ぎんいろお月さんU

 

 

町の堺に川に橋が架かっている。

その橋を渡り、そのまま真っ直ぐ行けば屯所。

渡り切ったところで右に曲がれば万事屋だ。

木で出来ているその橋の中ほどへ差し掛かった時、そよと流れる風にふと顔を上げた。

夜は冷え込むようになってきた。

湿気の少なくなった乾いた風は、酔って火照った体に心地よい。

嫌に明るいと思ったのは今夜が満月だからか。

大きな月が夜を照らしていた。

土方の視線に気付いたのか、隣を歩いていた銀時も顔を上げた。

「ああ、今夜は満月か。」

足を止めた銀時につられるように、土方も足を止めた。

 

 

銀時と一緒に飲むようになってどれくらいたつだろう。

待ち合わせをするわけではないが、非番の日に飲みに出ればかなりの確率で銀時と会う。

程よく飲んで、店を出て、二人で帰路をそぞろ歩く。

そしてこの橋を渡り終わったところで別れる。

静まり返った夜の街。

並んでこの橋を渡るのはいったい何度目か?

けれど、橋の真ん中で立ち止まったのはこれが初めてだった。

名残惜しいと。

まだ、別れたくないと。

そう思っていることがばれたのではないだろうか?

そっと銀時の様子を窺うが。

「へえ、川面にもきれいに映ってるな。」

そういって薄く笑う銀時は、ただ純粋にこの時間のこの月を楽しんでいるようだった。

 

 

月を見て、まるで銀時のようだと思ったのはいつだったろうか。

それ以来月を見ると複雑な気持ちになる。

子供の頃。

たった一人自分に優しくしてくれた兄の肩車の上で、月を見たことがある。

家路をたどる自分達の後をついてくるように思えた月。

「ねえ、兄様。お月様がついてくるよ。」

「ははあ、じゃあ、お月様は十四郎のことが大好きなんだね。」

「え?」

「だから十四郎の後をついてくるんだよ。」

月がこんな自分を好き?あんなきれいな月が?

「ねえ、兄様。あのお月様がほしい。」

「え?」

「お月様がほしい!兄様、取って!」

あんなきれいなものを手元に置いていたら、なんだか自分も一緒にきれいになれるような気がしたのだ。

欲しい欲しいとねだったけれど、当たり前だが手に入れることはできなかった。

土方にとって、月は手に入れたくても手に入れられないものの象徴だ。

今夜もまるで手の届きそうなところに浮かんでいるのに、どんなに手を伸ばしても触れることも、手に入れることもできない。

まるで、隣に立つこの男のように。

 

「…星ってさあ、多串くんみてえだよな。」

「はあ?」

突然の言葉に隣を見れば、一緒に月を見上げているものだとばかり思っていたが、その視線は月とは違うところを見ていた。

星?

今夜は月の光が強すぎて、星に目などいかなかった。

探してみれば、月やターミナルの明りに負けそうになりながらも、小さな星がいくつか瞬いて見えた。

俺はあんなに弱くて小さい光だってか!

自分の無力さは重々承知していても、人から言われるのは無性に腹だたしい。ましてや、言ってる相手がこの男ではなおさら。

「え、あれ、なんか怒ってる?褒めたつもりなんだけど。」

「どこがだ。」

「だって、キラッキラしててきれいじゃん。」

「月が明るくてほとんど見えねえじゃねえか。」

「今夜はそうだけど…。でも、星ってすげえじゃん。」

「は?どこが。」

「だって、星は自分で輝いてんだぜ。」

「え?」

「星は星自身がガンガン燃えて光ってるんだぜ。それに距離が恐ろしく遠いから小さく見えるだけで、本当は月の何千倍も何万倍も大きいのばっかりらしいじゃん。」

そういえば…。

「月は太陽の光反射してるだけで自分で光ってるわけじゃねし。せいぜい、地球の周りをぐるぐる回ってるだけだし。」

「ふ。その省エネ感はお前みてえだな。」

なのに、あんなに大きくて明るくて存在感がある。

目に見える姿と実際の姿。

物事をどうとらえるかなんて、結局は見てるこっちの考え方次第なのか。

なんだかもう、月でも星でもなんでもいいや。

ふっと肩から力が抜けた。

 

立ち止まってからどれほどの時間がたったのか?

急ぐ用事などないが、酒で火照った体も少し冷え始めている。

もう、冬が来るんだな…。

帰ろう、と銀時を即そうとして、ふとその体がすぐ隣にあることに気付いた。

並んで歩いていても、服がすりあわない程度の距離。

それが二人の距離だったのに。

銀時の立つ右側が、近づいた銀時の熱でほんのり暖かい。

何だ?…と問おうとして、けど結局、声は出なかった。

そっと重なった唇に、思わず目を見張る。

一度離れた唇は、土方に嫌がる気配がないと分かると再び重なってきた。

今度は舌が入ってきて、辺りには湿った音が響いた。

しばらくしてゆっくりと唇が離れたころには互いに息を乱していた。

何のつもりだ、と、怒鳴りつけようとして。

今更それもどうなんだ、とも思う。

「ええと…。」

米神のあたりをポリポリと掻くしぐさをし、銀時があさっての方向を見ながら言ってきた。

「今夜うち、誰もいないんだよね。…来ない?」

「………。」

言葉の意味をつかむ前に、頷いていた。

そんな土方を見て、ひどく嬉しそうに笑った銀時は、手をつないできた。

まるで逃がさないとでもいうようにぎっちりと手を握った銀時は、土方を即すように歩き出した。

 

いつもの橋を渡る。

この橋を渡り、そのまま真っ直ぐ行けば屯所。

渡り切ったところで右に曲がれば万事屋。

いつもならこの橋を渡り切ったところで別れる。

けれど今夜は銀時に手を引かれて右に曲がった。

これからこんな夜が増えていくのだろうか?

そう思うと、なにやらくすぐったいようないたたまれないようなむず痒い気分になる。

冷えてきたと思ったのが嘘のように体が火照っている。

何だよこれ。照れくさいのか?

いや、嬉しいのかもしれない。

つないでいる銀時の手は、緊張しているのか何やら汗ばんでいて。

多分きっと自分も同じなんだろうと思うと、さらにいたたまれない気分で。

なんだかもう、どこを見て歩いていいのやら…。

 

うろうろと視線をさまよわせた挙句に、お手上げ状態で空を見上げれば、相変わらずのきれいな満月。

 

…ついてきている。

 

ふと、子供のころの記憶がよみがえる。

 

「ねえ、兄様。お月様がついてくるよ。」

「ははあ、じゃあ、お月様は十四郎のことが大好きなんだね。」

「え?」

「だから十四郎の後をついてくるんだよ。」

 

 

『お月様は十四郎のことが大好きなんだね。』

 

〜〜〜〜っ。

 

「え、ちょ、多串くん?どうした?」

真っ赤に赤面して立ち止まった土方に銀時が慌てる。

「や、いや、何でもねえ。」

「なんか、その…嫌になった…とか?」

恐る恐る聞いてくる銀時の声は初めて聴くトーンで。

「そんなんじゃねえ。」

と歩き出せば、ほっとしたように笑った。

 

 

『お月様は十四郎のことが大好きなんだね。』

 

 

ああ、兄貴。

どうやら本当にそうらしい。

 

 

 

 

20140123UP

END

 

 


このお話の季節は作り始めたころの10月下旬から11月上旬です。そんな感じでお読みいただければ…。
以前の「ぎんいろお月さん」の続きではありませんで、月をモチーフにした辺りが共通点といいますか…。
夜の川縁。月夜にいちゃいちゃするお二人をお楽しみいただければな…と思います。
(20140126UP:月子)