狂い咲き
いやいやいやいや、無いよ、ぜってえ無いよ!
銀時はブンブンと首を振りながら、必死に自分に言い聞かせた。
少し早い時間に飲みに出た。
子どもを居候させているのに夜遅くまで飲み歩くのは感心しないねえ。とお登勢に小言を言われたばかりだった。
だったら早い時間に飲みに出て、早めに帰ればいいんじゃね?
飲みに出ないという選択肢のなかった銀時は、そう思ったのだ。
そうすれば、自分は酒が飲める、神楽を夜一人にしなくていい。…一石二鳥じゃね?
傍から見れば、まだ多くの人が働いている時間から飲み始めるというさらにマダオ度の上がりそうな姿なのだが本人それに気づいた様子はない。
思惑どおりにほろ酔い気分となり、店を出たのはこれから飲み屋が混み始めるという時間だった。
気分よく家路をたどっていた銀時の視界に、見知った顔が映った。
真選組の局長以下数名の隊士たちだった。
わはははは、と機嫌良く笑う近藤の隣を歩いているのは土方だ。
へえ、あいつら今夜は男ばっかりか。
普段近藤はスナックすまいるに入り浸りだが、ああやって時には隊士たちを連れて出るのか。
でかい声で何かを喋り、『なあ、トシ!』と土方を振り返った近藤。
「ああ、そうだな近藤さん。」
穏やかに答える土方は小さく笑っていた。
「っ!!!!!」
笑・っ・て・い・た。
うわ。
か、か、か、かわいい………!?
「………ちょ、ちょっと神楽ちゃん。銀さんのアレ、何?」
「知らないアル。」
新八と神楽が遠巻きに銀時を眺める。
先ほどから銀時は赤くなったり青くなったり、かと思えば急に立ち上がり部屋の中をウロウロし。
又急に『あああああ』とか叫んで頭を抱えたかと思うと、ガバリと立ち上がって何かブツブツと独り言を言っている。
あまりの不気味さに二人とも銀時に声をかけられないでいた。
「昨日僕が休みだった間に何かあったのかなあ?」
「夕方飲みに出て、夜帰って来た時はもうああだったアル。」
「…じゃあ、外出してる間に何かあったってこと?」
「女で失敗したんじゃないアルか?いやに早い時間に帰って来たアル。」
「失敗…って………。」
「不発だったアル。」
「か、神楽ちゃん!女の子がそんな事言っちゃダメ!」
子供たちに見られていることにも気付かず、自分の世界に入っていた銀時。
ゴンゴンと机に頭をぶつけ始めるにいたって、漸く子供たちが止めに入った。
「ちょっと銀さん。何やってるんですか!?」
「そうアル。一回の失敗くらい気にすることないアル。体調が悪い時もあるネ。」
「………はあ?」
「そうですよ。長い人生、たまに上手くいかないことだって…。」
「………何が?」
「一回役立たずだったからって男が終わったわけじゃないアル。」
「あ、それともお金がもったいなかったとかそういう後悔ですか?」
「へ?」
「だから昨夜…。」
「女の人で…その…。」
ようやく子供たちが見当違いの心配をしていることに気づく。
「ちょっと何言っちゃってくれてんの!?俺はまだまだいけるよ!現役バリバリだよ!?」
「じゃ、早すぎたアル。」
「ちょ、何でベッドで失敗したことにされてんの!?」
「え、違うんですか?」
「真顔で聞くな!違げえよ!」
「だったら一体どうしたんですか?さっきから。」
「さっきっていうか、昨夜からおかしかったアル。」
見当違いの見立てをされていようと、銀時を心配してくれていた子供たち二人に漸く気付く。
「ああ、悪りい。…何でもねえよ。」
「とてもそうには見えないんですけど。」
「ええと、………多分気のせいだと思うし。」
「………気のせい、アルカ?」
「………だったら気分転換にちょっと外に出てきたらどうですか?いい天気ですよ?」
「ああ、そうだな。」
これ以上ここでうんうん唸っていても子供たちに心配をかけるだけだ。
それに本当に外に出ればちょっとは気持ちが落ち着くかもしれない。
銀時はそう自分に言い聞かせて立ち上がった。
外はいい天気だった。
明るい日差しを浴び、ゆっくりと身体が温まっていくのを感じると、確かに昨夜のことは気のせいだったのではないかと思えてくる。
ちょっと酒も入ってたし、暗かったし。
多分店の明かりとか、街灯とか、そんな光の加減で可愛く見えてしまっただけなのだろう。
こうして太陽の光の下で改めて見たら、きっと何でもないのに違いない。
なんだ、そんなことで昨夜から悩んでたのか?俺?
そう思うと馬鹿馬鹿しいやら情けないやらで、がっくりと体の力が抜けそうになった。
「あれ、万事屋の旦那じゃねえですかぃ。」
知った声が聞こえてくる。
「あれ、総一郎クン。」
「総悟ですぜ、旦那。」
いつもの調子で軽く返事を返して顔を上げると、総悟の後ろには土方が立っていた。
「っ。」
幾分不機嫌そうにこちらを見ているのはいつも通り。
いつもなら何癖付けて喧嘩を売って、掴み合いの喧嘩になるはずなのだけれど…。
言葉が出てこない。
そんないつもと違う銀時を訝しく思ったのか土方が探るようにこちらを見ている。
「〜〜〜〜〜。」
その視線を意識した途端、一気に顔が熱くなるのを感じた。
「旦那?」
「万事屋?具合でも悪いのか?」
今までは何とも思っていなかった土方の声が、何か心地の良い音楽のように聞こえる。
ぼんやりと立ちつくした銀時の目の前で土方がヒラヒラと手を振る。
銀時の正気を確かめようとするそのしぐさすら、まるで土方が銀時に可愛く手を振っているように見える。
だって、ダメなのだ。
昨夜のことは気のせいだと思おうとしているというのに。
明るい日の光の下で見る土方も、とっても可愛いのだ。
ギンとこちらを睨みつけてくる視線も、きょとんとこちらを見返してくる顔も何もかもが可愛く見える。
今まで何で普通に声をかけ、からかい、喧嘩をしていられたのか?
「万事屋?大丈夫か?」
一歩土方が近付いてきた。
「うわあ!」
「へ?」
これ以上近づかれたら、ただでさえフルスロットルで波打っている心臓が持たなくなる!
銀時は慌てて振り返ると、脱兎のごとくその場を逃げ出したのだった。
「………何だぁ?あいつ。頭沸いたか?」
「っていうより狂い咲きでしょうねぃ。」
「狂い咲きぃ?」
「普通は春に咲くもんらしいですけどねぃ。これから寒くなるって言うこんな時期に咲くなんてひねくれてるあたりが旦那らしいっちゃあらしいんですかねぃ。」
「咲く……って、脳味噌が?それとも、天パがか?」
「馬鹿言っちゃいけやせんぜ、土方さん。」
溜息まじりにそう言って総悟は土方を見た。
「春に咲くといえば恋の花に決まってまさぁ。」
「………へ?」
20111201UP
END