記憶の中のLovesong 4
早朝。
土方に起こされて、銀時も渋々身体を起こした。
「俺はこれから仕事なんだよ。」
そう言って慌ただしく身支度をする土方を恨めしく布団から見上げる。
………あれ、なんかこんなこと前にもあった…?
「忙しいんだね、警察…って。」
「…本当なら、警察がヒマなのが一番なんだろうな。」
想いもかけずに苦笑交じりの答えが返ってくる。
けど、暇なんて耐えられないだろう?
そう思って、…あれ、自分は何でこんなことを?…と首を傾げる。
確かに自分たちは知り合いだったのだろう。
土方はとても銀時に親身になってくれると感じる。
けれど、自分の中にある土方の認識は、『ただの知り合い』の範疇を超えてはいないか?
彼の人間性や、癖、物の考え方などが、面白いようによく読める…気がする。
「おはよう、もう、時間よ?」
桔梗が部屋の外から声をかけてくる。
「ああ。もう、出られる。」
土方が答えて、そっと襖が開けられる。
土方の身だしなみを桔梗が整えてやっているのをぼんやりと眺めながら。
「………ああ、腹減ったな。」
銀時がぼやくと、桔梗がクスクスと笑った。
「もうちょっとしたら何か用意させるわね。」
「あ〜うん。」
「何が食べたい?」
「何?…ううん、何だろう?」
なんだか日頃の朝食は大変に質素なものだったように思う。
だから、贅沢を言うつもりは全くないのだけど、今自分が欲しているのは全く違うものだ。
「何だろうなあ?う〜ん…?」
真剣に考え始めてしまった銀時を、溜め息交じりに見ていた土方は『俺はもう行くぞ』と腰に剣を差した。
「あ、わかった。…オムライスだ。」
「え?…それは、ウチの厨房で作ってもらえるかしら…?」
桔梗が首を傾げる。
「事が落ち着いて万事屋に帰ったら作ってやる。」
剣の位置を直しながら、土方が言った。
「あら、十四郎さん、作れるの?」
「まあ、な。」
あそこの餓鬼共は良く食うんだ。
などと話している土方の声は、銀時の耳には届いていなかった。
『じゃあ、な』といって部屋を出て行った土方のことも良く見ていなかった。
連れて行ってくれと言うつもりだったことも、何もかも頭から吹っ飛んでいた。
そんなことよりも、頭の中に浮かんだ映像をつなぐのに必死だったからだ。
二人で、スーパーで買い物をした。
たくさんの米を担いで。たくさんの卵とチキンライスに混ぜる具材と、ケチャップとマヨネーズを重い重いと文句をいいながら運んだ。
それから、古い建物の2階へあがって、子供たちに迎え入れられて。
それから、…ああ、そうだ。
神楽が土方に抱きついて。
オムライスオムライスオムライスオムライスとまるで何かの呪文みたいにねだって。
銀時と新八がしまいっぱなしだった布団を干したりしている間に、土方がごはんを炊いてくれて。
蒸気がシューっと上がって。
神楽がごはんの匂いだと大喜びして。
ウチにある一番でかい皿には神楽のオムライスが。
それから銀時のと新八のと土方のと、4人分のオムライスをテーブルに並べて。
皆でケチャップをかけて、土方だけマヨネーズを大量にかけて。
『『『『いただきます。』』』』と声をそろえて食べた。
「どうしたの?銀さん。」
土方を見送って戻ってきた桔梗が呆然としていた銀時に声をかける。
「オムライス…。」
「あ、すぐに頼んでくるわね。」
「いや、いい、そうじゃなくて…。」
「銀さん?」
「俺、食べた。あいつが作ったオムライス。神楽がいて新八がいて、みんなで…。」
「え?思い出したの!?」
「…多分。ああ、そうだ。」
男たちに追いかけられたあの日は、銀時の誕生日で。
「俺、なんか変な奴らに追いかけられて…、殴られたんだっけ。…で、川に落ちて…。」
「そう、そうよ。それで、ウチのお店の裏に流れ着いたの!!」
「あんたが桔梗だ。以前土方が吉原につきっきりになってる時に、騒ぐ女の子たちを抑えてくれてた。」
「あたしは十四郎さんが大切にしているモノが何かを知っていただけよ。」
「それで………。」
ちょっと待て。
記憶が戻ってきた興奮を、何とか収めて冷静になれと自分に言い聞かせる。
「あいつ、仕事だって?」
「ええ、そう言ってたわ。」
確かに忙しい男だ。仕事というのは嘘ではないのだろう。
…けれど、きっと土方は銀時を追っている男たちを探すんだろう。
多分銀時が記憶喪失だからと口が滑ったのだろう。
昨夜土方は銀時の誕生日の日は仕事だった。と言った。そしてそのあと続けて宇宙海賊春雨の話を始めた。
ということは、多分その日の『仕事』も銀時がらみの案件だったのだろう。
けれど、あの日。
そんなことはおくびにも出さず。ただ、仕事で約束を守れないことを詫び、3倍にして返すと笑った。
誕生日である銀時に気を使わせないために…だ。
自分はそばにいられないけれど、せめて楽しんでほしいと思ったからだ。
畜生。何度惚れ直させれば気が済むのか…。
「俺も行く。」
「ええ?ダメよ。十四郎さんに止められているもの。あなたをここから出すな…って。」
「けど、もう記憶が戻ったんだからいいだろ?」
「ダメ。それならそれで、確認取るから。ちょっと待ってて、十四郎さんに電話してくるわ。」
「携帯とかねえの?」
「あるわけないわ。遊女は携帯なんか持たせて貰えないのよ。勝手に外と連絡取られたら困るでしょ?」
「あ、…ああ、そうか。」
この毅然とした人は、そう言えば遊女だった。と改めて思う。
「あのお、桔梗様…。」
幾分幼い女の子の声が部屋の外からかけられる。
「何?」
銀時に部屋の奥にいるように言って、桔梗は部屋から出た。
「…何ですって?どうしてすぐに言わなかったの?」
「す、すみません。夕べはお人払いがされていたので…。」
「そう…だったわね。ごめんね、怒ったりして。…それで?」
「はい……。」
しばらくボソボソと話す声がして、桔梗が部屋の中へと戻ってきた。
「どうした?」
「春雨の関係者が、昨夜この花街に来たんですって。」
「え?」
「あなたを追っていた人たちとは断定できないんだけど…普通に客としてきたみたい。」
「この店に?」
「いいえ、他の店。とにかくこのことも十四郎さんに報告しなきゃ。」
「そいつらは?もう帰ったのか?」
「ええ、らしいわ。悔しいわね。タッチの差だったわ。銀さんの記憶が戻ったんだから、顔を見れば一発だったのに…。」
「そう…だな。」
外へ出てしまっては探すことは困難だ。
けど、警察なら…?
多分土方ならそう時間をかけずに見つけるだろう。
そうなったら…土方ならどうする…?一人で乗り込んで行ったりはしないだろうか?
「桔梗、頼む。俺を外に出してくれ。」
「…ダメ…って言わなかったかしら。」
「あんたはあいつの友達だ。…だから、できればあんたに迷惑はかけたくない。」
「迷惑なんて…。」
「…そうじゃない。俺がここから無理やり出たら、多少はあんたに迷惑がかかるだろう?」
外の人間を店主に内緒でかくまっていたのだ。
この花街で、桔梗がどんな地位にいるのか知らない。
けれど、何をしても許されるほどの自由はないはずだ。
銀時をかくまったことが知れて、桔梗が何か不利益をこうむるのは心苦しい。
誰にも見つからずにここを出るには桔梗の協力が不可欠なのだ。
「…あたしに十四郎さんとの約束を破れ…って言ってるの?」
「俺はあいつも守りたいだけなんだよ。
今回俺が狙われたのは、もともとは俺が巻いた種だ。なのにあいつは、自分だけでカタをつけようとしてる。」
「…それがどうしてだか………分かってるの?」
「ああ、分かってる。」
銀時が心配だから。銀時を守りたいから。
その気持ちは嬉しい。
けれど、銀時だって土方が心配で、土方を守りたいのだ。
「………もう、仕方ないわね。いいわ、外へ出してあげる。」
「サンキュ。」
「いいのよ。あたしだって、十四郎さんに怪我してほしい訳じゃないんだから。」
そう言って少し考え込んだ桔梗は、『少し待って。』と言った。
「外へ出たら、春雨の奴らを追うんでしょう?………ちょっとあたりをつけてくるから。」
「へ?」
「あたしはこの花街から外には出られないわ。…けど、この花街の中だったら大抵のことは出来るのよ。………出来ないこともあるけどね。」
そう言って小さく笑うと、桔梗は部屋を出て行った。
ふう、とため息をつくと、銀時は奥の部屋に吊るしてあった元の自分の服に着替えた。
記憶のない時は、それが誰のものなのか分からなかったが、手を通せばきちんと洗濯をされているのが分かる。
びしょぬれだった服を洗ってくれたのだろう。
心の中で桔梗に感謝しつつ、待っていると小1時間ほどして戻ってきた。
「昨日あいつらを接待した店と、花街の門番をしてる男とに話を聞いて来たわ。」
「おい。」
「大丈夫。あなたのことは話してないから。
なんでもね、あなたが追われていた頃、春雨の構成員が大挙して地球に来たらしいんだけど、ターミナルで門前払いを食わされたらしいわ。」
「………まさか…。」
「十四郎さんがやったみたいね。」
やることが大胆よねえ。
そう笑って桔梗は続けた。
「そいつらが来たら、手柄を横取りされるかもしれない…っていうんで、慌ててあなたを襲ったみたいね。けど、上手いことライバルたちが追い払われたんで、じっくり腰を据えて探すことにしたみたいよ。」
「ありがたくねえなあ。」
「家を探すような話もしてたみたい。…ただ、あなたを初めに見つけたのがかぶき町の飲み屋のそばだったから、まずはその辺りを探すようなことを言ってたそうよ。」
「そう…か。」
「で、ここからは門番の話。奴らはここを出て、ターミナル方面へ行ったって。そっちの方に隠れ家があるらしいわ。」
「分かった。ありがとう。」
「いいのよ。1つ謝らなきゃならないこともあるし。」
「へ?」
銀時が桔梗の顔を見返したとき、ドスドスドスと廊下を歩いてくる足音が聞こえた。
スパンと勢いよく襖を開けたのは…。
「多串くん………。」
「記憶が戻った…ってのは本当らしいな。」
不機嫌そうな顔で土方が立っていた。
「お互いに相手が心配で、一人で無茶やらせたくないって思ってるんなら、二人で一緒に行けばいいでしょ?」
そう言って桔梗はにっこりと笑った。
「早くこれに着替えろ。」
苦い表情のままの土方に、風呂敷に包んである真選組の隊服を投げつけられる。
「ぶ。…何!?」
「手前は『遊び疲れてうっかり寝過して仕事に遅刻した隊士で、店から連絡を受けて副長の俺が直々に引き取りに着てやったんだ。感謝しろ!』…って設定だ。」
「ああ〜、はいはい。」
お行儀よく桔梗が後ろを向いている間に、素早く隊服に着替え自分の服は風呂敷に包む。
銀時が着替えている間に、桔梗が先ほどと同じ話を土方に聞かせている。
頷いた土方が携帯であちこちに連絡を取る。
「…俺にもやらせてくれるんでしょう?」
「………手前の巻いた種だからな。」
そう言って首をすくめる土方は思ったよりも怒っている風ではなかった。
銀時が一人で抜け出して無茶をやるのは許さなくても、目が届くところで無茶をやるのは構わないということなのか?
止めても無駄だとあきらめているだけなのかもしれないが…。
そうこうしているうちに、土方の携帯が鳴る。
「行くぞ万事屋。網に引っ掛かった。」
「ヘイヘイ。」
「二度と点数稼ぎなんてケチくさい理由で手前にちょっかい出そうなんて気を起こさないくらいに、ギッタンギッタンに切り刻んでやれ。」
「あ〜ははは。本当多串くんは喧嘩が好きだよねえ。」
物騒に光る目はいつ見ても綺麗だ。
ターミナルで春雨の入国を阻止した…って?
そのためにどれだけあちこちに頭を下げ、嫌味を言われ、無茶をしたんだか…。
そんなのは土方の本来の姿じゃない。
銀時のための我慢など、もう二度とさせない。
そのためには、やはり奴らに銀時に手を出したら損だと思わせなくてはならないだろう。
「しょーがねえな、やるか。」
着なれない隊服に『洞爺湖』を差した。
「行ってらっしゃい。」
「今夜二人で飲みに来る。」
見送る桔梗に言った土方の言葉に、銀時も頷いた。
「改めて今夜ゆっくり話をしようや。」
「二人共。あたしに責任を感じさせたくなかったら、絶対に怪我なんかしてくるんじゃないわよ。」
桔梗が綺麗に笑った。
20101104UP
END