10月10日。

 

 

「先生、俺、今日誕生日なんだ!」

「ああ、そうでしたか。おめでとうございます。」

「今夜はご馳走なんだよ!」

「それは楽しみですねえ。」

嬉しそうに駆けていく生徒を微笑ましく見送った。

 

 

「先生。」

「ああ、これはこれは。」

私塾に通う子供の父親で、役所に勤めている男が声をかけてきた。

「結局あの子供、どうするんですか。」

「しばらくは私が面倒を見ようと思います。いろいろと教えることがありそうですし。」

先日、戦場の真っただ中から連れ帰ってきた子供。

当たり前の『日常』っていうものをほとんど知らなかった。

「だとするとちゃんと届けを出してもらわないと…。」

「そうですね。お手数おかけします。」

「構いませんよ。どうせこんな田舎町のこと。きちんと調べる者もいませんしね。書類さえ作成して紛れ込ませておけば何とかなります。」

「書類…ですか…。」

「戸籍はちゃんと作っておかないと、あの子、幽霊ってことになっちゃいますよ。」

「そうですよね。」

私塾などやっているが、別に几帳面な性格というわけでもない。

特に役所に提出するものなど、きっちり書かねばならない書類は苦手だ。

それでも。

連れてきた子供は容姿が変わっているということもあって、村の者からは敬遠されがちだ。

なのに親身になって助言してくれているというだけで、この人の人の良さが分かろうというものだ。

この人が役所にいてくれて本当に良かったと思う。

「実は今日、書類を持ってきたんですがね。」

「………はあ。」

「まあ、書き込むのは今日ではなくても、何を書かなきゃいけないかが分かったほうがいいかと思いましてね。」

苦笑気味にそう言われる。

「…そうですね。」

「まずは本籍ですね。これはこの辺の住所でいいでしょう。後、氏名ですね。名前は坂田銀時だそうですが…。」

「ええ、本人がそう言ってますのでね。…誰に付けてもらったんでしょうかねえ。」

「あとは、生年月日ですね。」

「生年月日、ですか…。」

「あの子いくつ位です?」

「良く分からないんですよね。本人も分からないみたいだし。」

「そうですか…。まあ、書類は預けておくので、考えておいてください。」

「はい。分かりました。」

 

 

うう〜ん。

書類を前に腕を組む。

生年月日か…。

身体の成長加減からすると、塾に通う桂小太郎や高杉晋助あたりと同じくらいの年齢だろうと思う。

しかし、誕生日は…。

その日に生まれたということ。

その日からその子の人生が始まったということ。

今日、生徒の一人が嬉しそうに誕生日を報告してきた。

誕生日とは他の364日とは違う特別な日だ。

特に子供の内は…。

けれど、とっくにずいぶんと成長してしまった子供に、今更この日が誕生日だと押し付けて、その日が他の364日とは違う、特別な日になるだろうか?

戦場で銀時を見つけたのは、確か6月頃だった…今更何日だったかなんて覚えていない。

初めてうちでご飯を食べた日?

それとも、初めてまともにしゃべった日?

初めて塾の教室に訪れた日…?

それぞれに内心じんわり感動はしたけれど、それが何月何日だったかなんて覚えていない。

「先生。」

庭から銀時の声がする。

「何ですか?」

縁側に出て答える。

「庭の掃除、終わったけど…。」

ここへ来てすぐのころは、まともに口を利くこともなかった銀時だけれど、この頃はようやく会話が成り立つようになってきた。

それでも刀を片時も離さないのを、少しだけ寂しく思いながら。

「ああ、ありがとう。」

働かざる者食うべからず。

掃除洗濯、料理、畑仕事に、家の修理など…。

とにかくあらゆることを一通りやらせている。

やらせてみれば、意外と器用にこなすし、教えたことの吸収も早い。

こういう経験が、いずれ大人になった時に役に立つはずだとの思いからだが、本人はどこまで分かっているのか?

ポーズなのか本心なのか?何をやるにもいつもダルそうだ。

「ああ、秋ですね。落ち葉が色付き始めた。」

銀時が掃き寄せた庭のごみは、赤や黄色に色付いた落ち葉が多くなってきた。

「…秋…。」

「そう、この間季節の話をしましたね。覚えていますか?春、夏、秋、冬。この間までの暑かったのが夏です。そして今は秋。ずいぶん過ごしやすくなりました。」

「…。」

こくん。と頷く。

「もう少し寒くなると、このあたりの木々はきれいに色付くから楽しみにしていてくださいね。」

「………。」

色づく木々を想像するかのように辺りに目をやる、銀時。

そうだ、この子の誕生日は秋がいいな。

珍しい銀髪に、秋の木々の色はきれいに映えるだろう。

部屋にかかっている暦を見る。

今は10月になったばかり。

10月…2日か…。

あ、大安だ…。

思い立ったが吉日ともいうし、今日でもいいかな…。

今日、生まれたってことにしちゃおっかな。

どうせ誰も本当の誕生日を知らないんだし、良いよね。

「あ。」

その時目に飛び込んできたのは…。

確かこの日は…。

 

 


 

「銀時。今日、10月10日はお前の誕生日ですよ。」

「誕生日?」

「お前が生まれた日です。覚えておいてくださいね。」

こくんと頷く銀時。

「今夜はちょっとだけですが、ご馳走です。大福も買ってありますよ。」

「本当!?」

「ええ。」

嬉しそうに顔をほころばせる銀時。

これからはたくさんの大切な人とこの日を祝ったらいい。

他の364日とは違う特別な日を。

 

 

この日はね、銀時。

晴れの特異日なのですよ。

お前の誕生日がいつも晴れの日でありますように。

暖かいお日様の下で、笑って誕生日が過ごせますように。

 

 

 

20131023UP

END

 

意外と先生は、大雑把で豪胆な人なんじゃないか…と推察。
でなきゃ、戦場まで子供を迎えになんか行かないだろうし。
そんな人に影響を受けたからこそ、銀さんのあの性格があるんじゃなかろうか…と。
ふと思いついての蛇足でした。
(20131025UP:月子)