叶えたい事
後編
「さてどうするか。」
「とにかく行くしかねえだろ。」
「手分けするか?」
「じゃあ、一番遠いのは俺がバイクで行ってくるわ。」
「なら、やくざの事務所には俺は行こう。」
「もう1件のが神楽と新八な。」
「………。」
「………。」
アレから立て続けに2件依頼が来た。
どれも届け物で、どれも期限は今日中で、どれものっぴきならない事情を抱えたものだった。
平素なら、二つ返事で引き受けただろう。
けれど、今日は銀時の誕生日なのだ。
土方と一緒にダラダラしたいという銀時の望みをかなえるために、今まで頑張ってきたというのに!
神楽は新八を見た。
新八も神楽を見て、そして『うん』と頷いた。
「銀ちゃんたちは、森林公園に行くアル。」
「はあ?」
「届け物には僕らが行ってきます!」
「ちょ、お前ら…。」
「だって今日しかないアル。今日お休みだから、フクチョーは明日は仕事に行かなきゃいけないアル。」
「僕らだって、明日からの依頼も来てますし…。」
「だからって…。」
「銀ちゃんがフクチョーとダラダラできるのは、今日だけネ。」
「大丈夫ですよ。何か難しいことがあるわけじゃないんですから。ただ頼まれたものを届けるだけですから。」
「定春に乗っていけば、こんなのちゃちゃっと終わるアル。」
「だから終わってから行けば…。」
けど、それが無理そうなのは銀時にも分かっていた。
3件それぞれの込み入った事情を聴いているうちに、時間はだいぶたっていて、そろそろ昼が近い時間となっていた。
これから3件の届け物をして、それが終わってから公園に行ったところで、それほどゆっくりはできないだろう。
「とにかく!私たちで行ってくるアル!銀ちゃんはフクチョーとダラダラするヨロシ!行くよ!定春!」
「神楽ちゃん!一番小さいのでいいから1個荷物持ってよ!」
叫ぶように言う神楽の後をアタフタと新八が追うようにして、二人は出て行ってしまった。
「「………。」」
残された二人は唖然と子供たちが出かけた玄関を見つめていた。
「………ああ、まあ、何だ。せっかくの気遣いだし…。とにかくダラダラすっか。」
「…森林公園、行く気かよ?」
「………ああ〜、いや……。」
元々銀時は森林公園へ『行きたかった』訳ではない。
何もせずに家にいるので十分だったのだけど、それでは『なにかしたい』という子供たちの気が済まないということで、公園へと言うことになったのに過ぎない。
かといって、ただ部屋にいたって………。
「「………。」」
子供たちがお膳立てしてくれたとはいえ、なんとも落ち着かない。
2人がいざという時に頼りになるのは分かっている。
けれど、同時にその行動が予測不可能なことも嫌というほど分かっている。
並んでソファに座り、テレビを見ていても互いに心ここにあらずだった。
「………あ〜〜〜、しゃあねえな!」
「ああ、かえって精神衛生上良くない。」
二人は同時に立ちあがった。
そして銀時は木刀を、土方は真剣を腰に差す。
「場所は分かってるんだ、ちょっくら行くか。」
「おうよ。」
神楽には仕事の時はとにかく定春を暴走させないようにと言ってある。
警察につかまったり、だれかに絡まれたりしたらその方が却って面倒だし時間を食うからである。
『急がば回れだ』そういい続けてきたのが功を奏したのか、定春は安全走行を行ったらしい。
ちょっと飛ばし気味で(しかも裏道を駆使し)バイクを走らせた銀時と土方が1件目の配達先に着いたのは、子供たちが場所を確認して荷物を持って入ろうとする丁度その時だった。
「ちゃんと着いてたな。」
「とりあえずはな。」
物陰で様子をうかがっていると、しばらくして二人は出てきた。
神楽が何か文句をいい、新八が必死になだめていたので『円満に』とはいかなかったようだが、とにかく無事に配達は終わった。
2件目へ向かう二人の後を、少し離れた所から付いていく。
「いやあ、定春にバックミラー付いてなくて良かったわ。」
「ああ、付いてたらモロバレだったな。」
バイクの後ろに座っている土方が言う。
こんなことでもないと、二人乗りは駄目だとか言って土方は銀時のバイクには乗ってくれなかっただろう。
ちょっと楽しい気分で銀時はバイクを走らせていた。
「次は………このルートだと、一番遠いところだな。」
「メガネの知恵かな。」
一番面倒そうなヤクザの事務所は最後に回したらしい。
拘束されているらしい弟には悪いが、1件目で手間取るよりはまず2件配達してしまった方が効率は良い。
途中、通行人とトラブルになりそうになったりしながらも何とか2件目についた。
「お腹すいたアル。」
グルグルとお腹を鳴らす神楽。そろそろ昼時だ。
「これが終わったらパンでも買って食べようか。」
と新八がなだめるように言う。
「パンくらいじゃ足りないアル。」
悲しそうに言いつつ、2件目のビルへと入っていた。
「くそ、握り飯の1つも持たせるんだった…。」
物陰から見ていた土方がそうつぶやくのに、『お母さんだねえ』と銀時が笑う。
「お母さんじゃねえよ。メシ買って置いておくわけにもいかねえしな…。」
土方はとにかく自分がいる時は神楽にきちんと食べさせるのが使命だと思っている節がある。
「そんなことしたら俺たちが付いて回ってるのがバレるだろ。」
「だよなあ。」
そう言って土方は、何かを考え始めた。
「…ちょっとそこのコンビニに行ってくる。」
「え、おい、多串くん!?」
すぐそばにあるコンビニへとすたすたと歩いて行ってしまう。
慌てて銀時が追いかけると、土方はコンビニでおにぎりやパンなどを大量に買い込んでいた。
「渡せねえだろそんなの。」
「俺らが渡さなきゃいい。」
「へ?」
土方はかごいっぱいの食料の会計を済ますと店員にその袋を差し出した。
神楽と新八の特徴を伝え、その子らが買い物に来たらこれを渡してほしいと頼んでいる。
「賞味期限切れ間近でも、客からクレームがあって返品された商品だ…でも何でもいい。適当な理由を言って渡してほしい。」
「はあ………分かりました…。」
もとより会計は済んでいる訳で、店にとっての損失になるわけでもない。
「…この店に来るかどうかも分かんねえのに。」
「ここが一番近い。チャイナのあの様子じゃ、ビルから出てきたらこの店に直行だ。早く出るぞ。鉢合わせしたら不味い。」
「お、おう。」
2人が慌てて店を出て、道の反対側の建物の陰に駆け込むのと同時くらいに神楽と新八がビルから出てきた。
「これで2件目終了だね。」
「お腹すいたお腹すいたお腹すいた。」
「はいはい。…じゃあ、あのコンビニで何か買って行こうか。」
「どうせ食パンかなんかだろーが。」
「しょうがないだろ。食パンが安くて一番大きいんだから。」
そんな事を言いながら店に入っていた二人はほどなくして大きな袋をぶら下げて出てきた。
「いやあ、ラッキーだったね、神楽ちゃん。」
「賞味期限なんか1日2日過ぎてたって平気なのに、もったいないアル。」
「そうは言ってもお店では早めに撤去しないと、文句を言うお客さんもいるからね。」
店員は土方が頼んだ通りにしてくれたらしい。
店の前に置かれたベンチに二人並んで座って、パンの袋を開けた。
「「いただきます。」アルヨ。」
よしよし、と頷く土方の耳元で銀時がそっと呟いた。
「俺も腹減った。」
「っ。耳元で喋るな!」
「腹減ったなあ。あ〜あ。腹減った。」
「ち。………3件目に先回りしてそっちの近所で何か食うか?」
「そうだね。」
ふたりはそっとその場を離れると、3件目のヤクザの事務所の近くへと先回りしてそのすぐそばにある牛丼屋に入った。
銀時にとってはすでに慣れた感のある土方スペシャル。
周りの客にドン引きされながらも簡単に昼食をすます。
「おい、来たぞ。」
丁度店を出ようとしたとき、その目の前を定春が横切った。
「バイク、奥の方に止めておいて良かった…。」
少し先にあるやくざの事務所の前に泊まった定春。
定春からおりると、神楽と新八は荷物を持って事務所に入って行った。
銀時と土方がそっとそのビルのそばに近寄る。
「こ、これは母さんの形見じゃないか!!!」
弟のものと思われる声が上がった。
「こんな大事な品物を出すなんて!!なんて冷たい姉だ!母さんの思い出を!!」
「お前、何言ってるアルカ!マミーの形見なんて好きで出す人はいないネ!もう、これしか出すものがなかったアル!」
「お姉さんは、これが最後と言っていましたよ。」
「っ。」
「何でお前は自分の作った借金なのに自分で返さないアルカ?」
「お姉さんは、お金を生み出す道具じゃありませんよ。」
「っ。」
会い間にやくざの声も聞こえていたが、依頼主の必死な顔を知っている神楽や新八のまっすぐな言葉に、弟の方も何か感じるものはあるようだった。
着物は上等なものであったらしく、弟は何とか解放されたようだった。
神楽と新八と一緒に、幾分崩れた身なりの男も一緒に出てきた。
「………そうですか…姉に子供が………。」
「もう、あなたも自立しないと。」
「いつまでも姉ちゃんに心配かけるんじゃないアルヨ。」
「……そうですね…。まずは姉に謝りに行って…。それから仕事を探します。」
その決意がどの程度固いものなのかは分からないが、がんばってほしいと(物陰から見ている二人を含めて)四人は思った。
「これで配達は終わりアル。」
「うん。帰ろうか。」
万事屋へと戻る子供たちを見送って、銀時と土方はほっと肩の力を抜いた。
「ま、無事済んで良かったな。」
「ちゃんとできるじゃねえか。心配するほどのこともなかったな。」
「ああ。」
「………ま、分かってても心配はしちまうけどな。」
「そうなんだよねえ。」
「で、これからどうする?森林公園、行くか?」
「………ま、行った振りでのんびり帰ればいいんじゃね?」
「………とんだ誕生日になっちまったな。」
「え?俺結構楽しかったけど?」
「ん?」
「ガキども見てハラハラしたり、見つからないようにって隠れたりするのもなんか楽しかった。」
「そうか。」
「多串くんと1日一緒に居れたしね。案外俺の希望ってのも叶ったんじゃねえ?」
「っ、そうかよ。」
「さて、じゃあ、もう少しドライブすっか?」
「ああ。」
「夕方帰れば十分だよな。」
「ああ、今夜は御馳走にするかな。」
「俺の誕生日だから?」
「いや、あいつらをねぎらってやるために。」
「えええ!」
声を上げる銀時を見て笑う土方の体をそっと引き寄せた。
「ありがとうな。」
「………何がだ…?」
「俺のそばにいてくれて。」
「それは餓鬼共に言うんだな。」
「うん。あいつらにも感謝してる。こうやって土方と一緒にいる時間を作ってくれたんだからな。」
けれど。
男の所に『嫁』に来るなんて、生半可な決意じゃできない。
その決意をしてくれた。
そして銀時と同じように子供たちを愛してくれている。
今自分が幸せなのは土方のおかげだ。
生まれてきて良かった。と。
生き抜いてきて良かった。と。
そう思えるようになって来てからは『誕生日』を楽しみに待てるようになった。
『誕生日だから』と、強請ったり甘えたりできるようになった。
『おめでとう』と言われて『ありがとう』と返せるようになった。
人目につかない細い路地なのを良いことに、そのまま土方を抱きしめた。
「なあ、土方。もう1回言って。」
今日という日になった瞬間に、言ってもらったあの言葉。
一瞬きょとんとした土方だったが、すぐに笑って頷いた。
「ああ。誕生日おめでとう。」
「うん。ありがとう。」
20111008UP
END