「んだよ!この腐れ天パ!」
「腐ってねえよ!天パを馬鹿にすんな!全国の天パの人に謝れ!」
「俺がバカにしてんのは手前だけだ!」
「んだとう!クソ!手前、死ね!」
「上等だ!コラ………。」
約束
不自然に途切れた声。
アレ?と思ってみれば隊服のポケットから携帯を取り出して耳に当てている。
「………。」
巡回中の土方と会って、いつもの通りに喧嘩になって。
けどなんていうか、予定調和…ってやつ?一種のコミュニケーションだ。
喧嘩するからと言って本当に仲が悪いわけではない。
何しろ俺はずっとこいつに横恋慕してて、只今絶賛口説き中なのだ。
その口説きには一切応じてくれないものの、こうして会えば軽口に付き合ってくれる。
「………分かった、すぐ戻る。じゃあ、な。」
あっけなく去っていく黒い隊服。
いつもと変わらない、はずだった。
ちょっと過激な言葉は普段通り。『死ね』って言葉だって、何度言ったか分からない。
次に会った時に、また笑って喧嘩できれば、それで帳消しの暴言。
そう、本当に。
それはいつもと変わらない。………はずだったのに…。
「………おかしくね?」
アレ以来町で土方を見かけなくなった。
まさか、まさかまさかまさか………。
冬場なわけでもないのに背筋がぞくっとして、鳥肌が立つ。
『真選組副長』なんて物騒な仕事をしてる。
一見平和に見えるこの町の『治安を守る』という名目で刀を振るう黒い制服の集団。
それはこの町が隠す暗部を嫌が応でも人々に見せつける。
だから彼らは忌み嫌われる。…彼らのお陰で安定した暮らしができるという一面も確かにあるのに…だ。
そんな組織の頭脳ともいわれる男。
日常普通にテロリストに狙われている。
そうじゃなくても、事件が起きればまっさきに先頭切って突っ込んでいくような男だ。
もしかしたらこの町で、誰よりも『命の危険』というもののそばにいるのかもしれない男。
いやな感じがした。
そういえばこの頃ほかの隊士たちも、落ち着かないように見える。
土方に何かあったのか?
そう思いついてしまったら胸の中のモヤモヤが消えない。
屯所へ押しかけてみるか?それとも誰か捕まえて…。
ぐるりと町中に視線をやると、いつも土方の一番そばにいる男、発見!
「あれ、ジミーくんじゃねえの。」
「だ、旦那。俺はジミーじゃなくて山崎です、や・ま・ざ・き。」
「うんうん、で、ね。ジミーくん。」
「マジで俺の名前覚える気ゼロですね。」
「お宅の副長さん、この頃見かけないけど。どうしたの?」
「え、あ、副長ですか?ああ、あの人なら、こもって、ええと、書類と格闘してますよ、ハハ。」
「ふうん?」
目が泳いでるよ、ジミー。
「屯所にいるの?」
「ああ、ええ、ハイ。そうです。」
「じゃ、お邪魔していい?俺ちょっと用事あるんだ。」
「や、ややややや。その、旦那〜〜〜。」
「ん〜?」
「………あの、副長に怒られるんで…。」
「俺は怒られねえから平気。」
「あああ、そんなア。………もう、本当に他言無用でお願いしますよ。報道規制布いてんですから。」
「報道規制?」
「先日の獲り物の時、副長、怪我されまして。」
声をひそめてジミーが言う。
「現在大江戸病院に入院中なんです。」
「…どんな容体なんだよ。」
「実は数日意識不明でして…、ああ、今はもう落ち着いてるんですが…。」
「………重体だった…ってわけか。」
「副長が入院中なんてことが知れたら、テロリスト共が動き出すかも知れませんから。もう、本当、絶対に口外しないでくださいね!」
「あ〜ああ、いいけどさあ。その代り、副長に合わせろや。」
「そ、そんな!」
「それ、その手に持ってる荷物、多串くんのところに持っていく着替えとかだろ?俺が持って行ってやるからさ。」
「もう、ですからそんなことしたら俺が副長に怒られます〜〜〜、あああ〜〜〜、取り上げないで下さいよ〜〜〜。」
「じゃ、君はお仕事がんばって。」
ジミーから無理やり荷物を奪い取り、やはり無理やり聞き出した病室へと向かう。
静かに扉を開けると、きっとすぐに浴びせられると思っていた怒声はなかった。
恐る恐る中に入ると、動いたのは土方ではなく…。
「あれ、旦那ァ。」
「総一郎君。」
「総悟ですぜ、旦那。山崎のヤロー、バラしちまいましたか。」
「怪我したって?」
「怪我っていうか…まあ、良くも生きてたというか…。」
しぶてえヤローでさあ、と首をすくめる彼の向こうにあるベッドを覗き込む。
点滴につながれた腕。
頭にも腕にも脚にも…で、たぶん布団の中の体にも。いたるところに巻かれている包帯。
「…多串くん…。」
静かに眠る彼は、ともすればすぐにも死をそばに引き寄せてしまいそうだった。
「………。少し変わってもらっていいですかねィ。俺、休憩させてもらいやす。」
「総一郎君…?」
「一応報道規制を布いてはいますが、もしもってこともありますからねィ。必ず護衛がついてんでさあ。」
「分かった。」
パタンと扉が閉まって、部屋の中は点滴の小さな機械音と、土方の静かな寝息とだけになった。
それらの音をかき消すように、俺の心臓は激しく波打っていた。
そっと、土方の頬をさする。
「………ん。」
小さく身じろぎする土方。
目覚めない彼は、今全力で体中の痛みと闘っているのだ。
また、立って。自分の信念を貫き通すために。
生きてた、生きてた。生きていた。
涙が出そうになって、あわててぐっと目に力を込める。
『死ね』と言ってしまった俺に、泣く権利なんかない。
「十四郎。」
その名を生きている君に呼びかけられる事が、これほど嬉しいなんて…。
かろうじて怪我をしていないらしい唇。少しかさつくそこに、そっとキスを落とす。
まだ気持に答えてもらったわけじゃない。だからこれはちょっとフライング…。
けど、怪我のせいで抱きしめることはできないから、今はこのキスを許してほしい。
少しして戻ってきた総一郎君と入れ違いに病室を出た。
俺が病室から離れた後、『あれ、土方さん。起きてたんですかぃ?』と総一郎君が言ったことなど、俺は全く気付かなかった。
「あっれ〜、多串くん。ずいぶんと久し振りじゃねえの。体はもう平気なの?」
「多串じゃねえ。」
「相変わらずそっけないなあ。ちょっと痩せたんじゃない?」
「病院食はまずくてな。ましてやマヨも取り上げられたし。」
「うへえ。そりゃ普通取り上げるよね。…もう、酒は飲める?快気祝い、しようじゃねえの。」
「…ってことは奢りか?」
「割り勘でお願いします。」
ち、とか小さく舌打ちをしながらも、機嫌は悪くないようだ。
何せ、2か月ぶりで、漸くの復帰なのだから。
夜の約束を取り付けて、馴染みの店で飲むこととなった。
「んじゃ、多串くんの復帰を祝って、かんぱ〜〜い。」
半ば無理やりにコップを合わせる。
こぼれる、とか言いながらもゆるく笑っている土方。
いつもに比べれば酒量を抑えている土方は、たぶんまだ本調子じゃないんだろう。
俺としても土方に無理をさせたいわけじゃないから、いつもより早めに切り上げる。
帰路をたどりながら、俺は本当に気分が良かった。
二人きりでいて、こんなに穏やかな空気が長く続いたのは初めてじゃないだろうか?
すごく気分が良くて、でも、心の中にはグレイなモヤモヤが確かにある。
今回は、なんとかなった。
けど、次……は?
報道規制を布いたという真選組。たとえば土方が死んでしまったとして、それを報道するだろうか?
多分土方抜きでもそれなりに統率がとれるようになるまでは、伏せておくだろう。
今回は、回復に向かっていたからジミーだって教えてくれたのだ。
アレで結構食えない性格をしている。
本気で隠し通そうとしたら、にっこり笑って嘘をつくことくらい当たり前にやって見せるだろう。
俺が知らない間に土方が大けがをしたり、もしかしたら死んでしまったり …。そういうことがあっても、俺には知らされない。
あいつが生死の淵をさまよっていたり、もしかしたら死んでしまっていたり。そんなときに、何も知らない俺は、いつものように神楽や新八とばか騒ぎしてたり、パチンコで負けて管巻いてたりするかも知れないのだ。
そんな自分を想像してゾクリと体を震わせた。
「?どうかしたか?」
「いや。」
「そうか、じゃあな。」
いつの間にか、いつも別れる橋のたもとまで来ていた。
「送ってく。」
「はあ?いらねえよ。」
「送らせて。土方にいつもの体力が戻ってきたら、もうこんな心配しないから。」
「………ち。」
プライドの高い土方はこういう庇われ方は業腹だろう。けれど、自分の体力がいつも通りではないことはたぶん本人が一番よく分かっているから。
歩を進めた土方と並んで歩く。
「ねえ、多串くん。」
「多串じゃねえ。」
「あのね、1個だけお願いがあるんだけど。」
「んだよ?」
「多串くんの仕事が危険と隣り合わせなのは分かってるよ。もうチョイ後ろの方にいりゃあいいのに…とか、なんで平気な顔で巡回とかしてんの?とか…思うけど、言わないけどさ。」
「…言ってんじゃねえか。」
「まあ、こういう町中で…?とか?うん、不意に襲われた時はしゃあねえよ。こっちから予測できることじゃねえしな。」
「……万事屋?」
「けどさ、大きな捕り物とかある時ってわかるだろ?んでさ、なんかちょっと今回のテロリスト共危ねえんじゃねえの?ちょっと命の危険感じるぞ…って時はさ。」
「……。」
「前もってちゃんと挨拶しに来てね。」
「は?」
「そうしたら、なんかいい言葉で送り出してやるから。」
「………手前…。」
「『死ね』って言葉なんかで終わりたくないんだ………。」
本当はいい言葉なんかをかけるよりも、言いたい言葉がある。
その捕り物やめたら。多串くんは参加しないで。参加するなら一番後ろにいて。
けど、それが出来る土方は、土方じゃない。
だから、教えてもらったらちゃんと待ってるから。
んでもって、その姿を不自然に見かけなくなったら必ず探すから。
だから………。
「ね、お願い。」
「むさいオッサンにお願いされても、嬉しかねえんだよ。」
「や、銀さんまだおっさんじゃないからね。まだ加齢臭しないから。」
「いや、実はそろそろ…。」
「えええ!?嘘!」
くんくんと自分の着物の匂いを嗅ぐ俺を、小さく苦笑しながら見ている土方。
「………じゃあ、な。」
「へ?」
気づけばもう屯所の門の前まで来ていた。
「あれ、あの、多串くん?」
「………。……覚えてたらな。」
振り返りざまの、聞き洩らしてしまいそうなくらい小さな声。
そのまま屯所の中に入って行ってしまった。
これは聞き届けてくれた …ってことでいいのかな?
心の中のグレイのモヤモヤは消えることはないけれど、そのまわりが何かあったかいものでくるまれたのがわかる。
だけど、どうか。
この約束を果たさなければならない日なんか、ずっとず〜〜〜っと来ませんように。
20081012UP
END
「隣同士の距離」は学生の多串くん視点だったのですが、これは銀さん視点。
学生の多串くんからみれば、結構落ち着いて大人に見えていた銀さんも結構心の中では、モヤモヤを抱えていた…ということですね。
ピンポイントで素敵なリクエストをくださった『ちょかちゃんの母』様、ありがとうございました。
気に入ってくださったならどうぞお持ち帰りください。
いつもの通り背景のお持ち帰りはNG。
文自体を変えなければその他はいい感じでお楽しみください。
もしもどこかに掲載してくださるという場合は、隅っこの方にでも当サイト名と月子の名前を書いておいてください。
これからもよろしくお願いします。
(20081013UP 月子