どいつも、こいつも。
後編
土方が私服に着替えて部屋を出れば、なぜか屯所内のあちこちで隊士たちのすすり泣く声が聞こえる。
「………どうかしたのか?」
「い、いえ、…お気をつけて…。」
「あ、ああ。」
「あの、乱暴にされたら、すぐに逃げてくださいね。」
「…?」
「あの、まかないのおばちゃんたちが、明日はお赤飯を炊いてくれるそうなので…。」
「赤飯!?」
何か祝い事か!?
…って銀時の誕生日は今日なのに、何で明日赤飯を炊くんだ?…そもそも、隊士でもない銀時のための赤飯をまかないで!?
先ほどから訳のわからない話を聞かされ、土方の頭の中はクエスチョンマークが飛び交っていた。
常なら、誰かをとっ捕まえて言葉の真意を聞き出したのだろうが、ぐずぐずと用意をしていたために、待ち合わせまで時間の余裕がなかった。
帰ってから聞くか…。
そう思い、まるで通夜のようにどんよりと湿った空気を漂わせている屯所を後にした。
「あ、多串くん。」
「多串じゃ、ねえよ。…早かったな。」
「うん、気がせいちゃってさ。」
「そうか。」
満面の笑みの銀時。
ああ、これは恋人と上手くいったのだろう。
心の中のモヤモヤは押し隠して、カウンターに並んで座った。
「今日は奢ってやる。」
「え、ほんと?ラッキー。」
「一応誕生日だからな。」
「えへへ、『おめでとう』は言ってくれねえの?」
「〜〜〜〜〜。おめでとさん。」
ありがとう、と嬉しそうに笑う銀時に、今日だけだからな。とか憎まれ口をきけば。
ああでもない、こうでもない、といつもの言葉遊びが始まって、しょっぱなからノロケられることを避けた土方は内心ほっとした。
素面でノロケ話はきつい。
せめて程よくアルコールを入れてからにしてくれ。
土方の心の声が聞こえたのか?銀時は全く恋人の話には触れずに、当たり障りのない世間話に興じていた。
「おい。」
「ん?」
おかしい。
飲み始めて1時間ばかりたったろうか?
アレだけ悲壮な覚悟でやってきたのにもかかわらず、銀時から恋人の話が出る気配はない。
そうなると、もともと気の短い土方はイライラし始めた。
どうせするならとっととしやがれ。
けれど、自分からノロケろというわけにもいかない。
「きょう、昼間誕生日会だったらしいな。」
自分から振ってしまったことに歯噛みしつつ、これでひとしきり聞いたら終いだ。と幾分ほっとした気分になる。
「なんか、神楽と新八が人を集めてくれたらしいんだよね。つったってさ、それぞれ持ち寄りで集まったから、そう豪華なわけじゃなかったけど…。」
「良かったじゃねえか。」
「ああ、まあなあ。…ちょっと照れ臭かったけどよ…。」
その誕生日会でのドタバタや、相変わらず近藤が妙に殴られたいきさつなどを聞いて、おかしいやら呆れるやら…。
けれど、集まったのはいつも顔を合わすおなじみのメンバーばかりだったらしく、恋人の話は出てこない。
では、誕生日会の後に会ったのだろうか?
「そういや、総悟が…。」
「あああ、ごめん。俺嬉しくって浮かれて、総一郎クンに余計なこと言っちゃった。」
「ああ、いや。」
や、何で俺が謝られてんだ?
「で?ゴリラは明日休みをくれた?」
「近藤さんはゴリラじゃねえ。…まあ、休み…ってわけじゃねえけど、朝はゆっくりでいいって。」
「そ、そうか!!」
よし、とこぶしを握って気合いを入れている。
なんなんだ?
もしかして…。この後恋人と会うのだろうか?
だったら長く居座る訳にもいかないだろう。
それなりに飲んで食べた。
誕生日なんだから、と、ちょっと高めのいい酒やツマミも取り混ぜたので、奢るにしても程よい金額で。これならケチったとも言われないだろう。
運よく、ノロケられることもなかったし、この辺が頃合いかもしれない。
「そろそろ出るか?」
「お、おおおおお、おお。」
途端に焦り始めた銀時に、首を傾げる。
なんなんだ、いったい。
近藤をはじめ、屯所の皆もおかしかったし。
銀時も、なんか変だ。
店の親父におあいそを頼むと、いやににこやかな顔で『銀さん、おめでとう』との言葉が返ってくる。
この人まで銀時の誕生日を知っていたのか…と、銀時の顔の広さに感心していると。
「これ、誕生日のお祝いだよ。いつも贔屓にしてもらってるからね。…まあ、できればツケはなしにしてもらえるとありがたいんだけど。」
「お、サンキュ。」
「じゃ、頑張んな。」
「おう!」
何を頑張るのか?土方は首を傾げたが、貰った純米酒の五合瓶を下げた銀時に即されて、二人は並んで店を出た。
「酒貰っちゃった。万事屋で二次会と行こうぜ。」
「え?」
「お前明日ゆっくりでいいんだろ?」
「ああ、そうだが…。」
これから恋人と会うんじゃないのか?
「途中コンビニで簡単にツマミでも買ってくか。」
「まだ飲むのか?せっかくもらったんだから、大事に飲んだ方がいいんじゃねえのか?」
「全部は開けないよ。…けど、多串くんと飲みたいんだ。」
そう言われれば悪い気はしない。
コンビニで簡単に買い物をする。
「じゃ、行こうぜ。」
店を出たところで、銀時の手が土方の手を握った。
「………?」
土方は唖然とその手を見つめる。
「ん?どうかした?」
「手……、何で繋ぐんだ?俺はそんなに酔ってねえぞ?」
「え、………あれ?」
きょとんと土方を見返す、銀時。
今までどこかふわふわとして幸せそうだった銀時の顔が、すっと青ざめた。
そのあまりの激しい変化を見て土方が驚いていると。
いつもよりトーンの低い銀時の声がした。
「何?それ、俺のことからかってたの?」
「は?」
「浮かれてる俺を見てるのは楽しかった?」
銀時の手が離れて行く。
いくら、秋めいてきたとはいえそれほど気温は低くない。なのに、なんでだか急に寒くなったような気がして、ブルリと土方は身震いした。
「なんか、無理やり付き合わせたみてえで悪かったな。じゃあな。」
土方のことはちらとも見ずに、踵を返す銀時。
唖然とその背中を見ていた土方は、次第に腹が立ってきた。
なんだってんだ!!どいつも、こいつも!!!
意味ありげな目線で人のこと見やがって!
含みのあるようなセリフを言うくせに、確信に迫るようなことは何一つ言わない。
銀時にしたってそうだ。勝手に機嫌を損ねて、勝手に土方を置き去りにする。
今日1日で溜まったイライラが爆発した。
遠ざかっていく銀時の背中を追って走り出した土方は、そのままの勢いでその背中にとび蹴りをくらわせた。
「ぐえええ!」
「何なんだよ!どいつも、こいつも!!」
「え、何?何で俺が蹴られてんですか。…ってか、…え?何?」
「この間っから、はっきりものを言わねえで、分かれっていう方が無理だろうが!恋人がどうの準備がどうの、休みがどうの…って。」
「え、や、だから、俺土方に告白したよね。」
「そんなもの聞いた覚えがねえ!」
「ええええ?」
この間飲んだ時に…、付き合いたいんだけど…って言ったよね。と、銀時が情けない声で言う。
「確かにそれは聞いた。」
「だろ。」
「けど、その相手が俺だなんて聞いてない。」
「えええ?」
「お前、その前好きな人の話だとか言って延々ノロケてたじゃねえか!話の流れから、その好きな人に告白しようと思ってる…って思うだろうが!」
「だから、その好きな人…ってのが、お前何だけど…。」
「俺だなんて一言も言ってねえじゃねえか。」
「えええ、だって『ちょっと目つきのきつい美人で、性格もきついんだけど、まっすぐのところがすごく可愛い子』って言ったじゃん。」
「それのどこが俺なんだよ!」
「え、まんま多串くんのことだけど…。」
「そんなんで俺のことを言ってるなんて分かる訳ねえだろうが。」
「え〜〜。」
え〜じゃねえよ。と思いつつも、漸く事体が見えてきた土方は、少し気持ちが落ち着いてきた。
じゃあ、銀時が恋人と言っていたのは土方のことで、誕生日に恋人と会えると浮かれていたのは土方との約束を取り付けたから喜んでいたのか。
沖田は恋人と過ごす土方をからかってきた訳で。
近藤は、恋人同士の夜をゆっくり過ごせるようにと、明日はゆっくりでいいと言い出し…。
………って、隊士たちがアレコレ言ってたのも、明日赤飯だとかってのも…みんな…!?
そう言えば、飲み屋の親父も『頑張んな』とか言ってなかったか!?
自分が自覚していない間に、いつの間にやら周囲の人間みんなが知るところとなっている…って…。
そういう目で見られていたのかと思うと、いたたまれない気持ちがする。けれど、それは決して嫌な気持ちではなくて…。
銀時がそっと土方の頬に手を伸ばしてきた。
「えと、改めて…付き合いたいんだけど…。」
銀時が恋人の話をするたびにモヤモヤとしていた気持ち。
恋人と上手くいったらいいと思うのに、素直に喜べなかった気持ち。
たとえ自分が辛くても、幸せそうな銀時の顔は見ていたいと思った気持ち。
…それは………。
「『いいんじゃねえか』」
夜中だというのに『やった〜』とか大声で叫んだ銀時は、そのまま土方の手を掴むとものすごい速さで万事屋へと向かって歩きだした。
「え、おい、ちょっと…。」
「もう、待てないから、ちょっと無理だから。」
「がっついてんなよ。」
「いいからもう、そう言うのは。格好付けたってしょうがないから。もう、今すぐ多串くんが欲しいから。」
「〜〜〜〜。」
ストレートに言われて、思わず顔が火照る。
明日、屯所へどんな顔で帰ればいいのか…?
そんな事がチラリと頭の隅を掠ったけれど、早く早くと土方の手を引く銀時に続いて万事屋の玄関をくぐった。
20101016UP
END