切った、貼った、
後編
「「よう。」」
屯所の門の前に立っている門番の隊士に声をかけた。
「よ、万事屋の旦那!?」
「ふ、ふ、二人!?」
「「お宅の副長さんに会いてえんだけど。」」
「ふ、副長にですか?」
「また騒ぎを起こそうってんじゃないでしょうね!」
「「あ、触んなよ?お前ももう一人のお前が出来ちまうかもよ?」」
銀時の服をつかもうとした門番の隊士にそう言うと、ざっと二人が引く。
「「じゃ、通らせてもらうわ。」」
「あああ、旦那!?」
情けない声を上げる門番を置いて銀時は悠々と屯所の中へと入って行った。
「だ、旦那?」
「「よう、ハゲ。お宅の副長さんは?」」
「部屋にいるはずですけど………。旦那、実は双子だったんですか?」
「「んなわけねエだろ。」」
「ははあ。また妙なことになってますね。」
呆れたように言う原田。意外とこいつ肝の据わった奴なのかも…。
「「まあ、副長さんが部屋にいるならちょっと寄らせてもらうわ。」」
「はあ。案内は……必要ないっスね。」
ニヤと笑って背中を向けた原田。
や、ちょ、知ってんの?こいつ知ってんの?
表向きは『犬猿の仲』といわれている銀時と土方だけれど。実はだいぶ前から所謂恋人同士といっていい仲なのだ。
夜中に土方の部屋に忍び込んだことも1度や2度ではないから、案内など無くても場所は分かっている。
男同士だし、互いの立場もある。
周りにばれないように逢瀬には細心の注意を払ってきたつもりだったのだが………。
幾分気まずい気持ちをもてあましつつ土方の部屋へと向かった。
「「よう。」」
スパンと障子を開ければ、そこには大量の事務作業に追われる土方がいた。
「よ!?万事屋?な、二人!?」
文机の前に胡坐をかいて座ったままの姿で、こちらを見つめ唖然とする土方。
「「なんか、今朝起きたらこうなっててよ。」」
「なんか変なものでも食ったのか!?」
「「お前まで何だよ!食わねえよ!」」
「じゃあ何だ、クスリか?機械か?ウイルスか?」
立て続けにそういうと、山となった大量の書類の山から何束か書類を引っ張りだした。
「…これは嗅覚が犬なみに鋭くなる薬で……こっちは筋力をアップさせる装置で………こっちは……。」
ものすごい速さで書類をめくり、ものの5分もしないうちにはあと溜め息をついた。
「ウチで扱った案件の中に相当しそうなもんは無えな。」
「「話が早くて助かる。」」
「で、どっちが本物なんだ?」
「「俺に決まってるだろ!」」
「………。」
じっと二人の銀時を見比べる土方。
「………分からねえなあ………。」
愛の力でも無理か…。
銀時は心の本の隅でちょっと残念に思ったが、たまが見て違いが分からないのだから普通に外から見て分かるものではないだろうとも思っていた。
「何か心当たりはねえのか?」
「「心当たりって言われてもねえ……。」」
「そもそも、どっちかがニセモノなのか?それとも『坂田銀時』が二人になったのか?」
「「自分が二人………。」」
先ほども記憶の何かに引っ掛かった言葉だ。
記憶をたどる二人の銀時を土方は静かに待った。
「「なんか、最近その言葉を聞いた気がすんだよな………。」」
「それはいつだ?」
「「割と最近、………昨夜……かな…。」」
「昨夜。」
そういうと土方は顔をしかめた。
「「あ、いや、一人で飲んでてな。」」
本当なら非番になるはずの土方と一緒に飲むはずだった。
けれどどうしても仕事が終わらないということで急遽キャンセルとなったのだ。まあ、この部屋の中を見れば納得するしかない訳だけど。
元々神楽を新八の家に泊まらせることにしていたため、何となく一人きりの家にいるのもつまらなくて結局飲みに出たのだった。
ただ、昨日は初めて入った店だった。
「「俺が二人いたらいいのになって話になったんだっけ…。」」
「何でそんな面倒臭い。」
「「面倒とか言うなよ。もう一人の俺が働いてくれれば俺はダラダラできんじゃん。」」
「馬鹿言うな。何人いようと全員がダラダラするに決まってんだろ。」
「「そうそう、そう言われたんだよ。」」
「…誰に?」
「「そんとき居合わせたやつだよな。………あああ〜ええと、初めて見る奴だったな…。」」
「で?」
その男の風貌や一緒に飲むことになったいきさつを説明しながら、銀時はそっと土方を見た。
本当は土方が二人いればいいのにな。と思ったのだ。
そうすれば一人の土方が仕事している間にもう一人の土方とイチャイチャしていられる。
『あなたの好きなその人はきっと何人いようと全員が仕事を選ぶ気がするんですが。』
そう、目の前にいた奴に言われて、『そうなんだよネエ。』と答えたのを覚えている。
で、だったら自分がたくさんいるってのもいいんじゃね?と思ったのだった。
たくさんいれば、一人くらいは土方の都合なんか考えず仕事の邪魔になろうが迷惑がられようが、会いたいときに会いに行く奴がいるかもしれない。
「………そうなると………。」
銀時の話を腕組みをしながら聞いていた土方は、考えながら言った。
「どちらかがニセモノ…というよりは、坂田銀時が二人になった…って方が可能性が高そうだな。」
「「え、俺が本物だぜ!」」
「だから、両方本物なんじゃねえの…って話なんだが…。」
「「んな訳あるか!こいつが(と互いに相手を指差す)ニセモノに決まってる!!」」
「うるせえな、二人揃ってしゃべるな!」
「揃ってなんかねえ!」
「仕方ねエだろ!」
………………。
初めて違う言葉を言った。
やっぱりこいつは俺じゃねえ。
銀時は何か言い募ろうとするもう一人の銀時の隙をつくように素早く動くと土方を抱きしめた。
「っ、てめ!何す……んん……。」
もがいて逃れようとする土方の唇を強引に奪った。
たとえば誰かが銀時になりすまそうとしたとき、性格や数年分の記憶なんて調べようと思えば調べられるだろう。
銀時を取り巻く人間についてだって調べられる。
けど、土方に関しては………。
普通に調査したのなら銀時とは犬猿の仲であるとの報告が入るはずだ。
自分たちはそう見えるように振舞ってきたのだから。
(ごく稀に先ほどの原田のように気付く者もいるかもしれないが、あれは土方の身近に長い時間いたからこそ、というのもあるはずだ。)
すると、ぐいと後ろから物凄い力で引っ張られた。
「うお。」
「手前、俺の土方に手を出すな!」
「へ?」
銀時を掴んで引き剥がしたもう一人の銀時は、その勢いのまま土方を抱きしめた。
そして、同じように土方にキスをしている。
ええええええ!!
それは一見自分だけど自分じゃない。
土方をほかの男に取られる!?
………ってか、こいつ、自分と土方の仲を知っても驚いた様子がない。
銀時にとっての切り札とは土方との仲だった。
埒が明かずに行き詰った時は土方との仲を持ち出し、『知らなかったお前はニセモノだろう』と糾弾するつもりだったのだ。
子供たちを連れてこなかったのは、それを聞かれたくなかったというのが一番の大きな理由だ。
必死に土方を抱きしめているもう一人の銀時を見て、こいつも土方に惚れてるのか…。と妙に納得してしまった。
けれど、それを許すわけにはいかない。
「てめ、離せ!!」
もう一人の銀時を土方から引き剥がし部屋の隅の方までぶん投げた。
離してみたら土方は唖然とした顔でもう一人の銀時を見つめていた。
え、あれれ?え…と、あれ?もしかしてあっちが本物かもとか思ってんの!?
こっちがお前の銀さんですよ!?
そういいたかったが、喉が詰まったように言葉が出てこなかった。
妙な静けさの中、土方の手がパタリと畳の上に落ちた。
そしてその手がそろりと動く。
常日頃から片時も手離さない刀を掴んだかと思うと、物凄い速さで抜いた。
「うええ!?」
ぶんと音がする勢いで振られた刀をすんでのところで避ける。
「ちょちょちょ、多串くん!何すんだよ!」
白い着物の前がさくっと斬れ、ハラリと落ちる。
「俺本物だよ!何で斬られるんだよ!」
焦って銀時が叫べば。
「そいつがニセモノだ。俺が本物なんだ。」
もう一人の銀時も叫ぶ。
そんな二人の叫び声が聞こえたのか、屯所の廊下がバタバタと煩くなった。
「副長、どうかしましたか!?」
真っ先に飛び込んできた原田は、刀を抜いている土方に驚いたように目を向いた。
「原田!そいつをつかまえろ!」
「え、ど、どっちを。」
「そっちの、服の切れてない方だ!」
「ええええ!俺!?」
慌てたようにもう一人の銀時は立ち上がると脱兎のごとく逃げ出した。
「おい、止まれ!」
「そっちへ行ったぞ!」
原田に続いて駆けつけた他の隊士たちも入り混じって、屯所の中は大騒ぎになった。
銀時も加勢すべく必死に追いかけた。
身体能力は本来の銀時とほとんど変わらないらしいもう一人の銀時を、ようやく捕まえた時には、多くの隊士たちがぜいぜい言いながらそこかしこにへたり込む有様だった。
それから銀時の記憶を頼りに居酒屋で出会った男を探し出した。
その男は天人で、地球で言うところの両生類に近い生態を持っている種族だとのことだった。
両生類特有のキョロリとした目、顔の真ん中に鼻と思しき穴が二つ開いていてトカゲのような顔だが、穏やかで理性的な話し方をする男だった。
男の生まれ育った星は、医療技術が進んでいるのだそうで。その中でも特に再生医療の技術はほかの追随を許さないのだそうだ。
「トカゲのしっぽ切りってのがあるでしょう。」
必要のない部分を切り離し、あたかも本体であるかの様に見せる。
その考えを応用して本体の一部を切り取って、失った(あるいは衰えた)本体の機能を補おうという研究が進められていた。
男はその研究所に所属していたのだそうだ。
ただその研究が行き過ぎて、本体と『同じもの』を作り出す技術を開発してしまった。
「あまりおおっぴらにできる技術じゃないんですが、これでも一応違法ではないんですよ。」
男はそう言って笑った。
「何せ効果は1日だけ、それも昼間の間だけなので…。」
「昼間だけ?」
「そうです。私たちはしっぽを切り取れますがね、他の種族の人にそれはむりでしょ?だから切り取っても本体には差し支えないものを使うんです。…ほら。」
そう言って銀時の足元を指差した。
「影を。」
隣に立つ土方の足元にはちゃんと黒い影があるが、銀時の足元にはない。
「げ。」
「……なるほど…影か…。けど、最近は夜間でも結構明るいのに効果は昼間だけなのか?」
土方の問いに男は穏やかに笑った。
「確かに夜間も明かりさえあれば影はできます。けど、昼間の強い太陽の光の中で出来る影じゃないと本体と同じ機能を持つことはできないんですよ。」
そう言って男は懐からハサミを取り出した。
「これで影を切るんです。」
それは少し大ぶりではあったが、一見何の変哲もないハサミだった。
「あ、思いだした!!店を出た時にそれで影を切ってもらって…。」
途端にペロリと影が地面から浮きあがったのだ。
「布みたいになった影を家で持って帰ったんだった。」
「何でそんな衝撃的な事忘れてんだよ!」
「あの時旦那は相当酔ってらしたから。」
そう言って男はニコリと笑った。
「恋人に約束を反故にされたからってあんな飲み方ばかりしてちゃ、身体を壊しますよ?」
「っ。」
「………。」
「ねえ、真選組の旦那。旦那からも言ってあげて下さいよ。無茶な飲み方するな…って。」
そう言って男は『それじゃ』と丁寧に頭を下げて帰って行った。
男が言ったとおり日没の時間になると、するりと銀時の影は戻ってきた。
その影を男から貰った『のり』のようなもので貼り付けると、元通り銀時の足元から延びる普通の影になった。
今頃屯所では、捕まえた銀時の姿が消えて大騒ぎになっているだろう。
「………悪かった。」
「え、いや、何だよ、良いんだよ、仕事なら仕方ねえし!」
「けど…。」
「や、ほんと、気にすんなって。」
「お前はいつも『しょうがねえな』って笑ってるから…。本当は、会えなくたって結構平気なのかと思ってた。」
「んなわけねエだろ。」
「すまねえ、これからはちゃんと休みを取れるように……。」
「無理すんなって。」
「万事屋…。」
「お前の仕事が忙しいのは分かってるんだ。もちろん土方がちゃんと休みを取れるようになるならその方が良いと思うけど、その休みを確保するために無理するなら、そんな無理はしない方がいい。」
「………。分かった。」
土方が小さく頷いた。
「………ねえ、そういえば、どうしてニセモノと俺の見分けがついたの?」
「っ。」
みるみるうちに土方の顔が赤くなる。
「へ?」
「……………が…………ったから。」
「は?」
「キスが違ったからだ!」
「はああ?」
「た、多分。あいつの正体が影だったってんなら。そのっ、中のマネはできなかったんだろ。」
中のマネ?中………って、舌?
ああ、影だから。
ずっと銀時と一緒にいたのだから、銀時が経験したことと同じ記憶もあるわけだ。
その行動から銀時の考え方や性格もほぼその通りなぞることもできる。
ただ、内側の部分。キスの時銀時がどうするのか?そんなことまでは影には分らなかった。
そういうことなのだろうか?
「あいつがニセモノだって分かったのにどうして俺を斬ろうとしたんだよ!?」
「なんか目印を付けとかないとまた分からなくなると思ったからだ。」
「目印?それで俺の服斬ったのかよ!?」
「しょうがねえだろ!どっちがどっちだか分らなくなるたびにキスする訳にもいかねえし!」
そう叫んだ土方の頬はほんのりと赤く染まっていた。
土方に会ったとたんにそれまで膠着していた事態が動き出した。
やっぱり土方は銀時の切り札だったのだ。
「多串くん、大好き!」
気持ちのままに抱きついたら………殴られた。
20101020UP
END