誕生日の攻防  〜隊士たちの場合〜

 


午前中の巡回が終われば、昼からは非番に入るはずだった。

けれど…。

「す、すみません!!副長!これ、この書類、大至急です!!」

青い顔して山崎が抱えてきたのは、厚さ20センチはあろうかという紙の束。

「なんで、こんなに至急の書類が増えるんだよ!?」

「隊士たちが上げた書類もありますけど、今朝幕府の方から大量に書類が回ってきまして…。」

「……ああ、10日だから…か。」

幕府の書類は大まかに10日20日月末が〆日となっている。

けど、大概10日〆の書類はその数日前には回ってくるはずだった。

「それにしても遅いだろうが。」

「そ、その、それが。」

「ああ!?」

「あ、ああいや、その。前の部署で遅れたらしくて…。」

「前の部署?」

一枚目の書類をぺらりと手に取り、印を見ると…。俺たち真選組を普段から目の敵にしている幕府中枢の部署の印。

「………奴ら〜!」

「あ、あの、お怒りはごもっともですが。その、今日締切なんで!!」

「近藤さんは?」

「あの、いません。」

「ち。」

隊士たちの上げた書類については近藤さんへ回すよう寄り分けさせ、至急の分だけ確認する。

…ったくどうでもいいような案件でもいちいち各部署へ書類を回すなんざ、偉い奴らってのは総じて馬鹿なんじゃないだろうか?と思う。

この経費の無駄遣い。各部署の手間だって相当なもんだ。

奴ら本当にこれを読んでんのか?

そういや、あいつらいっつも暇そうだよな。俺みたいな一部署の副長がこれだけ忙しくしてんのに、奴ら料亭だのゴルフだの行きまくってるみたいじゃねえか。

だからと言って疎かにするわけにもいかない。

奴らが、真選組の足元をすくおうとどんな言いがかりをつけてくるか分からないからだ。

たった一つのミスだって許されない。

最終的には元の量の3分の2位に減った書類をさばく。

昼飯もとらずにやったので、何とか昼過ぎくらいには終えることができた。

ふう。

溜息といっしょに煙草の煙を吐いて、さて、出かけるかと部屋を出た。

あいつには、午後から休みだと伝えてある。

『楽しみに待ってるよ』そう笑った顔には、『けど、何かあったら仕事優先なんだろう?』という諦めの表情もあって…。

否定できない自分。

だからこそ、守れる時の約束は守りたかった。

なのに、あんな書類なんかで邪魔されて!

「副長!」

「原田?どうした。」

はあはあ、と駆け寄ってくる原田。

「すいません、先日から調べてた組織の件なんですけど。」

「…急ぎじゃなければ、山崎か近藤さんに伝えておいてくれないか?俺は、今日はもう上がりだ。」

「いや、実はかねてより武器の密売の疑いのかかってた商人との取引があるらしいんで。」

「何だと!?」

詳細を報告させる。

すぐそばにあった空き部屋に入り、しばらく話を聞いて俺はイライラとテーブルをたたいた。

「原田!」

「ハ、ハイ。」

「報告は簡潔にしろと普段から言っているだろうが!さっきから言ってることがさっぱり分からねえよ。」

「え、えと、あの。詰まりですね、礼の組織の幹部の一人が…ですね。」

相変わらず話は堂々めぐりでさっぱり要領を得ない。

おかしい。こいつはそれほど馬鹿な奴じゃない。

何かあるのか?

じっと原田の顔を睨みつけると、ダラダラと顔中から、そして剃り上げた頭からも大量の汗をかき始めた。

俺は煙草の煙をことさらにゆっくりと吐き出すと、低い声で言った。

「原田。今、何月だ?」

「あ、は、はい?あ、えと、10月ですね。」

「そうだなあ。月末には何があるか覚えてるか?」

「げ、月末?」

「そうだ。今月末。毎年何があるか知ってるか?」

「え、えと…?」

「今月末はなあ。査定の時期だ。」

「あ。」

「薄給に落とされて、泣きを見たくなかったらきちんと報告しろ!」

「は、はい!」

とたんに原田は簡潔に端的に状況を話し始めた。

「…分かった。特に緊急性はないな。」

「…ああ、やっぱり。」

「んだ?やっぱりってのは。」

「ややや、何でもありません!」

「??お前、おかしいぞ?近藤さんが帰ってきたら報告しておけ。何なら、俺が休み明けに伝えておいてもいいが…。」

「………。いえ、自分で伝えます。」

「そうか。」

これで話は終わりだな。と、立ち上がると後ろから原田が焦ったようについてくる。

「あの、副長!その、どこかへお出かけ何ですか?」

「ああ?オフにどこへ行こうと俺の勝手だろうが。」

「それはそうですが、その、何かあったときに連絡がつかないと…。」

「携帯に入れればいいだろうが。」

「え、ええと、そうなんですが…。」

「お前、本当に今日はおかしいぞ?いつものこったろうがよ。」

思ったよりも時間を取ってしまい、そろそろ昼下がりといってもいい時間だ。

昼飯抜きだったから腹も減っているし、どこかで軽く飯を食ってから行った方がいいだろう。何しろ万事屋には食糧があまりない。

誕生日に手ぶらも何だからやっぱり何か買っていくべきだろうか?

あいつなら、…やっぱりケーキか?

…飯を食って、ケーキ屋へ寄って…となると、万事屋へ行くのは夕方近くになってしまうだろうか?

そんなことをつらつらと考えながら屯所の廊下を歩いていると、傍の部屋からぼそぼそと話し声が聞こえてきた。

「…そういう、作戦だから。」

作戦?

「時間差で行くよ。」

???

「あ、」

後ろで原田が焦ったような声を上げる。

部屋の中から聞こえる声は、山崎と主だった隊士たちのもの。

作戦って何だ?今日何か捕り物でもあったか?いや、ないはずだ。

俺から何か指示を出した覚えもない。

そっと障子を開けて中を見ると、20名ばかりの隊士が集まって頭を突き合わせるように小声で話していた。

「まず、俺がこれを持っていく。」

山崎の前には、先ほどと同じくらいの量の書類。

「終わったころに、お前が松平のとっつあんから近藤さんへの呼び出しがあったと伝えるんだ。」

「分かった。」

「副長は、近藤さん捜索の指揮をとらなくちゃいけなくなるわけですね。」

「そうだ。」

「近藤さんは先ほど、職場のお友達と買い物をしているお妙さんの後をつけていることが判明しています。」

「ゆっくりと時間をかけて捜索して、最後にやっと見つけたようにするんだぞ。」

「で、漸く近藤さんが見つかったころに、とっつあんの呼び出しは無しになったと言って、次の書類の束を出す。」

二山目の書類も、やはり結構な高さがあった。

「これを終わらす頃にはたぶん今日もほとんど終わりっていう時間になるはずだ。」

「そうしたら、さすがに副長だって今回のオフはあきらめますよ!」

フルフルと自分の手が震えるのがわかる。

「副長を万事屋の旦那にとられてなるものか!」

「そうだ、副長は俺たち真選組の副長なんだ!」

子供のように『おう!』と声を上げる奴らに、多少力が抜けるものの…。

こいつら全く分かっちゃいない。

真選組は、もう、俺の体の一部だ。

だから、どれだけ忙しくったって、辛いことがあったって。全く苦にならないし、組のために生きて組のために死ねることは俺の本望とさえいえる。

お前らだってその中に入っているのに。俺の一部なのに…。

そして、俺がそんなんだから。

いつも万事屋に我慢ばかりさせている。

会う約束をしていたって、約束通りかなえられる事はほとんどない。

いつも取りやめになったり、途中で呼び出しがあったり。

なのにいつも笑って『しょうがねえな』と許してくれる。

俺にとって真選組がどれだけ大切か分かってくれているからだ。

今日はそんなあいつの誕生日だ。

『生まれた時に捨てられていたから、本当の誕生日かどうかなんてわからねえんだ。』

そういって小さく笑ったあいつ。

『けど、俺を引き取って育ててくれた先生がこの日が誕生日だよって教えてくれたから。』

多分あいつにとって誕生日とはあいつが捨てられた日。

それでいて、あいつが大切に思われていた証拠。

あいつが誕生日をどう思っているのかなんて知らない。

今まで誕生日をどうやって過ごしてきたかなんて知らない。

でも、これからは、周りにいるみんなと『おめでとう』と言い合って楽しく過ごすことができたら…。

そういう『誕生日』が増えていったら…。あいつにとって誕生日は『大切な日』になっていくんじゃないかと思う。

『誕生日には休みを取って会いに行く』そういった俺に。

『無理しないでいいよ』じゃなくて、『絶対に来いよ!俺の誕生日なんだから』そう返せるようになったらいいと思ったのだ。

だから今日は…。

障子をスパンと勢い良く開けた。

「手前ら!!」

「「「「「ふ、副長!!!?」」」」」

「今話していたのは何だ!」

「「「「「い、いや、あの、その、これは…!」」」」」

「全員の名前を覚えたからな!」

「「「「「ひい!」」」」」

「近藤さんを連れ戻して、今日締切の緊急の書類を間に合わせろ!」

「ふ、副長、あの!」

「いいか、一枚たりとも遅れることは許さないぞ。今、原田にも言ったが、月末は査定だ。不備があったりしたら、お前ら全員新人隊士より給料下げてやるからな!」

「「「「「そんな〜〜〜!」」」」」」

「そこまで下げるなんて聞いてねえよ!」

一同から不満の声が上がったが、一睨みで黙らせる。

「俺は明日の昼までオフだ。いつもなら携帯に連絡を入れろ…と言うところだが…。今回は電源を切っておく。1日俺なしでもやってみろ。」

「「「「「えええええ!!?」」」」」

「出来なければ…減給だ。」

「「「「「ええええええ!?」」」」」

理不尽だ〜。と叫ぶ隊士たちを後に部屋を出る。

「早く近藤さんを連れ戻した方がいいんじゃねえのか?お妙さんに殴られて気絶した近藤さんはしばらく使いもんにならねえぞ。」

廊下を歩きながらそう言うと、うわ〜〜っと、悲鳴のような声をあげて何人かが俺を追い抜いていく。

後ろの部屋からは、『大至急の書類だけより分けろ!』とか声が聞こえる。

……何だ、やりゃあできるじゃねえか。

にやりと笑いながら廊下を歩いていると、ちょうど日向になる場所で総悟がふざけたアイマスクをつけて昼寝をしていた。

「そういや、今回お前は静かだったな。」

不本意そうにマスクを外し、肩をすくめる。

「チャイナが先週から、大張り切りで準備してたんでさあ。」

「へえ。」

「あいつの予定にゃあんたも入ってたんでね。」

「そうか。」

「………、嫌われるのは本意じゃねえ。」

小さくつぶやいた総悟の頭をクシャリと混ぜて、じゃあ行ってくる。と歩を進めれば。

「どうせあんたのことだから、ちゃんと携帯の電源は入れておくんでしょう?何かあったら連絡入れますぜィ。」

「分かった。」

言うことだけ言って、再び横になった総悟に。

そういやお前、今の時間は巡回じゃないのか?とも思ったが、構ってるとまた時間を食ってしまうので、まあいいかとため息だけにして。

だいぶ日が傾き始めた町を、かぶき町へと急いだ。

 

 


 

 

 

20081014UP

END

 


タイトルにくっついている『隊士たちの場合』に深い意味はありません。別バージョンもありません。
今回総悟が可愛くなってしまいましたね。
ま、たまには青春する総悟もいいんじゃないかと…。
銀さん、ほぼ出てません。すみません。「銀誕企画」なのに…。
リクエストをくださった『のり巻き』様。ありがとうございます。
楽しく書かせていただきました。
気に入っていただけたなら、どうぞお持ち帰りください。(但し色気ゼロですが…)
いつもの通り背景のお持ち帰りはNG。
文自体を変えなければその他はどうぞいい感じでお楽しみください。
もしもどこかに掲載してくださるという場合は、隅っこの方にでも当サイト名と月子の名前をくっつけておいてください。
(20081015UP 月子)