タイムリミットまで後少し
「たまにゃ、お前も馬車馬のように働きな。」
春休み中に呼び出されて、学園長のお登勢にそう言われた時は、まだタカを括っていた。
どんな状況になっても、俺は一生懸命に仕事したりはしない。
自分の将来は自分で決めるもの。
奴らだって、こんなものぐさな担任のサポートなんざ期待しちゃいないだろう。…と。
…アレから約1ヶ月。
自宅にまで仕事を持ち帰る自分がいた…。
「ありえねえ、ありえねえよ。」
この連休中、何度うわごとのように唱えただろう…。もはや口癖のようになった言葉をぶつぶつと言いながら書類の確認作業を進める。
教師になって数年。
そのにじみ出るやる気の無さのおかげで、今まではタダの教科担当ですんでいたのに。
何を考えたのか、学園長のツルの一声で決まった初めての担任は…3年生だった。
ただでさえ担任教師の4月はものすごいあわただしさで過ぎていく。
同僚の必死な姿を見て、担任を持つのだけはイヤだな…と教師にあるまじきことを考えていたのだが…。
3年ともなれば、それに進路調査が加わり。受験、推薦、就職…それぞれの進路に応じた対処もしなくてはならない。
私立であるこの学園の面接を受けたとき、『何故、教師になったのか?』と聞かれ『夏休みがあるから』と答えた自分。
「あのババア、そういやあん時せせら笑ってたな…。こうやって仕返しをするつもりだったか…。」
一段落ついた作業にほっとため息をついて、煙草に火をつけた。
ふうと煙を吐きながら、手元の書類をぱらぱらとめくった。
生徒たちの家庭環境や、登校経路などが書かれた書類。
ふと、手が止まったのは『土方十四郎』のページ。
この1ヶ月、本当に忙しかった。…なのに…。
去年までは教科を受け持ったこともなく、せいぜいが廊下ですれ違う程度だった生徒なのだが。なぜかいつも気になっていた。いつも目線が彼を探していた。
その生徒が、自分の担当のクラスになって。しかも、クラス委員。
「俺、担任初めてだからさ。」
ただでさえゆるい自分。その上、初めてのクラス担任ともなれば、きっと彼も不安を抱いたのだろう。
クラスの雑用を頼めば、あっさりと承諾してくれて。
放課後は、俺の私室と化した国語準備室で二人っきりでの雑用作業。
面倒くさそうな態度のくせに、実は面倒見が良くて。俺みたいなマダオを見捨てられない人の良さ。
常の仏頂面と、ほんの時々見せるキレイな笑顔のギャップにやられて。
口説いて口説いて、拝んで頼んで。
盛大なため息と一緒に、『うん』と言わせたのは、連休前の最終日。
浮かれた勢いでこの大量の書類を持って帰ってきてしまったことを考えると、まさか俺に仕事をさせるため?とも思わないでもないけれど…。
ぼんやりと、住所や電話番号を眺める。
コレって個人情報?
本人に聞かないでも、こういう情報を得られるって担任の特権だよね〜。とか、のんきに眺めていられたのはこのときまでだった。
………ん?
………あれ?
今、ものっそい気になるデータが………?
『生年月日19XX年5月5日』
んんん??『5月5日』????
………って!!!今日じゃん!!!
き、きききき今日…って!もう、終わるぞ!
や、何時だよ今!
げ、10時過ぎてるっ!?
ありえねえよ!
具体的に考えていた訳じゃないけど。付き合えるってなったときに、頭の中にはイロイロなシーンが思い浮かんだ。
海辺でのデートだとか、クリスマスケーキ。お正月には一緒に初詣に行って土方の合格祈願をしよう…とか。
そんな妄想の中には土方の誕生日のシーンだってあった。
少し大人な映画を見て、ちょっといい雰囲気のレストランで食事とか。プレゼントだって奮発してやろう。…なんて。
それがなんだ!知らなかったとはいえ、何の用意もないし!ってか、1日仕事しかしてなかったし。
これから何か…って言ったって、こんな時間じゃ店はコンビニくらいしか開いてないだろうし、レストランだってファミレスがせいぜいだろう。
慌てて携帯を取り出すと、番号を押した。
何回かのコール音がして、相手が出た音。
「はい、土方です。」
「お、おおおおお多串くん!?」
「…先生?」
「あ、あああのさっ。」
俺は意気込んでしゃべり倒した。
今日、誕生日だったんだろ、俺、知らなくてっ、ってか、教えてくれたっていいじゃん。もう、今日も終わっちゃうよ。俺、いろいろ考えてたんだよ、レストランとかプレゼントとか何がいいかなあとか、休みの日なら昼間からあって一緒に映画とか見れればいいなとか、なのに、何にも用意してないしレストランの予約とか今からむりだし、プレゼントだって何がいいかも分からないし、………え、ちょっと、アレ?多串くん!?聞いてる?
はじめのうちあっけにとられていたのか、無言だった土方。けれど、今携帯の向こうからは涼やかな笑い声が聞こえていた。
「何、笑ってんだよ。」
「いや、あんたの必死な声なんて初めて聞いたかな…とか思ったんで…。」
や、あのね。
「別に何もいりませんよ。」
「そういう訳には行かないでしょうが!」
「…そんなことより、俺電話番号教えましたっけ?」
話を逸らされたな…とは思ったけれど、俺も少し落ち着いたほうがいいと思ったのでそれに乗ることにする。
「この間出してもらった調査票があるから。」
「個人情報…っすよ。だから、携帯じゃなくて自宅の電話だったのか…。」
ああ、そういえば。もしも、家の人が出てたらやばかったかも…。さっきの己の慌てぶりを思い返して青くなる。
「家の人、いないの?」
「ええ、連休中両親は夫婦で旅行です。姉も友達と遊びにいって、多分今日は泊まりでしょうね。」
「誕生日に一人!?」
「…女子ならともかく…。高校生の男子が家族と誕生日会…ってのも…どうかと…。」
「あ、…ああ、そうか…。」
自分を思い返してみても、そういえばダチと騒いだ記憶はあれど、家族と祝ったのは小学生くらいまでだったと思い返す。
「ひ、昼間は?」
「ああ、近藤さんと総悟とちょっと遊びに出た。」
いつものメンバーに『やっぱり』とも思うが、出遅れた感がありちょっと悔しい。
「い、今から行っていい?」
「は?」
「家からそんなに遠くないし…。うん、今から行く。」
「ちょ、先生?」
「待ってて。」
通話を切ると、パーカーを羽織り、財布や煙草をポケットに突っ込んで安アパートを飛び出した。
バイクで行った方が早いのは分かっているが、時間が時間だからやめておいた方が無難だろうと珍しく配慮した俺は、全力で走り出した。
あの学園に就職が決まったときに、通いやすいところにアパートを借りた。
高校の志望理由が『家から一番近かったから』という土方の家とは、隣町程度の距離しか離れていない。
それでも日ごろの運動不足がたたってか、はあはあと荒い息をつきながらたどり着いた土方の家では、玄関先に彼が出て待ってくれていた。
「………本当に来た。」
「…っ、ハア。…っ、そりゃ、『行く』…って、言った、ろ…。」
なかなか呼吸の整わない俺を見かねてか、中へ入れと玄関を開けてくれる。
や、家の人居ないんでしょ?二人っきりになるんでしょ?
いいのかよ?俺を家に入れて?
『何か飲みますか?』なんて聞く君は全く分かってない感じで俺に背中を向ける。
玄関の中、靴も脱がないままで俺は土方を抱きしめていた。
「…っ。」
土方の背中がピクンと震えた。
分かってる?一応付き合おうって関係なんだよ?所謂彼氏って奴だよ?
そんなに無防備に背中を向けていいの?
「………せ、せんせ…。」
「ねえ、この間、俺が言った言葉の意味。ちゃんと分かってる?『好き』…って言ったんだ。『付き合おう』…って言ったんだよ?」
「ええ、はい。……それは、分かってますけど…。」
「君は頷いたよね、それは了承したってことだよね。それはつまり、俺と恋人同士になる…ってことだよ?」
「っ、わ、わかってます、そんなこと…。」
「本当に?」
腕の中の土方をくるりとこちらに向かせて、その顔を覗き込めば…。
真っ赤だった。
「え…、と。多串くん?」
「先生はなんか勘違いしてるみたいですけど、別に俺は先生に絆された訳じゃありません。先生の事なんとも思ってなかったら、振ったって全く惜しくもありませんし。」
「…あはは〜、…だよね。……え、…って、アレ?」
いいいいいい今なんか、告白めいた言葉が無かった?
「男同士だし、年齢差もあるし、教師と生徒だし。…本当は、OKするつもりなんてありませんでした。正直、先生がどの程度本気なのか良く分からなかったし…。」
「………。」
「けど、あの日。ああ、明日からゴールデンウィークになって何日か会えないんだな…って思ったら…それはイヤだな…って思って…。『付き合う』ってことになれば、1日くらい会えるかな…って思ったから…。」
「だったら、何で誕生日教えてくれなかったの?絶好の口実だったのに…。」
「だって、あの時は…。すっげえ緊張してて、自分の誕生日なんて忘れてたから…。」
「なら、俺のところにTELの1本でもくれたって良かったじゃない?」
クラスの連絡網で俺のTELbヘ知っているのだから。
「先生、結構な量の仕事持ち帰ってたから…邪魔しちゃ悪いと思って…。」
ああ、もう。なんだ、この子のこの可愛さは!!
「ああ、駄目だ、もう。多串くんの事、好きすぎて、死んじゃいそうだよ。」
改めてぎゅっと抱きしめると、今度は土方の腕がおずおずと背中に回されてきて、鼻血を噴きそうなくらいに興奮した。
「ね、誕生日のプレゼント、何が欲しい?」
「え…。」
「何でもいいから言って?」
「………本当に何でも良いんですか?」
「うん、いいよ?」
「………。じゃあ、明日1日一緒にいたい。」
「ぶっ。」
「あ、す、すみません。仕事、あるんですよね。」
「い、いや。可愛すぎて、萌え死にそうだった。」
やべえ。1瞬気が遠くなりそうなくらいに可愛い。
「分かった、明日1日な。」
「…けど、仕事…。」
「大丈夫。明日までには終わらせる。」
「………本当かよ…。」
疑わしそうにこちらを見る土方に、俺は不適に笑って見せた。
「こんなに可愛い土方を手放して、今夜は帰らなけりゃならないのが本当に悔しいけど。俺の欲求より多串くんの誕生日プレゼントの方が大事だからな。これから帰って、残りを全部終わらせる。この3日、ちゃんと篭って仕事してたから残りももう少しだし、ちゃんと終えられると思う。」
「…本当に?」
期待の篭った目で見られて、もう理性なんかほんの欠片しか残ってない。だめだ、だめだ。今はちょっと我慢するんだ、俺。
かなり興奮気味の心臓と理性と身体を落ち着かせようと、もう一度ぎゅっと土方を抱きしめる。
「……せんせ…。」
もぞりと動いて顔を上げた土方。
「…明日、楽しみにしてます。……けど、…今日、……もう終わっちゃう、んです、けど。」
遠慮がちに言う。
壁に掛かった時計がチラリと視界の隅に入る。…ああ、本当だ。
「誕生日、おめでとう。遅くなったけど、今日…って日に間に合って良かった。」
「あ、りがとうございます。」
「これから、仕事頑張るから、元気の素、頂戴ね。」
そういって、そっと唇を合わせた。
まだ俺に遠慮してて、甘えるのが苦手な君を、これからはべったべたに甘やかしてあげるから。
とりあえず、明日、どこへ行きたいか考えておいてね。
20080508UP
END
リクエスト内容は『土誕3Zでリクエストします!当日が休日で先生が慌てちゃえばなお良いですね!』との事でした。
休日で慌てるというより、知らなくて時間が無くて慌てる…という感じになってしまいました。
気に入ってくださった方はどうぞお持ち帰りください。
いつもの通り、背景のお持ち帰りはNG。文自体を変えなければ、字体、文字色など御好きにお楽しみください。
もしも、サイトなどに掲載してくださるという場合は、隅っこの方にでも月子の名前と当サイト名を書いておいてください。
(2008、05、09、月子)