りで走り去る男がいた。
「いやがったなアアアア。」
土方の低い通る声が聞こえたのだろう。
ピタと足を止めた男は恐る恐るといった風に振り返った。
「ヒイ。」
そこには今まさに自分が仕留めたはずの男が、目を血走らせ瞳孔全開で凶器(刀)を携えて猛スピードで追いかけて来ていた。
慌てて逃げようとした男は、足をもつれさせその場に尻餅をついた。
「ヒ、ヒ、ヒイイイ。」
手を懐に入れた男は、銃を取り出したものの手が滑って上手く持つことが出来ない。
ああ、気の毒に。
銀時は幾分憐れみを持って男を見た。
土方を撃ったことは勿論、絶対に許すことは出来ない。
が、土方と男とでは格が違いすぎる。
土方は男に駆け寄ると、その手から銃を蹴り飛ばした。
「ヒ。」
「手前、よくも俺を撃ったなあ。」
「ヒ、ヒ、」
男は言葉を忘れたかのように、ただ、「ヒ、ヒ、」と繰り返すばかりだった。
ジワリと地面に湿った跡が広がっていくのは失禁でもしたか。
斬るほどのこともないと思ったのか土方はガッツと男の顎を蹴り上げた。
そして、数メートル飛ばされて地面に転がった男をさらに数回足で蹴飛ばしてうつ伏せにさせるとその背中をがしっと踏みつける。
「ち、つまんねえ。」
「おいおい、どんだけ斬りてえんだよ」
「何だいたのか。」
「いたでしょうが、さっきから。…っていうか。」
銀時が目の前にいなかったら、撃たれてすらいなかったろうに。
あの時、土方が避けていたら銀時に当たっていた可能性があるから、避けさせようとする銀時の腕を土方は振り払ったのだ。
土方は持っていた刀を鞘に納めると、また「ち」と小さく舌打ちをした。
「携帯を出してくれ。」
「はあ?」
「携帯だよ。着物の袂に入ってる。」
「…右のか。」
やっぱり撃たれてんじゃん。
左腕が動かせないから上手く袂から携帯が出せないのだ。
「袂なの。胸のほうじゃ…。ぶべ。」
「いいから早く出せ。」
「何で頼んでんのに偉そうなんだろうね。」
木刀を腰に戻すと銀時は足元にある物体の背に足を乗せギュッと踏み込んで土方に一歩近づいた。
二人に踏まれているモノが足の下で、グエとか言ったが気にしないことにする。
「ほら。」
「ああ。」
携帯を受けとった土方は屯所へ連絡を取った。
この場所を伝え、パトカーを回すように手配する土方は、全く言葉も息も乱れもせず怪我なんかしていないように見えた。
連絡を終え、ふうと息をついた土方は足蹴にしている男に半笑いで言った。
「もうすぐ組の奴らが来る。美味いこと銃を手に入れられて自分が強くなった気がしたんだろうが、噛み付く相手は選ぶんだな。」
すでに100%戦意を喪失した男は、今度はなんだかメソメソと泣いているようだった。
ほどなくしてパトカーが到着し、原田が下りてきた。
「あああ、副長怪我してんじゃないですか。」
「うるせえ。いいからこいつ連れて行け。」
「分かりました。…けど、あんたも医者に行って下さいよ。先生んとこすぐ傍なんだから。」
「ち。」
その舌打ちを、了承の返事と受け取れるのは付き合いの長さか。
原田は、土方と銀時の足の下から男を回収すると、パトカーに乗り込んだ。
「じゃ、旦那、副長のことよろしくお願いします。ちゃんと医者に行くのを確認してくださいね。」
「え、なんで俺が。」
「副長の面倒見てくれんなら、旦那の事情聴取免除ってことにしとくんで。」
「あ、じゃあ。」
「じゃあ、じゃねえ。何勝手に決めてんだ。」
「なら、せっかくのオフですけど副長も屯所に戻って事情聴取受けますか?」
「………ち。」
では。と言って原田は屯所へ戻っていった。
「…あいつ部下らしくねえよな。」
「原田とは近藤さんの道場にいる頃からの付き合いだからな。」
「ふうん。」
「あの辺りがボーダーラインなんだろ。」
「ボーダーライン?」
「敬語は使うけど態度は引かねえ。つう辺り。」
「ああ。」
「でねえと、近藤さんが泣くから。」
「え、泣くの?ゴリラ。」
「近藤さんはゴリラじゃねえ。真選組結成してすぐの頃『部下』になったダチらに敬語で頭下げられて、真っ青になってた。」
「ああ、なるほど。そういや、多串くんも総一郎くんもゴリラに敬語は使わねえよな。」
「俺らまで敬語使ったら確実に泣くだろうが。普段あれだけ前向きな人がいじけると面倒なんだ。」
「へえ。…で、病院ってどこ?」
「一人で行ける。」
「抱っことおんぶどっちがいい?」
「はあ?」
「だから、お姫様だっことおんぶ。運んでってやるから。」
「いらねえ!」
「いくらお前だって撃たれたら痛えだろうが。」
「人を不感症のように言うな!痛えよ!それがどうした!」
「抱っこかおんぶで連れて行かれるか、素直に病院に案内するか。選びやがれ。」
「………。」
憮然とした表情で銀時を見返す。
大体、真選組の副長様を狙っているのが今の男だけとは限らないのだ。
病院に行くまでに誰かに襲われる可能性も無い訳じゃないのに、何故こいつはこんなに無頓着なのだろう。
「で、医者はどこ?」
そう聞いた銀時に、諦めたようにため息をついた土方はこっちだ。と歩き出した。
大江戸病院のように大きな病院に行くのかと思えば、ついたのは小さな個人病院だった。
そこにいたのは、小柄な老医師。
そして信じられないことに、あっさりと土方に部分麻酔をかけると、手術台とも思えないようなベッドに寝かせ、腕から弾丸を取り出し始めた。
傷口に薬を塗りぐるぐると包帯を巻く。
「トシ坊、無茶ばっかりするんじゃねえ。ほれ、痛み止めと抗生剤だ飲んどけ。後こっちは夜麻酔が切れたら飲む分だ、持って行け。」
「ああ。」
一瞬もぐりの闇医者か?と思ったものの、一応警察組織の幹部がそんな医者にかかるわけもないので、ちゃんと免許はあるのだろう。
二人が、ぽいと放り出されるように解放されたのは、診療所に入ってから1時間もたっていなかった。
「………なんかすごい医者だなあ。」
「ああ、この位の怪我なら入院の必要もねえし、次の日から動ける。」
「銃で撃たれるって大した怪我だと思うんだけど…。」
「だから、大江戸病院みてえな大病院に行っちまったら入院させられるだろうが。」
「………。入院したこともあったよね。」
「入院しなきゃいけねえようなときは仕方ねえよ。」
や、何度も言うようだけど、銃に撃たれるってすげえ怪我だと思うんだけど!入院したっておかしくねえ怪我だと思うんだけどオオオオオ!?
あれ、俺がおかしいの?俺の常識が間違ってるの?
「じゃ、付き合わせて悪かったな。」
そう言って行ってしまおうとする土方を引き留めた。
「や、ちょっと待って!」
「んだよ。」
「これからどうすんの?」
「飯食って屯所へ帰る。さすがに酒は飲めねえから。」
「ンだよ!銀さんはほっぽりっぱなしかよ!」
「はあ?」
「どんだけ会えなかったと思ってんだよ!これで屯所へ戻るって!?」
「だから、酒も飲めねえし。…その、出来ねえし。」
「俺の目的はそれだけかよ!…や、そりゃ、出来るんならシテエけど。そうじゃなくて!そんなんはいいから一緒に居てえって言ってんだよ!」
銀時の剣幕に押されるように、土方が言葉を詰まらせた。
「…そりゃ、俺だって。」
「だったら家へ来りゃいいだろうが。そんな怪我、いくら痛み止め飲んだって夜中熱が出るぜ。」
そんなこと土方は百も承知だろう。
いやむしろ、だからこそ家へ来る気はないってことなんだろう。
「手前は自分がこうなったら、絶対に俺には悟らせねえようにするだろうが。」
なのに土方には銀時に弱みを見せろと強要するのか。
「ごめんね。俺わがままだからさ。」
たとえば銀時の知らないところでした怪我なら、知らないふりをしてやる。
けれど、銀時の目の前で、しかも半分は銀時をかばったせいでの怪我だ。
このまま屯所へ返す気はない。
「抵抗するなら今度こそ抱っこで運ぶけど?」
「………。」
どうせ屯所へ戻ったところで、部下たちに弱みを見せる土方じゃない。
まわりの心配をよそに一人で痛みと熱に耐えるに決まってるのだ。
「………だったら、おんぶのほうがいい。」
「は?え?」
「鎮痛剤が効いてきた。すげえ眠い。ち、大目に飲まされたみてえだ。」
途端にぐらりと体が揺れる。
「お…っと。」
「くそ。」
腕の中で可愛くない言葉を吐いた土方は、そのまま目を閉じた。
その体をよいしょと背負うと、耳元には穏やかな寝息。
残念ながらエッチはできないけどさ、目が覚めたらチュウ位はしてもいいよね。
20130906UP
END