始まりの日

前編

 

ただの喧嘩相手だった。

それが、町中で会えば何とはなしに世間話をしたり。

時々、飲み屋で一緒になって飲み明かしたり。

いつの間にか喧嘩をするよりも、和やかな時間を過ごすことの方が多くなっていた。

 

 

あれは一体何回目の時だっただろう。

飲み屋で一緒になって、程よく酒が入った時だった。

それまで、どうでもいい話を饒舌に語っていた銀時が、ふと黙り込んで。

「おい、どうした?」

「あ、や〜、うん。」

しばらく意味不明に唸っていた銀時が、意を決したように顔を上げた。

まっすぐにこちらを見る赤い瞳に思わず、息をつめた。

「俺、さ。お前のこと、好きだから。」

「………は?」

「ああ、ダチ…って意味じゃねえから。ラブだから、エル・オー・ブイ・イーだから。」

「よ、ろずや……。」

「これからお前のこと口説きまくるからね。覚悟しとくように。」

それだけ言うと、初めて俺の分まで金を置いて店を出て行ってしまった。

………。

残された俺は、何だったんだ…としばし呆然とする。

好き…とか言ったか?俺のことが?

アイツが???

イヤイヤイヤ、あり得ねえよ。

だって俺たち、男同士だぜ。

ああ、たぶんふざけたあいつのことだから。何かの罰ゲームとかで『男に告白してこい』とか言われたのに違いない。

俺なら、あとから『あれは冗談』といえばそれで済むと思ったのか?

本気にして、ワタワタ焦ったりしたらきっとからかわれるんだろう。

『え〜、多串くん。あんなの本気にしたの?俺がお前のこと好きなわけないじゃん。』…なんて。

心の隅にチクリと走った痛みには気づかないフリで、そうだそうだとその時は納得したつもりだった。

 

 


けれど、その次の日からあいつは本当に俺の周りをうろちょろし出した。

「だって、俺、言ったじゃん。『これから口説きまくるから』…って。」

「ふざけんな、てめえの罰ゲームに付き合う義理はねえ。」

「はあ?何?罰ゲーム…って。とにかく俺は本気だから、お前が俺の気持ちを信じられるようになるまで、口説き続けるから!」

一体どんなスイッチが入ったもんか?以来俺のそばで好きだ好きだと繰り返すあいつ。

もう、いい。もう、やめてくれ。

ついうっかりこっちもその気になっちまいそうだ。

以前は、喧嘩する俺たちを呆れたように見るのが俺の周辺(真選組の隊士たちや万事屋の子供たち)の常だったのに。

この頃では、迫るアイツを俺が冷たくあしらうのが、常となってしまい。

初めの頃こそ引き気味だった隊士たちも、あんまり俺が冷たくあしらうので『副長、そろそろ答えてやっちゃどうです?』なんてことを言い出す奴も出る始末だ…。

「だって、少なくとも旦那は本気でしょう?」

「総悟…何を根拠に…。」

「あれ、あんた本気で気づいてなかったんですかぃ?旦那はあんたに告白するずいぶん前からあんたにホレてましたぜぃ。」

「だから、何を根拠にそんなことを言うんだ。」

「だってね、俺が一人で巡回してたって旦那は声もかけてきやしませんぜぃ。旦那が絡んでくるのはあんたがいるときだけなんでさぁ。」

「………何だって?」

「旦那を団子屋で見かけるのも、あんたが巡回のシフトに入ってるときだけだし。…どうやって調べてんでしょうねぃ?」

「……マジかよ…。」

「たぶん他の隊士たちだってそんなこととっくに気づいてたんじゃねえですかぃ?あんたと一緒のときに限って旦那と会うなあ…って。」

ウチの隊士たちの、何やら生暖かい雰囲気はそれでだったのか!

町で万事屋の子供たちに会えば。

「こらニコ中。いい加減もったいぶるのヤメロヨ。」

「もったいぶる…って…。」

「あの、土方さん。その、こんなこと僕たちから言うことじゃないのは重々承知してるんですが…。そろそろはっきりしてもらえませんか?銀さん、結構キツイみたいで…。」

「え?」

はっきり?俺はいつもはっきり断ってなかったか?

「や、銀さんの目にフィルターついてる感じなのは分かってんですけど…。銀さんが言うには、本気で断ってるわけじゃない…って言うんですよね。」

「………。」

「銀ちゃんは、お金はないし仕事も大してしないし足も臭いマダオネ。でも格好いいときもあるアル。」

「神楽ちゃん、それはお勧めしてない…って…。」

困ったように笑うメガネ。けど、たぶん俺も同じような表情をしていただろう。

一見ダメダメで、突っ込み所満載で、糖尿予備軍だけど…。

でも、それだけじゃない。

アイツを知っている奴ならみんな同じことを思うだろう。

「あいつのことはともかく……。その荷物は、万事屋の仕事関係の買い物なのか?」

子どもたち二人が持っていたのは折り紙やら、クラッカーやら、模造紙だのペンだの…。近所の子供がらみの仕事だろうか?

「ああ、いえ。明後日、10月10日は銀さんの誕生日なんですよ。」

「え、あいつの?」

「そうアル。これで部屋を飾りつけるネ。」

「ただ…、銀さんいっつも当日には行方不明になるんですよ。」

「行方不明?」

「ちゃんとお祝いするからって伝えておいても、フラっとどこかへ出かけて行っちゃうんです。探しても見つからないし。帰ってくるのは夜になってからで…。冷めちゃった御馳走は僕らと一緒に文句言わずに食べますけど…、集まってくれるみんなは帰ったあとで…。」

「恥ずかしがり屋にもほどがあるアル。」

それはたぶん恥ずかしいのとは違う。

けれど、せっかく祝ってくれようとしている気持ちは嬉しいから、ギリギリ夜中に帰ってきて、ひっそりとご馳走を食べる。

多分、それがアイツの妥協ラインなんだ。

誕生日が嬉しくも特別でもない銀時と。誕生日を祝いたい、と切望する子供たちとの。

「分かった。」

そう言った俺を、子供たちが見上げてくる。

「明後日は俺はたまたまオフ何だ。万事屋を探してとっ捕まえて、家へ連れて行く。」

「本当アルか!?」

「それは助かります。…けど、ご迷惑なんじゃ…。」

せっかくのオフなのに…。メガネがそう言う。俺だってそう思う。

なんだってせっかくのオフに俺はそんなことを請け負ってんだ。

だけど。

「あいつは本当にどうしようもないマダオだな。お前らに心配掛けて…。」

苦笑しながらそういうと、本当ですよね。とメガネが笑った。

 

 


一緒に飲んでいるときだったか…。

微妙に生い立ちの話になって。

その辺はお互いに率先し話したい内容だったわけでもなく…。

じゃあなんでわざわざそんな話してんのか…って言うと、まあ、何つーか負けず嫌いが高じたというか…そんな感じで…。

話したくないのに、それを相手に悟られたくなくて。

言いたくないことは誤魔化しながら、けど相手への突っ込みはきっちり入れて…。

そんな感じでグダグダと話していたんだった。

そこで、あいつには親が無く。寺子屋をやっていた人に育てられた…というくだりを聞いたのだった。

なぜ親がなかったのか?

それについてあいつは触れなかったけれど、病気でもなく事故でもないのなら。

ああ、捨てられたのかな…。と。

確かあの時、俺はそんな印象を受けた記憶がある。

けどまさか、『お前、捨てられたのか?』なんて無神経に聞けるわけもなかったから、確認なんかしたことないけど。

けど、たぶん当たりなんだろう。

誕生日に行方不明になる。なんて、ベタすぎて丸分かりだ。

 

 

 



 

 

20091013UP

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後 編



もう少しお付き合いください。