魔法時間 3
部屋にドンと鎮座するテーブルはかなり大きなものだったけれど。
そこに二人分の食事がこれでもかというほどに並べられる。
感心してみていると料理を並べ終え、冷やされた酒をしつらえた仲居が、幾分戸惑うように二人に声をかけた。
「本日、お客様のどちらかがお誕生日とお聞きしましたが…。」
「え、ああ。俺です。」
銀時が答えると、仲居は苦笑した。
「お誕生日のお祝いに、ケーキをサービスさせていただいているのですが…。」
「え、マジ?」
「………これ以上甘味かよ。」
口の中でぶつぶつとつぶやいた土方のことはまるっと無視して銀時はにこりと笑った。
「食います。」
「お夕食の後にお持ちしてもいいのですが…。」
「あ〜、今、持ってきていただけます?」
「ええ、一応運んでは来ているので…。」
そういって仲居は廊下までいったん戻るとすぐに小ぶりのケーキを持ってきた。
「お二人だと伺いましたので、食べきれるように小さいものにさせていただきました。」
土方は食べないので、銀時一人にはなかなかいい感じのサイズだ。
「お誕生日おめでとうございます。」
丁寧に差し出され、ちょっと恐縮しながら『ありがとうございます』と小さく頭を下げた。
「あの、実は………ですね。」
仲居が幾分言いづらそうに口を開いた。
「花火のサービスもありまして…。」
「「はあ?」」
ハモった二人に『やっぱりご存じありませんでしたのね』と笑うと仲居はサービスの内容を説明してくれた。
ホールのケーキの上にろうそくの代わりに小さな花火を差して、点火をしてくれるのだという。
「………お子様連れや、女性グループではとても喜ばれているのですけれど…。」
男二人でケーキに花火ってどうだろう。
「お部屋の電気を消して花火をつけると、とてもロマンチックだとご好評で…。」
カップルでも雰囲気が出ていいのだろう。
「このツアーに申し込んだときに、『何か記念日などでご利用ですか?』と聞かれたんで、『ツレが誕生日だ』と言っただけなんだが…。」
土方は困惑したようにそういう。
「ああ、やはりそうなのでしょうね。時折そういうお客様がいらっしゃるんです。男性のグループで参加した方などに多いんですが。
…電話を受けた旅行会社の方が、気を利かせたつもりで…。」
詳しく聞いてしまったらサプライズにならないから。ということなのだろう。
「花火…いかがいたしますか?」
「あ〜、ください。」
「へ?つけるのか?」
「うん。まあ、部屋の電気は消さなくてもいいけど、面白そうじゃん。」
銀時がそういうと、仲居はクスクスと笑って、ケーキの真ん中にある『Happy Birthday』というプレートの隣に30センチほどの細長い金色の棒を突き刺した。
慣れた様子で火をつけてくれる。
逆線香花火のような小さな火花がぱちぱちとはぜた。
「お誕生日おめでとうございます。」
改めてそう言ってにっこり笑って丁寧に頭を下げると、何かあったらフロントまでお電話くださいと言い置いて出て行った。
「ほれ。」
氷水の張ってある木の桶で冷やされている酒の封を切って銀時のほうに差し出した。
「お、サンキュ。」
グラスを差し出すと、そこについでくれる。
「お前のも注いでやる。」
「いい、自分でやる。」
「最初は注いでやるよ。この後は手酌な。」
お互いに、そのほうが気兼ねなく飲めるというものだ。
ならばと差し出されたグラスに同じように注いでやって。
「…、じゃあ、まあ。」
「ああ、うん。」
改まると照れくさくて『おめでとう』と言えない土方の、それでも祝ってくれようとする気持ちは十分伝わったので、笑って頷いてグラスを合わせた。
酒も料理も申し分なく(もっとも片方はあっという間に黄色一色の料理になってしまったが)楽しく堪能する。
1時間ほどかけてゆっくりと食事を終えたころ、図ったようなタイミングで仲居が食器を下げに来る。
酔い覚ましに、と二人は大浴場へと行ってみることにした。
多くの宿泊客がまだ夕食中や食後でくつろいでいる時間なのだろう。
浴場はほんの数名がいるだけだった。
「広い風呂ってのもいいな。」
「まあな。」
「屯所の風呂もでかいのか?」
「ああ、まあ。けど、のんびり入ってる間はねえな。百人からの人間が入れ代わり立ち代わりだから。」
「あ〜、むさくるしそうだな。」
「はっ、違いねえ。」
笑う土方。
畜生かわいい。
いくら利用者が少ないとはいえ、決して貸切というわけではないので手を出すわけにはいかないだろう。
少しずつ入ってくる客が増えてきたので、上がることにする。
部屋へ戻ると、テーブルがある部屋の隣の部屋に二人分の床が延べてあった。
「………。」
「………。」
二つ並んだ布団を見て思ったことは多分それぞれ違うのだろう。
銀時はつかつかと布団の脇へ寄ると、そのままギュッと布団を押した。
二つの布団の間にあった15センチほどの隙間をぴたりと埋める。
「よし、こんなもんだろう。」
「っ、馬鹿が。」
呆れたように言う土方。けれど、わざわざそれをもとに戻そうとはしない。
片付けられたテーブルの上には、夕食時には飲みきれなかった酒が新たに冷やされておいてあった。
グラスも新しいものに変えられている。
「なんか、すげえサービスいいね。」
「老舗だからか…。…まあ、今夜限定でボトルキープしたようなもんだしな。」
「ああ、そっか。酒を残して行かれても困るわけだ。」
昼間に女の子たちにもらったお菓子の残りや、ラスクをつまみに飲み直すことにする。
ふと時計を見ると、まだやっと10時を過ぎたところだ。
今日は長げえな。と銀時は思う。
それは決して退屈だからとかつまらないからとかいうことではなく。
ずっと土方と一緒にいて、たくさん触れ合ってたくさん話をして。なのにまだまだ『今日』という時間はたくさんあるのだ。
なんという贅沢。
そのうちに酒の残りが少なくなる。
『これで最後だ』と残った分をそれぞれのグラスに注ぐ。
「明日は、ホテルのバイキングだっけ。」
「ああ。昼食がな。一流ホテルのバイキングで、ものすごくデザートが充実してるんだそうだ。」
「そりゃ、楽しみだ。…さあて、この旅のメインイベントへ行くか!」
「は?また甘味か?っつうかまだなんかあったか?」
「やだよ、この子は。今更カマトトぶっちゃって。」
「は?」
首をかしげた土方の目線が、スイっと隣の部屋へと流れた。
お、気が付いたな。
「…………。」
「まさかこの期に及んで、一人寝しろとか言わないよね。」
「それでも一向に構わんが。」
「ご冗談でしょ。」
土方の手を引いて立たせると、隣の部屋へと導く。
「高級旅館のノリのぴっちりきいたシーツを乱すってのが良いんじゃん。」
「手前の変な趣味に俺を巻き込むな。」
おおっぴらには言えないけれど、れっきとした恋人同士で一泊旅行に出かけたのなら夜はもうお約束じゃん。
今更恥ずかしがってる………って、タマでもねえよな。
多分ただ単に『はい、しましょう』という態度をとれないだけなのだろう。なんたって天邪鬼だからね。
そのあたりの反応込みで惚れちゃってる弱みで、サクサクことを先に進めてやろう。
「では、この旅のメイン。一番の甘味をいただきます。」
両手を顔の前で合わせ、食事前のあいさつをすれば。呆れたような溜め息が聞こえた。
「甘いとは限らねえぞ。」
「何言ってんの、甘いに決まってんじゃん。」
銀時は急がなかった。
普段ではありえないくらいにゆっくりと時間をかけて土方の体を開いていく。
土方は自分の体温と銀時の体温がゆっくりと同じになっていくのを感じていた。
それはまるで、二人の体が一つに溶け合うかのような感覚。
互いの間に確かにあるはずの境界線があいまいにブレる。
「 っ ア、………あぁ 」
念入りに慣らされた体に銀時を受け入れたとき、痛みはほとんど感じなかった。
ああ、そうか……。
ゆっくりと揺さぶられながら土方は思う。
江戸で抱き合うときは、たとえオフだろうがなんだろうが携帯の呼び出し音ひとつで土方は飛び出していく。
それこそ、最中だろうとお構いなしに。
だから銀時はいつも急性に土方を求めざるを得ない。
もちろん土方の睡眠時間を確保してくれようとしていたのもあると思うが。
その抱き方に別に不満があるわけでもなかったので銀時はそういうタチなのだろうと思っていたのだが…。
もしも銀時が、今のように、戯れるようにゆっくりと抱き合うのが好きなのだとしたら…。
………自分はずいぶんと銀時に我慢と無理を強いていたのかもしれない…。
ほんの少し心の隅で申し訳なく思ったりもするけれど、江戸へ戻れば結局自分は自分の生き方を変えはしないだろう。
真選組が、仕事が、何よりも一番の優先事項で、オフや睡眠時間や銀時との時間を削ることも厭わない。
そんな自分を、認め許してくれる銀時に感謝と申し訳なさを感じつつ付き合っていくのだろう。
銀時の頭を抱き込めば、ふわふわとやわらかい髪がくすぐったい。
銀時が耳元でくすりと笑った。
さらに抱き込めば、銀時も土方の背中に回した腕に力を込めてぎゅうと抱きしめてくる。
ふふと笑みが漏れた。
こんなに暖かい時間が、まだもう1日続くのだ。
信じられないほどの贅沢。
旅行を計画した時はまさかこれほどまでに穏やかな安らぎを得られるとは想像もしていなかった。
くせになるな…。
それがいいことなのか悪いことなのかはわからない。
けれど、本当に極たまにでも、こうして互いを最優先して過ごせる時間を作るのはいいかもしれない。
「また、来てえな。」
そう、呟いたのは………。
20121030UP