艶めいて…
「好きなんだけど。」
と言った俺の言葉に、しばらく無言でいた土方は。
「………俺もだな。」
とポツリとつぶやいた。
「じゃあ、両想いだね。」
そう笑ったら。
「………そう、なるか?」
と小さく首を傾げた。
そのしぐさがすっごく可愛い、と思った。
その日からいわゆるお付き合いというものが始まった………、と思うのだが。
そこはそれ、何というか。
いまさら素直になるのは照れくさかったりするし、男同士で両想い……ってどうしたらいいんだ?な感じもあったりして。
今まで通り、会えば軽口の応酬の方が気が楽で。
甘い睦言なんて柄じゃねえよと己を笑ってみたり。
ほんの時々、そんな雰囲気になってそっと唇を合わせるような。
たった、それだけなのに、震えるほどに緊張してる自分。
ああ、どこの中二だよ。
もういい歳した大人だぜ。俺たち。なんて内心突っ込みを入れつつも。
なぜか清く正しいお付き合いが続いていた。
その日の土方は偉く機嫌が良いようだった。
いつもの居酒屋で、先に来ていた土方はすでにいい感じに頬を赤らめていた。
「早いな。」
と声をかけつつ隣に座ると、『今日は夕方までで終いだったんだ』と幾分呂律が怪しくなった口調で言う。
「ほら、飲め。今日は奢ってやる。」
すぐに出てきた俺の分の杯に、手もとの徳利から注いでくれる。
「あんがと。」
ああやっぱり機嫌がいいらしい。
ちらりとこちらを流し見るその視線が恐ろしく艶めいていて、心臓がドキリと一つなった。
それからふだんより少しいい酒を飲み、遠慮なくツマミを頼んで。
「それでな…。」
なんて、ほんのり赤らんだ頬で、楽しそうに仕事中のアレコレや、隊士たちのドジ話なんかを話す土方。
並んで座っている二人の間にあるほんの少しの空間を、ほぼゼロにする勢いで俺の方に体を寄せてくる。
「うんうん、それで?」
相槌を打ちつつ、こちらからも少し体を寄せて、肩が触れんばかりに傍に寄る。
なんか土方、良い匂いするし。
仕事が終わって、シャワーとか浴びてきたのかなあ?なんか、清潔そうな匂いがする。
それがいつもの土方の匂いと、たばこのにおいと合わさって、なんかもう、ドキドキが止まらない。
「だからあ。」
なんて、少し舌ったらずの言い方で、俺の肩に手をかけて。
その手の熱さに、また心臓がドキリと鳴る。
ほんの少し下から上目遣いで俺を見る。潤んだ目が、まるで誘ってるようだ。
ゴクンと唾を飲み込む。
ヤベエよ、二人きりだったらとっくに抱きしめて押し倒して…。
とても口に出せないような妄想を脳内で展開させてると。
「なあ、そういやさ。お前の方はどうなんだ?仕事、してんのかあ?」
ひとしきり自分の話をして満足したのだろうか?俺の方に話を振る。
や、耳元で喋んないでよ。
言葉とともにかかる息がくすぐったくて、人目をはばかることなく抱きしめたくなる…。
「俺〜。うん、まあ、ウチは相変わらずだなあ。仕事あったり無かったり。」
「ふうん?ちゃんと食えてんのか?」
「まあ、それなりに。」
「そうか…。」
「心配してくれて、ありがとね。」
「心配なんか、しちゃいねえよ。」
や、心配してくれてるから聞いてくれてるんでしょうが。素直じゃないものも、可愛い。
しかも相変わらず耳のすぐそばで喋ってるから、なんか、ね。銀さんの銀さんがむずむずし始める。
マジで、そろそろやばい。
初めのうちこそ男同士でなんてどうしたらいいんだ?なんて戸惑ってたけど。や、まあ大体のことは知ってたけど、土方に辛い思いはさせたくないし…なんて。
こっそりいろいろと調べたりして、これなら何とか行けんじゃね?ってくらいの予習は済ませた。
だから、そろそろ機会があれば…なんて思ってたのも本当で。
こんなおいしそうな土方を目の前にしちまったら、今夜は我慢できそうにない。土方の機嫌もいいことだし、頃合いを見て店を出て…。
なんて思ってたら。
すると、ふっと土方が俺の肩から手を放して、自分のお猪口に酒を注いでいた。
土方の手が離れた肩が、ひんやり冷えた気がした。
「………今日……。」
「え?」
「…何でもない。」
ぐいと杯をあおる土方。
『今日』?
今日は、仕事があった。
娘が行方不明だから探してくれ…っていうもので。
その娘ってのが18歳っつうんだから、ただの家出じゃね?と思ったんだけど、警察も捜してくれないし…って泣きつかれて。(や、警察だって家出だと思ったんだと思うけどね)
けど、仕事は仕事。ちょうど生活費も危ない感じだったんで、引き受けて。
見つけてみれば、悪い男に騙されて風俗に入れられそうになってたんで、半ば無理やり強奪して親元へ帰したのだ。
娘を連れだすときに、店の奴とちょっともめて騒ぎにはなったけど、荒事にはならずに済んだ。…んだけど…。
まさか……?
「…多串くん?」
ぼんやりと杯の中を眺めている土方が、はっとしたようにこっちを見る。
その表情。確かに酔いはあるけれど、先ほどまでのような浮かれた感じはなかった。
「…多串じゃ、ねえ。」
ポツリとそう言うと、帰る。と言って席を立った。
「え、ちょ、多串くん!?」
まさか、まさか…。
俺が風俗の店の前で、家出娘といるのをみたのか?
そして、まさか、もしかして…………?
土方がレジで会計を済ませて、ガラガラと戸をあけて出て行く音ではっと我に帰る。
駄目だ、今一人で返しちゃ!
慌てて俺も店を出れば、少し離れたところを土方が早足で歩いていく。
もう、なりふりなんか構っちゃいられない。全力疾走で土方を追いかけた。
「ちょっと、待った!」
土方の腕を掴み、強引に引っ張って薄暗い路地に入る。
「ねえ、今日は機嫌が良かったんじゃないの?」
「………。」
「だから、あんなに積極的にくっついてきてくれたんだろ。」
「…っ。」
積極的…って言葉に引っ掛かったらしいけど、ギュッと唇を噛んで何も言わない。
「機嫌良く酔っ払って、銀さんの耳元で甘く囁いてくれちゃって。」
「………。」
「そうやって銀さんの心臓高鳴らせておいて、さんざん期待させといて一人で帰るわけ?」
「………。俺は…、何にもできねえ。その、せ、迫ったり…とか、誘ったり……とか。」
「はあ?」
「だ、だから。お前にもすぐに飽きられる…って。」
「ええええ!?飽きないよ!飽きたなんて言ってないよね!?」
「総悟が…。」
あんのドS王子が!!
「『付き合い始めたっていうのに、もう何か月も何にもないってことは、飽きられたんでさあ』…っていうから。」
じゃ、さっきのアレコレは土方が一生懸命俺を誘ってくれてたってこと!?
ああ、もう。
ギュッと土方を抱きしめる。
「しっかり煽られたよ。」
そう言って身体を密着させれば、熱をもった俺が分かったんだろう、とたんに外灯に浮かぶ綺麗な顔がすっと赤くなった。
うああ。可愛い!!!
勿論、色っぽく艶っぽく迫ってくれるのも嬉しいんだけど。
こうやって素直な表情を浮かべてくれる方が、ずっとクる。
「全然飽きたりしないよ。土方と会うたびに心臓がどきどきして痛いくらいだ。」
そう言えば、土方の手がそっと俺の心臓の上に触れる。
相当はげしく鼓動しているんだろうと思う。それを確かめて、嬉しそうにほっとしたように土方の表情が緩む。
うわあ。
もう駄目だ。我慢なんて無理!
「あ、のね。今まで手を出さなかったのは、土方のことを傷つけちゃいけないと思ってたからで…。その、ね。もう、予習ばっちりして来たから…さ。その……。」
「…名前……。」
へ?ああ。つい『多串くん』じゃなくて『土方』って呼んでた。
すぐに気づいたってことは、土方も俺にちゃんと名前を呼んでもらいたいって思ってたんだろうか?
本当は『十四郎』…って呼びたいんだけど…。
「…いい、ぜ。………ぎ、銀時。」
ぎ・ん・と・き。〜〜〜〜!!
土方の口から出たその音を聞いた途端、体中の血液が沸騰するかと思った。
危うく鼻血を吹きだすところだった。よく耐えたよ、俺。
「大事にする、から。…十四郎。」
「う、おう。」
それから数十分後。
これまでのなんか比じゃないくらいに、色香の増した土方の姿に悶絶する俺がいた……。
20091025UP
END