遅れたBirthday
「俺は俺なりに頑張ったと思うんだよね。」
「…はあ。」
「さりげな〜く誕生日の日にちも知らせてあるし…。欲しい物も伝えたし…。」
「気持ち悪くおねだりしてたアル。」
「当日は仕事入れないようにしつこいくらいに頼んでおいたし。」
「本当にしつこかったですよね。」
「あいつも了承してくれたし。」
「『急な仕事が入らなければ』って言ってたアル。」
「なのによう〜〜〜〜!!」
「仕方ねえじゃねえか!土方さん仕事っつってたろうが〜〜〜!!」
「ウザいアル!!恋人に約束すっぽかされたくらいでケツの穴が小さいネ!!!!」
だからって何も誕生日当日になってキャンセル…って!!!
そう。それは俺の誕生日10月10日のことだった。
誕生日なんだから、何かいいことがあればいいな…と、思ってしまっても許されるだろう?
ましてや、今年は恋人ができたわけだし!
半ば無理やり取り付けた約束だったけど、当日になって急遽キャンセルの電話。
俺が唖然と言葉を失っているうちに『悪い、埋め合わせは後でする』と言って電話は切れてしまった。
そして。
埋め合わせは後でする。といったくせに、その後あいつは仕事で連日忙しく。ずっと会うことができなかった。
「…だから…って…。」
「銀ちゃん、大人げないね。」
「うるせえ。」
「………まあ、いいですけど…。」
「お菓子、たくさんゲットするアル。私にも損はないネ。」
「………。」
幾分義理が見え隠れする新八と神楽を伴って、夕暮れの街を屯所へと向かう。
そんな俺たちの服装は、俺が黒のタキシードにマントをつけ、付け牙をつけたドラキュラ。
新八は、オオカミの気ぐるみから顔だけ出したオオカミ男。
神楽は、俺の用意した魔女の衣装を嫌がり、なぜか白装束に血糊と額には三角の布をつけた幽霊姿。だった。
そう、今日はハロウィン。
まだ、この国ではあまり認知されてない感のあるイベントだが。
だからこその効果は期待できると思った。
『トリックオアトリート』お菓子をくれなきゃ、悪戯するぞ!!
なんて素敵な言葉だ!!どっちに転んでも俺には嬉しいこの選択肢!!俺のためのイベントみたいなもんだろ!!
どうせ土方はこんなイベント知らねえだろうと思うんだ。型物の仕事人間だしな。
だから、誕生日の時すっぽかされた恨みも込めて、悪戯しまくってやろうと思ったわけだ。
思いっきり悪戯して、憂さ晴らして、それで落ち込むのも終わりにしよう!
「「「トリーックオアトリーーーート!!!」」」
3人で大声で叫んで、屯所へと乗り込んだ。
「オラ、菓子を出せ!菓子を!!出さないなら、悪戯するアルヨ!!!」
「あ〜。えっと、お菓子ください、でないと悪戯しますよ。えと、神楽ちゃんが。」
二人がその場にいた隊士たちにそれぞれにそんな風に声をかけていると…。
「おお、お前ら、何だ!?うわあああ。」
出てきた近藤のズボンを神楽がグイと引きずりおろす。
か、神楽ちゃん。いくらなんでも、それはやりすぎ………。
それから、その場は大騒ぎになり誰かがどこからか飴やガムを持ってきてばらまいたり、いつの間にか酒が持ち込まれたりして、訳が分からなくなる。
俺は、そっとその場を離れて土方の私室へと向かった。
皆の声は結構離れたこっちの方まで聞こえているのに、土方が様子を見に出てくる様子はなかった。
何度か忍び込んだことのある土方の私室は、静まり返っていたけれど人の気配はあった。
「トリックオアトリ〜〜〜ト!!」
ざっと障子をあけると、机に向って仕事をしていた土方が鬱陶しそうに振り返った。
「んだ…。」
「だから、トリックオアトリート!お菓子をくれなきゃ、悪戯するぞ〜。ってか、ぜひ悪戯させてください!!」
「ああ、菓子な。」
土方は、机の引き出しをあけると、ぽんと小さな包みを1つ放ってきた。
「…のど飴…?」
「時々、のどが荒れるんでな。常備してある。」
「や、煙草吸い過ぎなんじゃね…?………あ〜〜〜、じゃなくて!!」
え、何これ、え???
お菓子、もらっちゃったよ。
のど飴1個で悪戯我慢しろ…ってか!!?
「あんまりだろ、これは!!!」
「うるせえな。菓子持ってたんだから仕方ねえだろうが。」
そう言いつつも土方の顔はニヤケている。畜生、ハロウィンを知ってたか。
くうう。
「…それにしても、広間の方はすごい騒ぎになってるみたいだな。」
野太い歓声の合間に、ガチャーンと何かが壊れる音も時々聞こえる。
「ああ、うん。新八と神楽も来てっから。」
「ふうん。つまりお前ら『万事屋』が原因…ってことだよな。」
「へ?や、いやいやいや。だってこういうイベントだもんしょうがないじゃん!」
「俺たちが、お前らの楽しみに付き合ってやる義理はねえんだがな…。」
「何言ってんだよ、お宅の隊士たちだって近藤だってえらい騒いでたぜ。」
「…まあ、それでも、終わったら掃除してけや。」
「はい?」
「ほら、バケツ。」
「………。」
なぜか土方の机の陰の方から、銀色の鉄製(?アルミ製かも?)のバケツを引っ張りだしてきた。
「や、何、掃除…って。」
元はと言えばお前が誕生日キャンセルするからだろう!
んでもって、埋め合わせもお預け食らってて…。
悪戯はさせてくれないくせに、掃除はしろ…って。
あまりにも俺がかわいそう過ぎる。
茫然としていた俺は、ふと、ある違和感に気がついた。
「ねえ、何でバケツに蓋がついてんの?」
「蓋?…ああ、そう言われてみれば蓋に見えないこともないな…。」
「え、じゃ何よ、あれ。」
銀色の何の変哲もないバケツの上に白く丸い平たいもので蓋がされているのだ。
「見てみればいいだろうが、それはもう、お前にやったもんだ。」
「や、バケツ貰っても…って………。……あれ?」
バケツが誕生日プレゼントかよ?…と一瞬思うが、引き寄せて白い蓋らしきものをそっと持ち上げると………。
「ひ、土方!!!」
「うん?」
「こ、こ、こ、これは……も、もしかして、憧れの…!!」
興奮のあまり、すんなり言葉が出ない。
覗き込んだバケツの中身は、おいしそうな黄色で、フルフルと揺れている。
とたんに広がる甘い香り。
「俺の憧れの!死ぬまでに1度は食べてみたいと思っていた…アノ……。」
「………。」
「バケツプリン!!!」
興奮して叫ぶ俺に、土方は若干引いた気配だった。
「え、何で何で?ってか、これどうしたの?どこの店の?って、これどれくらいあるんだろう?甘い香りがいいなあ。あれこの白いの蓋かと思ったら皿か。ってここにプッチンってしていいの!!!?」
叫び続ける俺を唖然と見ていた土方が、うるせえとうなった。
「どこで息つぎしたんだよ、落ち着けよ。」
「だって、バケツプリン。憧れの、バケツプリンだよ!」
「分かったから。…とにかく落ち着け。」
そう言われて、漸く口をつぐんだ。
「最初に言っとくが、これは有名店のプリンじゃねえ。市販の、粉で売ってるやつだ。牛乳とか混ぜて作った。だからまあ、ある意味味の保障はされてるが、たぶんべらぼうに美味い…ってもんじゃねえと思う。」
「………え、ってことは、土方が?………作ってくれたの…?」
「…まあ、な。」
「ええええ!?」
「この間は、悪かったな。」
や、ちょ、なんだ?急に!?
それから慌てて事情を聞いたところ。
土方は俺がやんわりさりげな〜く伝えたつもりだった誕生日情報に全く気付いていなかったらしいのだ。
だから、この間の約束もいつもの通りあっさり仕事優先でキャンセルしたものの、特にいつもの約束と変わらないつもりでいたのだそうで。
すると、今日の午前中に新八と神楽が屯所へやってきて、落ち込んだ俺がウザいのなんのと苦情を持ち込み。
今日の夕方、万事屋が乱入するので、土方には俺に優しくしてやってほしいと頼んでいったのだという。
その時になって初めて諸々の事情を知った土方は、スーパーでプリンの素を大量に買占め、ついでにバケツも買い(や、良かったよ。使用済みのじゃなくて)、仕事の合間に食堂へ通ってあのバケツプリンを作ってくれたのだそうだ。
「や、あの、ありがとう。…けど、何でプリン?」
「俺に焼き菓子なんか無理だし。本格的なのは無理でも、混ぜて冷やすだけなら出来るかな…と思ったからだ。」
「何でバケツ?」
「さすがに普通サイズのプリン1個じゃ、貧相だろうが。それで、どんぶりがいいか、タッパーがいいか…って考えてくうちにエスカレートして行って結局バケツになった。」
「ははあ。」
確かにプリンの素を混ぜて固めるだけなら、簡単にできる。
けど、買って済ますんじゃなくて、せめて手作りで…って思ってくれたことが嬉しかった。
「じゃ、早速プッチンてしていい?」
「勝手にしろ、もうそれはお前にやったもんだ。」
大きな白い皿の上にバケツをひっくり返してのせ、バケツの底に穴を開けて何度かバケツをガンガンたたいて…。
「「おおお。」」
プッチン…というより、どっぷんと言う感じでプリンが皿の上に落ちた。
「ああ、ちゃんと固まってたな…。」
ほっとしたように土方が言う。
何でも以前見たTVで、やはり手製のバケツプリンを作っているのを見たとき、一気に固めると中が固まりきらずに崩れてしまっていたのだそうで。
そう言えばさっき『食堂に通って』って言ってたのは、何回かに分けて固めるため…?
忙しい仕事の合間に、慌ただしく食堂へ通う土方。途中、隊士を怒鳴りつけたり、指示を出したりしながら…。からかう隊士だっていたかもしれないのに…。
俺が誕生日を祝ってもらえなかったから…って拗ねてるから…。そう聞かされて、それだけで。
勿論約束を反故にして悪かった…って気持ちもあったんだろう。けど。
ああ、大丈夫。
土方はちゃんと俺のこと好きでいてくれてる…。
差し出されたスプーンでプリンをそっとすくう。
「…美味いか?」
味の保障はされてるとか言ってたくせに少し不安げに聞いてくる。
「ああ、すっげえ美味え。」
甘くて柔らかくて、でもほんのり苦い。
土方の気持ちそのものみたいなプリンだった。
で、何?何で仕事してんのお前。
プリンを堪能する俺の目の前には、煙草をふかしつつすっかり仕事モードの土方。
「この書類、今日中にさばければ明日はオフだ。」
「………がんばって。」
「おう。」
「ちょっと遅れたけど、俺の今年の誕生日は豪華だな。今日は土方の作ったバケツプリンを堪能できて、明日は土方を堪能できるんだから…。」
「っ。」
言い方がやらしいんだよ、お前。
唸るようにつぶやいた土方の耳は、後ろから見ても分かるくらいに真赤だった。
20091005UP
END