月夜、月夜に。

 


「では、トシの…じゃ無かった。5月5日端午の節句に乾杯!!!」

近藤の音頭で、皆がいっせいに『かんぱ〜い』とグラスを掲げた。

………ったく…。

その隣で、苦虫をつぶしたような顔をして土方はグイっとグラスをあおった。

事の発端は数日前。

近藤が大慌てで土方の私室に駆け込んできたときだった。

「ト、トトトトトトシ!大変だ!」

「どうしたんだ?近藤さん。」

あまりの慌てぶりにオフでくつろいでいた土方は、キッと気配を引き締めた。

どこかでテロでも起きたか?

それとも、攘夷浪士たちのアジトでも突き止めたか?

「もうすぐトシの誕生日じゃないか!」

「………は?」

「トシの誕生日だよ!忘れてたんだよ、俺としたことが!」

忘れてたって別にかまわねえよ。内心そう思った土方だった。

「だから、何だよ?」

「5日には、誕生日パーティーをするぞ!」

「は?」

「何しろトシの誕生日だからな!」

「………又、訳の分からないことを…。しなくて良い、そんなこと。」

「何言ってんだよ!?誕生日だよ?生まれた日だよ?家族なら祝って当然だろうが!」

『家族』と思ってくれる、その気持ちは嬉しいけれど…。

「俺のだけやる訳に行くかよ。」

「だったら全員のをやればいいだろ?」

「その調子で、100人近く居る隊士全員の誕生日会をやってたら、単純計算で3日に1日程度はパーティーをしなけりゃならなくなるだろうが。」

「やったらいい。」

「金はどうする?ただでさえ勘定方から予算削れ…って言われてるのに、宴会費用を3日に1ぺん申請したって通るわけねえだろ?」

「ぐ。」

「それとも近藤さんが毎回出すのか?」

「………無理……。」

「だろう?だったら、この話はナシだ。」

「だけどだけどだけど〜〜〜!」

このところいそがしかったじゃん?皆とのんびり飲む機会なんてずっととれなかったんだしい〜。たまにはいいじゃん〜〜〜〜。

おねだり口調で、上目遣いで(ちなみにこれっぽっちもかわいくない)言い募る近藤。もはや土方の誕生日を祝いたいのか、宴会をしたいのか分からなくなりつつある。

「………ちっ、しょうがねえなあ…。」

そして、やっぱり土方は近藤には甘いのだ。

「但し、名目は俺の誕生日会じゃなく別に作らなきゃ駄目だ。」

「分かった、じゃあ、子供の日を祝う会にしよう。」

「…せめて、端午の節句の方を取れよ…。」

と、言うわけで…。今夜の宴会となった訳だが…。

まさか、全員参加というわけには行かない。

大慌てでシフトを組みなおして、少人数でもそれなりに安心して任せられるメンバーに割を食ってもらうことにし、自分も出ようとしたらさすがに近藤に止められて…。

恨めしげに睨み付ける赤い眼。

「どうして、俺?何で俺?よりにもよってその日に、俺か!!?」

「うるせえよ、しょうがねえだろうが。誰かがやらなきゃいけねえんだから。」

「だから、何でそれが俺!?」

「………。…分かった、やっぱり俺が出る。元々そのつもりだったし…。」

「はああああ!?」

すっとんきょうに上げられた声に煩いと顔をしかめれば、呆れたようにため息を付かれた。

「……分かってねえなあ。」

「何がだよ?」

「そりゃあ、結局は、何?『端午の節句を祝う会』?そんなのになったけどさあ。本当は手前の誕生日会なんだろ?主役がその場に居なくてどうすんだよ?」

「そんなの、近藤さんと…せいぜい総悟くらいしか分からねえよ。」

「バカだね、お前。全員知ってるっつーの。」

「………は?」

「皆分かってるって、だからその日割りを食った奴もしょうがねえってたいした文句も言わずに引き受けたろうし、俺は文句を言ったわけ。」

確かに、もっと不満をぶつけられてもおかしくは無かったはずなのに(いつもならそうなのに)今回はイヤに皆素直に引き受けてくれた。

「愛されてんね、副長さん。」

「うるせ、お前も副長だろうが。」

「…はは、何の因果かねえ。」

 


きっかけは、新八が襲われたことだった。

攘夷浪士の犯行と思われた襲撃に、初めて銀時は危機感を募らせた。

宇宙海賊春雨と、高杉一派が手を組んで強大な組織が誕生した。

その後、真選組と共に行動をしたことで奴らからは完全に『敵』とみなされたようだ。

そして、それだけ大きな組織ならそこに有象無象の雑魚たちが集まるのは必然で…。

新八を襲ったのは、名を上げたいと焦った小さな一派だったようだ。

たまたま、ちかくに真選組の隊士がおり、たまたま新八の顔を知っている者たちだったから事なきを得たが…。

今後、同じような輩が現れないとは限らない。

自分の身は自分で守れる。けれど、子供たちは…?

まさか、朝から晩までずっと3人で行動するわけにも行かない。

子供には子供の付き合いが、アイドルオタクにはアイドルオタクの付き合いが、大人には大人の付き合いがある。

そんな銀時と。内部抗争で隊士が激減したため早急に人員と戦力をそろえたい上、参謀の一人がいなくなった真選組との利害が一致したのだ。

『子供たちの身の安全が確保されるまで』

それは、春雨や高杉一派が消滅する時なのか、子供たちが自立し大人になったときなのか…。

とにかく期限付きで万事屋の3人は真選組の隊士として生きていくこととなったのだ。

隊士の多くが銀時の腕を認めている状況で、まさか平の隊士にするわけにもいかず。

神楽や新八が銀時以外の命令を聞くはずも無く。

さまざまな事情を鑑みて、銀時は2人目の副長となり、神楽と新八はその直属の部下という位置に収まったのだ。

「俺は、本当に伊藤が気に食わなかった。」

ポツリと土方がそう漏らしたことがある。

「あいつが、真選組を踏み台にしようとしていたのが分かっていたからだ。…けど、あいつの、俺とは全く違う発想や戦略が真選組にとって有益なことも分かっていた。」

だからな。…そういって土方は真っ直ぐに銀時を見た。

「俺もお前も『副長』だけど、お前は俺と『同じ』にはならねえで欲しい。俺とは違う考え方があるのなら、それを主張してくれてかまわねえ。」

多分あの、真っ直ぐな目にヤられたのだ。

一旦『身内』になってしまうと、土方の警戒心は驚くほど消えてなくなった。

こんなに隙だらけでいいのかよ?とこちらが心配になってしまうほどだ。

だから…。

「………で、何でお前は文句を言うんだ?」

「恋人の誕生日会にはそばにいたいと思うのは普通だろうが。」

みるみる赤くなる土方。

思わず『耳朶うまそう』とか思った自分。本当、何の因果かねえ?

所謂『恋人同士』という関係になるのに、それほど時間は掛からなかったのだ。

「ま、しゃあねえな。仕事、引き受けるからお前は楽しんどけや。」

 



 

「…じゃ、後はヨロシク〜。」

「はい。お疲れっした。」

見回りを終え、交代する隊士との引継ぎを終えれば。今夜の仕事は終了だ。

大きな事件が無くてよかった。何かあったら今夜は徹夜になったろうし、生真面目な今夜の主役は宴会を抜け出してでも現場に駆けつけただろう。

屯所の大広間の方からは、にぎやかな笑い声が聞こえてくる。

宴会が始まって2時間ばかり。ちょうど一番盛り上がっているころあいだろうか…。

今夜は、昼間からの勤務の者はこの時間までのシフトで、夜勤のものは今から仕事となる。中途半端な時間の交代も、せめて全員が少しでも宴会に参加できるようにとの土方の配慮なのだろう。

仕事に関しては厳しくて『鬼』とか言われているけれど、隊士達から愛されているのはきっとこんな気遣いを当たり前にやってのけるから…。

にぎやかな大広間に顔を出す。

「おお〜、坂田〜〜。ご苦労さん。ま、ま、1杯飲めよ。」

裸踊りをしていた近藤がコップを差し出す。

「………。」

突っ込むのもバカバカしくて、注がれた日本酒をあおる。

あたりを見回せば、新八が酌をして回っていた。隊士達にからかわれ、可愛がられ、いちいち真面目に突っ込み返して、大笑いしている。

「おい、新八。神楽は?」

「あ、銀さん。お疲れ様です。神楽ちゃんなら、裏庭で沖田さんと…。」

戦ってんのね…。呆れたようにため息をつくと、新八も力なくははは、と笑う。

「あれ、多串くんは?」

「…ああ、土方さんならさっき便所に行く…って……、あれ、でも結構たってますね。」

酔いでもさましてるのかなあ?と首を傾げる新八に、そうかと頷いて席を立つ。

「…銀さん?」

「着替えてくる。」

隊服のままの服を示せば、はい、と苦笑が帰ってくる。

いまだ、このかちっとした隊服に慣れない銀時を知っているからだろう。

自室に戻ろうとして、ふと思い立って土方の私室を覗く。

「………何やってんだよ、今夜の主役が。」

「…帰ったのか…。」

着流しでくつろいでいる風ではあるが、特に酔った様子も無く煙草をふかしている土方。

「何かあったときに全員が泥酔してるわけにはいかねえだろうが。」

「…そのために、俺らが居たんじゃねえの?」

「お前の仕事はもう上がりだろ?」

「………。」

こいつは元々そのつもりだったのだ。

土方のために設けられた宴会だから、最初はきちんと同席するが。もう一人の副長が、仕事を終えて戻ってくる頃には、大事があればいつでも出られるように自分が待機する。

そのために、酒の量もセーブして。全くの素面で…。

「苦労性だね、お前。」

「仕方ねえよ、性分だから。」

そういいつつも、特に何かを我慢しているわけでもないようで。骨の髄まで『真選組』なんだよね。と、ため息が漏れる。

「俺、着替えてくるわ。」

「ああ。楽しんでこいよ。お前の好きそうなつまみがあった。」

あれと、これと。と土方が上げるのは確かに銀時の好む酒のつまみで…。なんかもう、そうやってさりげなく把握されてるのが、こっぱずかしいというかなんと言うか…。

自室へ戻って甚平に着替え、宴会の席に戻る。

何人かから酌を受けたが、早々に切り上げた。

今夜の自分には、やらなければならないことがある。

宴席からチョイスしてきた数種のつまみを詰めた重箱と、自室に隠し持っていた秘蔵の日本酒を手に、土方の部屋へと向かった。

「飲もうぜ。」

「だから、俺は…。」

「いいじゃねえの、今夜くれえ。そのために、今働いてる隊士が居るんだし。」

「………。」

「そいつらを信用してねえ訳じゃ、ねえんだろ?」

「当たり前だ。」

「だったら、飲めよ。美味えぞ。ほれ、こっち来い。」

部屋の入り口、月明かりの差す縁側から呼ぶ。しゃれたグラスなんて自分たちには似合わない。調理場から失敬してきたコップを差し出すと、土方は少し迷うように受け取った。

「真選組に入って、何が良かったって懐が温かいってのが良いよな。」

毎月安定した額の給料がもらえる。

「…?」

「この俺が、わざわざ蔵元から取り寄せた酒だぜ。」

「…っ、まさか。」

持ってきた酒は、土方の好きな銘柄の純米酒。

地方の小さな酒蔵で作られるそれは、本数も少なくて市場に出回ることはほとんどない。

「ま、たんじょうびぷれぜんと…って事で…。」

「………っ、サンキュ。」

ためらいがちに、けど嬉しそうに綻んだ口元。柔らかいその表情を見れただけで、なんだかこちらがプレゼントを貰った気になる。

二つのコップに酒を注いで、カチリとあわせる。

ゆっくりと酒を飲み、ポツリポツリと会話を交わす。

雲間から見え隠れする月を見上げれば、随分と春めいた夜風がそよぐ。

「ま、残りは好きにチビチビやれや。」

半分ほどに減った一升瓶を渡すと、嬉しそうに眺めている。

酔いのせいで、いつもきつい眼が柔らかく笑む。ほんのりと色づいた頬。着流しから覗く肌も、ピンク色で…。

コレは、銀時専用のご馳走だ。

肩を抱き寄せ、唇を寄せると。珍しく素直に腕の中に納まる身体。

深く唇を合わせながら、体重をかけるとふいにぐいっと押し返された。

「…んだよ?この期に及んで何で拒むんだ?」

「…ってか、ここか?ここでか?ここなのか?いつ誰が来るか分からねえじゃねえか。」

局長や副長など幹部の私室が並ぶ一角。来るものが限られるとはいえ、見事にオープンな縁側だ。

「今夜は、誰も来やしねえよ。」

少し離れた大広間から、楽しそうな隊士達の笑い声が聞こえる。

調子っぱずれな歌声や、手拍子。

誰かが酔っ払ってコケたのだろうか?ガシャンと何かが割れる音に、わっと囃し立てる声。

「…随分と盛り上がってるじゃねえの。」

「ああ。」

「……、と言うわけで、俺らも盛り上がろうぜ。」

再度押し倒すと、今度はすんなりと横になる身体。

「…なにか、…怒ってるのか?」

銀時の髪に緩やかに指を差し込みながら、見上げてくる黒い瞳は少しだけ心配気に探る。

銀時の腕の中に居ながら、他の奴らのことを想う…。そんな柔らかな表情に、嫉妬したなんて絶対に教えたくはないから。

「怒ってなんかねえよ。」

まだ何か言い募ろうとする唇に、キスを一つ。

「誕生日おめでとう、十四郎。」

「………っ、うん。」

めったに呼ばない名前に、真っ赤になった土方に。もう一度口付けた。

 

 



 

 

20080517UP

END

 

 







リクエスト内容は、『W副長でも良いですか?皆宴会してる脇で銀さんに祝われちゃえば良いと思います!
との事でした。
宴会している脇ではなく、2階で…になってしまいましたが…。
なんか土方は、近藤に負けず劣らず隊士達が楽しくやっているのを見るのが好きだと思います。
近藤は一緒に楽しむ派。土方は、それを眺めて楽しむ派…と勝手に思ってるんですが…。
気に入った方はどうぞお持ち帰りください。
背景のお持ち帰りはNG。
どこかに掲載してくださる場合は、隅っこの方にでも月子の名前とサイト名をお願いします。


(08、05、19:月子)