キ・ラ・イ、だよ。
子供の頃から、男子に交じって遊びまわっていた俺は男のように振る舞うのに違和感はない。
近藤さんが真選組を立ち上げると聞けば、当たり前にそのメンバーに混ざり。当たり前に副長になった。
それなりに鍛えているから、女にしては筋肉質でがっちりとした身体だし。
隊士たちを怒鳴りつけていたら、元から低めだった声はさらに低くなった。
思いついたときにふかす程度だった煙草も、いつの間にか本数が増えて片時も手放せなくなった。
世間的には『男より恐ろしい女』とか『鬼の女副長』とか言われておおよそ女として見られている評価ではない。
そう言えば、何でだか女からのラブレターとか来たりする。『お姉さまになってください』………お姉さま?
隊士たちだって、怒鳴りつければ真っ青な顔して逃げていく上に、俺の前で平気で下ネタやY談をしやがる。
そうかと思えば、捕り物の真っ最中にふと手が空く時があって、アレ?と思ってあたりを見回せば、隊士たちが俺の周りを囲む陣形を取っているときもある。
そんな指示出してねえよ!とも思うが、不器用な隊士たちの気遣いを感じて温かい気持ちになったりもする。
守られてる、と思う。
それはもどかしいけれど、嬉しいことでもある。
だからこそ。
真選組を、隊士たちを、守りたいと思う。
寝る時間を削って仕事をすることも、お偉いさんのイヤミを聞き流すことも、男どもに混ざって斬り合いをすることも、全く苦ではない。
女の身ではあるけれど、副長としても真選組の一員としても、男に負けないだけの働きはしてると自負している。
「やっほう!ひ〜じかたく〜ん。」
「ち。」
町中で大声で呼ばれた名前に、思わず眉間にしわが寄る。
「あれ、舌うちしたよこの子、挨拶しただけなのに。」
「うるせえ、大体平日の真っ昼間にこんなところで何ダラダラしてんだよ。働けよ。」
「ちゃんと働いてます〜。銀色の玉を追いかけてました〜。」
「パチンコは仕事じゃねえ!この、マダオが!」
「なんか機嫌悪い?せっかくの美人が台無しじゃん。あ、わかったアノ日だ!」
「っ。」
問答無用で振るった刀は、すんでのところで避けられる。
ち。余裕で避けてんじゃねえ。
「違いまさあ、旦那〜。土方さんはアノ日じゃありやせんぜ。それはもうチョイ先。」
「じゃあ、何?排卵日?」
それまで俺の後ろで、薄笑いを浮かべながらやり取りを見ていた総悟が会話に加わる。
セクハラだろ!その発言は。…っていうか町中で話すネタか!?
…女として見られていないのは分かっちゃいるが…。
唯一残っている女らしい部分。
ポニーテールにしてある長い髪がサラリと流れる。
こんなもん一つで女を主張する気は、これっぽっちもないけれど。
なぜか心の隅の方がズキンと痛んだ。…気がした。
けれど、その痛みには気付かない振りで『うるせえ、このドSコンビ。』と毒づいた。
良くわからない『万事屋』なる何でも屋をやってる男。ちゃらんぽらんに生きてるように見えて、大体はちゃらんぽらんなんだけど、それだけじゃない男。
この男に剣の勝負で負けてから、どうにもスッキリしない。
負かすなら徹底的に打ちすえてくれれば素直に負けを認められたのに。
剣を折るという形でついた勝負は、あいつの度量の大きさを俺にまざまざと見せつけるのと同時に、女だからと手加減をされたのではないかという疑念を抱かせた。
隊の中ではそれなりでも、ちょっと腕の立つ奴には適わない自分のふがいなさを突き付けられて悔しい思いと。
いつも必死な俺には、どうしても持ち得ないその余裕と。
そんな風に数え上げたらきりがないんじゃないかと思えるほど、適わない部分がたくさんあって。
そんなあいつに、せめて少しでも追いつきたいと、何か一つでも勝てるものが欲しいと足掻いてみても、いつもかなわぬ無力感に襲われる。
だから、嫌いなんだ。
そう、思っていた。
「よお、また会ったね。」
「…酒くらい気分よく飲ませろよ…。」
夜になって馴染みの居酒屋へ行けば、なぜかかなりの確率で出会う男。
『…まあ、坂田と一緒なら…。』と、普段過保護な近藤さんが夜の一人歩きを容認してくれるようにもなって。
そんなにこいつを信用してるんだろうか?と思うと、幾分複雑な気持ちも交る。
そういや隊士たちも、こいつのことを『万事屋の旦那』と呼んで一目置いている風だし…。
女の俺じゃなくて、こいつだったら?
こいつが近藤さんのそばにいた方が、役に立てるんじゃないだろうか?
時折そんなことを思って落ち込むこともある。
カウンターの隣に座り杯を傾け、他愛もない会話を交わす。
「それにしても、本当、まっすぐだよね。」
「?何がだよ?」
「髪だよ髪。言っとくけど、別に羨ましくなんかねえからな。俺だってキューティクルツヤツヤの髪だったらモテるとか思ってねえからな!」
「…てめえがモテねえのは、髪のせいじゃねえと思う。」
「ちょ、冷静に突っ込むのやめてくんない!?」
「いいじゃねえか、ふわっふわで、綿毛みたいで。」
「それ、ほめてねえよ。」
憮然とする銀時がおかしい。
「けどさ、土方くんの性格ならバッサリ切ってもおかしくねえかな…ってちょっと思った。」
「ああ、真選組を立ち上げる時に切ろうと思ったんだが…。近藤さんが泣いて止めるし…。」
「へえ、…ゴリラが、ねえ。」
「近藤さんはゴリラじゃねえ。……それに、ミツバが…。」
「ん?」
「総悟の姉のミツバが…。故郷のダチなんだけど。総悟から俺が髪を切ろうとしてるって連絡を貰ったらしくて…。」
「反対されたんだ。」
「反対…っつうか…。電話で『十四郎さんが髪を切るなら、私、自害します。』…って…。」
「へ…。」
「あいつ、頑固だから。やると言ったら必ずやるから…。ダチの命かけてまで切ることもねえか…って思ってそのまま伸ばしてる。」
「ふううううん。」
感心してるんだか呆れてるんだか、良く分からない相槌を打ってじっと俺の髪を見る。
や、ちょ、何見てんだよ?
そんなに羨ましいのか?
「お、お前の髪だって、変わってていいと思うぞ。」
「何だよ!変わってるって!」
「だって、ほら。あっちこっちにひねくれててお前の性格をよく表してるし。」
「褒めてねエだろう!それ!」
「元々、褒めてねえし。…ってか、褒める要素ねえし。」
「んだとう!これだけの天パはあんまりいないんだぞ、稀少価値なんだぞ!」
「当たり前だろう!そんな頭の奴が大勢いたら、モッサモッサ鬱陶しくて仕方ねえだろうが!」
それからは売り言葉に買い言葉で、言葉の応酬が続き、とうとう胸倉をつかみあう段になって、店の親父に叱られる。
「二人とも、痴話喧嘩は外でやってくんな。」
「「こいつが!」」
「はいはい、息がぴったりなのはわかったから、とにかく他のお客さんに迷惑だから。」
そう言って外へ放り出された。
「………手前のせいだ。」
「や、土方くんのせいだから。」
憮然という俺に銀時も憮然と答える。
それにしても、さっきなんか気になる言葉を聞いた気が…なんだろう?
ぼんやりと考えながらも屯所へ向かって歩き出すと、銀時もそのまま歩きだした。
「このところ、仕事忙しいの?」
「いや、最近はそうでもねえ。」
「ふうん。」
そんな当たり障りのない会話を交わしながら歩き、いつもならそれぞれに分かれる角へとやってきた。
「じゃあ、な。」
「ああ〜、………。」
「…何だよ?」
「いや、別に。」
変な奴。
そう思いながら屯所の方へ歩き出すと銀時がそのままついてくる。
「…?お前の家は向こうだろうが。」
「や、ああ、うん。そうなんだけど…、ああ、この先のコンビニで限定スイーツ売ってんだよ。」
「へえ?酒飲んだ後にまで甘味かよ、どんだけ甘党なんだよ。」
「糖分はいいよ〜、疲れ取れるしね。…土方くんもちょっとは食べればいいのに。」
「俺は、甘いモンは苦手だ。」
しばらくすると、1件のコンビニが見えてきた。
そこへ入るのかと思ったらその前を素通りする。…違うコンビニなのか?
そのまま何件かのコンビニの前を通り過ぎ、いったいどこのコンビニへ行くつもりなんだ?と思っているうちに屯所へ着いた。
???
銀時は俺についてそのまま私用の際に使う裏木戸までついてきた。
こんな裏道にコンビニはねえぞ。
そう思ってはっとした。
まさか、こいつ。俺のことを送ってくれたのか!?
心の中に、モヤモヤが広がる。
多少酒が入ったにしたって今夜はそんなに酔ってない。一人で返すのが心配なほど俺は頼りないか?と憤る気持ちと。
…それから、もう一つ………。
裏木戸の前で立ち止まれば、思ったとおり銀時の足も止まる。
くるりと振り返り、少し高い所にある銀時の顔をじっと見た。
こいつは何を思って送ってくれたんだ?
その真意を探りたかったのだが、普段から何を考えているのか読めない男だ。こんな暗がりではさらによく分からない。
「………。」
「………、え…と。」
じっと見る俺の視線に耐えかねたように、銀時がガシガシと頭をかく。
そして、そっと手を伸ばして来て俺の結った髪を一房持った。
「ゴリラと、その…ミツバ…さん?総一郎クンの姉ちゃんに感謝しねえとな。」
「は?」
首を傾げた俺の顔のすぐ横。
手に持った髪に銀時がそっと唇を寄せた。
「っ。」
動けないでいる俺の頬にふわりと銀時の柔らかい髪が触れる。
ふわふわなその感触。
そして、何となく香る甘い匂いは銀時の匂い?
急に心臓がドキドキとものすごい勢いで、鼓動を始めた。
その時ふと思い出した。
飲み屋の親父の言っていた言葉。
『痴話喧嘩は外でやってくんな。』…、『痴話』…って、それって…。
他人から見れば、俺はちゃんと女に見えてるってことなのか?
っていうか、銀時には女に見えているのか?
あまりの事態に硬直している俺を見て、クスリと笑った銀時は『じゃあ』と言って1歩離れた。
「お休み、土方くん。またね。」
そう言って、今来た道を戻っていく。
余裕綽々な顔が気に入らない。
やっぱり嫌いだ、あんな奴。
いつもと同じことを思ったはずなのに。
今夜の『嫌い』は、いつもより少しだけ甘いような気がした。
20100928UP
END