俺の立ち位置
後編
山崎が前もって調べていた情報により、敵の集合場所は見当がついていた。
大人数で襲う方を選択したらしい犯人たちは、物陰に隠れながら屋敷に近づいていた。
しかし、そんなものどこから来るのか分かっているのだから脅威にはなりえない。
屋敷に近づいたあたりで、まずは原田の隊が襲いかかり一部の勢力をそぐことに成功する。
続いて屋敷にとりついた者たちを、投石などで追い払う。
消火栓のそばの門では、大量の水が放水され、となりの建物との距離が離れているところでは手りゅう弾なども投げられていた。
そのなりふり構わない手段に、銀時は内心呆れていた。
良くも悪くも銀時の判断基準は自分だ。
作戦の中心は当然剣での攻撃となる。
隊長クラスの者なら、沖田の力量はこれくらい、原田ならこれくらいと考慮することはできるが、末端の隊士たちの力量など測れない。
誰もが銀時と同じように剣を振るえるわけじゃない。
剣の腕がないのなら、投石だろうが放水だろうが使えるものは何でも使う。それが土方の考え方。
目的さえ達成することができれば、手段は問わない。
ああ、そんな泥臭さも、嫌いじゃねえな。
実際に、敷地内への侵入ができたのは元の人数の半数以下に減っていた。
それでもこれだけ大掛かりな作戦を始めてしまった以上、敵も途中で引くわけにはいかなかったのだろう。(引いたとしたって、おそらく次の機会はない)
ほうほうの体で敷地内に潜入してきた者たちと、隊士たちが広い庭のあちこちで戦い始めた。
「お、おい、敵が侵入してきたぞ。こら、ワシのことをちゃんと守れるんだろうな。」
「ご心配なく、侵入できる経路は特定できておりますので。」
涼しい顔をして土方が言う。
銀時は内心呆れた溜息をついた。
それはつまり、敵を敷地内に誘い込んだということだ。
けど、いくら偉いお武家さんの武家屋敷が立ち並ぶ一角で、道幅や隣の家との境がゆったりと取ってあるからといっても、あれだけの敵を真選組ほぼ総出で迎え撃つには敷地の周りだけでは広さが足りない。
これだけ広い庭があるんだから、ここで戦えばいいんじゃね。
多分土方はそう考えたのだろう。
何しろ、ジジイの身柄さえ無傷で守り通せれば、その他は何を壊したって構いやしないのだから。
「う、お、わ、こら、茶室が。 わ、わ、鯉の池が……。」
どっかんどっかん打ち込まれるバズーカーに、ジジイは一人で青くなっているが、その横で土方は平然と立っていた。
「大丈夫です、あなた様の御身はちゃんとお守りしますから。」
神妙な顔をしてはいるが、内心ほくそ笑んでいるのが分かる近藤も銀時も苦笑を禁じ得ない。
そのうち建物の中でも敵の声がし始めた。
「ヤベエんじゃねえの。」
小声で銀時が土方に囁くと。
「手前、計画書読んでねえな。」
「えへ。」
「全く。…大丈夫だ、これも計画のうちだ。」
「え。」
「ここに侵入者がやってくるから、ジジイに怪我をさせるなよ。けど、敵も討ち取るな。」
「は?」
「捉えるだけだ。…出来るだろう?」
当然。と言わんばかりの顔に又心臓がドキリとなる。
やれ、というなら、そりゃやりますけどね。
口の中でもごもごと言っているうちに、部屋へと続く廊下をダダダダっと走る音が聞こえてきた。
部屋で待機していた近藤、土方、銀時の3人がジジイを守るように立った。
スパン、と障子が開き、男が一人飛び込んできた。
「このゲス野郎が!!仲間の恨みを思い知れ!!」
無謀にも一直線に飛び込んできた男を、近藤が打ち伏せる。
その間に、数名の的が飛び込んできたが、そのすべてを銀時と土方で取り押さえた。
「ふ、はははは。」
それまで、ぶるぶる震えていたのが嘘のようにジジイは高笑いをした。
「残念だったな、お前らのようなゴミ虫どもは、処刑してしまうべきなのだ。さあ、真選組よ、皆殺しじゃ、殺してしまえ。」
む、っと銀時が顔をしかめた時、平然と土方が言った。
「それはできません。」
「な、何じゃと?」
「俺たち警察は犯人を捕らえるまでが仕事ですから。こいつらにどのような刑が下されるのかは裁判をして決定します。」
「その必要はない、ワシがいいと言っているのじゃぞ。殺してしまえ!」
「その権限は俺たちにはないと言っているんです。この国では警察が犯人を殺していいのは、こちらの身が危険になるほどの抵抗をされた時です。今こいつらはこうして身柄を拘束されています。そんな犯人を殺したりしたらこちらが罪に問われてしまいます。」
「ワシが許すというのじゃ。」
「申し訳ありませんが…。
ああ、そうですね。どうしてもというのなら、この国の警察の権限を変えていただきたい。俺たちが怪しいと睨んだらすぐに処刑出来るように…と。」
そう言われて、ジジイはふと黙りこんだ。
そんな権限を警察に与えてしまったら…。
正当に使用するものもいるだろう。
しかし、『疑わしい』『気に入らない』…そんな理由で命を取ってしまう者が出ないといえるだろうか?
そんなものが横行したら、大変なことになる。
「ふ、ふん。仕方ないな。では、後のことは頼んだぞ。」
「お任せを。なぜ彼らがあなた様の命を狙おうなどと不届きなことを考えたのか、きっちり調べさせていただきます。」
「ぬ。」
意味ありげな土方の言葉に銀時が乗ってやる。
「まあ、何にもなく襲おうなんて思わねえよな。大体こいつら気質じゃねエだろう。」
「ああ、麻薬や武器の密売組織だ。先日までは大きな後ろ盾があって、資金繰りも潤沢だったはずなんだが…。トラブルがあったらしくてな。この頃動きがおかしかったから警戒はしていたんだ。」
「トラブル?」
すでに見当はついていたが、銀時が分からないふりで聞くと。
「後ろだてについてたのが大物政治家だったらしいんだが…どうやら切り捨てられたらしい。対抗組織に乗り替えたんだな。
お陰でこいつらの事務所や縄張りがその対抗組織に浸食されつつある。」
「ひ、ひどい抗争になって!!!仲間が何人も殺されたんだ!!!」
捕えられた男たちの一人が悲鳴のような声を上げた。
銀時がため息交じりで言った。
「俺は犯罪者の肩を持つ気はさらさらねえけどよう。ああいう世界…って仁義とか言うのを重んじるだろう?ただ手を引くだけならともかく、対抗組織に乗り換える…ってアリなわけ?」
「俺も犯罪者の事情なんてどうでもいいけどな。抗争が激しくなったってことは、組織内の情報だって漏らされてる…ってことだろ。」
「へえええ、血も涙もねえなあ。やだねえ、人間のやることじゃねえよな。」
「全くだな。1ぺん死んでこい…ってくれえに人間腐ってるよな。」
「何だと!お前ら!!」
「え?『重鎮』のことじゃありませんよ?」
「そうだぜ、こいつらの後ろ盾になってた奴の話だぜ。」
「う、お、そ、そうだな。」
ジジイは顔を赤くしたり青くしたりと忙しい。
「さてお前ら、事情はきちんと聞いてやる。お前らだって犯罪は犯したんだ、その分の罰は受けなきゃならねえ。けどなあ。捕まったって、お前らに出来ることが何もなくなるわけじゃねえ。」
「そうだぞ。」
近藤が縛られて畳の上に転がされた男たちの前にしゃがんだ。
「ちゃんと正直に話せ。今お前たちに出来るのはそれだ。俺たちが絶対に悪いようにはしないから。な。」
うおおおおん。
男泣きに泣く彼らを見て銀時は内心溜息をついた。
土方の目的は最初からこれだったのだ。
このジジイがやっていたことを知っていた。
けど、政府の重鎮だからこそ通常の手段では手が出せない。
そんなときにタイミング良く相手から身辺警護の話が持ち込まれた。
調べてみれば、重鎮が恐れるのは件の組織がらみ。
重鎮の家を襲撃した犯人を取り調べるのは、当然のこと。
その話の中で、重鎮の犯罪が明らかになってしまったとしても、それは不可抗力。
そういう筋書きだろう。
ワシは休む。そういい置いて部屋を出て行ったジジイを見送った後。
「それだけじゃねえよ。」
「へ?」
銀時が土方の思惑に気がついたのが分かったのか、土方はさらに言った。
「仮にジジイが罪を逃れて失脚しなくても、俺たちはあいつの弱みを握れる。」
「もしかして…。」
「ああ、あいつはもともとは真選組に対してあまり良い感情は持っていないからな。事あるごとに『取りつぶしてやる。』と息巻いてたからな。」
「今回良くうちに仕事持ってきたよね。」
「ヤクザ者相手の捨てゴマにはちょうどいいとでも思ってたんだろ。けど、これでそう簡単には俺たちをつぶせなくなる。」
「なるほどね。」
剣の腕では負けない自信が銀時にはある。
頭だって、他のバカばっかりの隊士たちに比べれば、ずっといいと思う。
けれど、同じ状況になったとき。
ほんの小さな一つのきっかけを。
最大限の成果を得る作戦に変えるなど自分だったら考えつくだろうか?
それほど強くない隊士たちでも、生き残れる作戦を立てられるだろうか?
そして何より。
この男についていけば、自分は生き残れるのだという安心感を隊士たちに与えることができるだろうか。
それができる男だからこそ、隊士たちは誰も土方を軽んじることはなかったのだ。
カチリ。
するはずのない音が聞こえた気がした。
それは、ジグソーパズルの最後のピースがはまった音。
それまで組の中でもどこか浮いた存在で馴染めていないような気がしていた銀時が、『真選組』での自分の立ち位置をようやく見つけたのだ。
土方が作戦を考え、自分が実行していく。
それはひどく魅力的なことに思えた。
ようやく、自分もこの組織を守る一員であり、土方たちと一緒にやっていくのだと実感できた。
「なあ、土方くん。」
「んだよ。」
「…なんか俺、恋しちゃったみたいよ。」
「はあ?………何なんだよ、急に。………まあ、がんばれよ。」
「おう。…ということで。」
銀時は土方の両腕を掴んでグイと引き寄せた。
「これからヨロシクネ。」
ちゅ、っと唇を奪えば、唖然とした顔。
あれ、この顔も可愛いなあ。
ほのぼのと思っていたら。
「…手前、何しやがる!」
「ぶほ!」
パンチを食らって隣の部屋まで吹っ飛んだ銀時であった。
「……、トシ、容赦ないなあ。」
近藤の呟きに、捕えられた犯人たちが頷いてた。
20101025UP
END