欲しいものをくれるのは、いつも君

 

 

「遠慮せず食べてよ。」

「……すっげ、こんな高そうなところ…。」

「や、うん。本当は夜のディナーにできたら良かったんだけど…。ごめん、ランチのしかもバイキングで…。」

「いいや。バイキングとはいえ一流ホテルのレストランだ。結構高いんだろ…?」

「ああ、うん。大丈夫。この頃頑張って働いたんだぜ。」

「お前…。」

「本当はディナー狙いだったんだけど、この間下のババアが家賃取り立てに来やがってな。」

「馬鹿。そこは払っとけよ。」

「うん。払ったら、ディナーには足りなくなっちまって…。」

頭をかきながらそう言うと、しょうがねえな。という風に小さくため息をついて。けど、いつもの難しい顔じゃなくて、ちょっと笑っていて。

「餓鬼共に不自由掛けてんじゃねえのか?」

「大丈夫大丈夫。あの二人に我慢させてお前にご馳走したって、お前絶対に喜んでくれないって分かってるし。」

何気に子供好きな土方。

あの二人に我慢させたなんてことになったら、すぐに帰ろうと言い出すに決まってる。

だからこの頃はちゃんと(豪華ではないけれど)ご飯が食べさせられるようにと、みっちり仕事を入れて頑張ったのだ。

「なら良いけど…。」

土方の誕生日の食事のことだけ考えれば、それほど無理して働くこともなかった。

けど、家賃を払って、子供らに食べさせて。

そういうことをちゃんとしないと、自分の分は受け取らない奴だって分かってるから。

1か月も前からどんな小さな仕事でも受けたし、仕事がない時には顔なじみに御用聞きにまで行って仕事をしたのだ。

ここぞとばかりに家賃を取り立てられたし。子供らには『連休だから』という良く分からない理由で遊びに連れて行かされたりして、だいぶ目減りはしてしまったけれど。

何とか二人分のバイキングの食事代と、あと少し。映画を見るくらいのお金は確保したのだ。

この日は絶対に仕事を休めと言い募って土方にも休んでもらって、普段全く縁のない一流ホテルの最上階のレストランへとやってきた。

この連休だけの特別企画でバイキングをやるという。

普段食べられないような高級料理が破格の値段で食べられる。

二人分ともなれば、それなりにまとまった金額になってしまうけれど。

自分の用意できた金で摂れる、たぶん最高級の食事だと思う。

「さ、入ろう。」

「ああ。」

少し背中を押すようにエスコートして、レストランの中に入った。

「すげ…。」

期間限定の企画ということで、店内は結構込み合っていた。

何とか席に着くことができ、それぞれ好きなものを取ってくる。

「……お前、…最初から甘味…って…。」

「や、食べるのは後にするけどさ、一応確保しておかないと…。」

「…全く。」

「そう言うお前は?マヨはいいのか?」

手作りマヨネーズとやらもサラダのそばに置いてあった。

普通の人よりは格段に多くとってきていたけれど、いつもの土方が食べる量に比べたらほんのわずかだ。

「仕方ねえよ。ほかの人もいるのに俺だけで独り占めする訳にいかねえし。」

『本当は容器ごと持ってきたかった』と小さく首をすくめる。

その懐にはたぶん、いつも持っている業務用マヨネーズがあると思われるが、さすがにこんなレストランで出すのは気が引けるのかも知れない。

格安で(けど普通の店に比べれば格段に高い)グラスワインが飲めるのでそれを1杯づつ頼んで。

「では、土方。お誕生日おめでとう。」

「お、う。…ありがとう…よ。」

照れる土方とカチリとグラスを合わせて。

見つめ合って微笑んだ。

「うまいな、これ。」

「ああ。……これもうまい。……一口食うか?」

「へ?」

「お前これ取ってきてないだろう?」

「あ、うん。じゃ、はい。」

あ〜ん。と口を開ければ、とたんに真赤になる土方。

「ば、馬鹿。」

「え、くれねえの?」

あ〜んと再度口を開ければ。

「………っ、き、今日だけだからな!」

と、そっと口に入れられる。

「っ!」

まさか本当にやってくれるとは思わなかったので、驚いた。

「ちょ。」

「んだよ、手前がやれっていったんだろ。」

や、ちょ。高級レストランの料理よりもおいしそうなのが目の前にいるよ!!!

「俺もやりたい!ハイ、あ〜ん。」

「ばっ、何を…!」

「ね。十四郎?」

「〜〜〜、ち。」

真赤な顔のまま、口をあける土方。

ああ、もう。かわいすぎる!!!

「はい、あ〜ん。」

スプーンに載せたゼリー寄せを、そっとその口元に運んだ。

 

 


 

「はい、あ〜ん。」

「ちょ、銀さん!!」

「………へ?」

「起きてくださいよ。」

「………起 きる…?」

「そうですよ。このところ仕事が立て込んでて疲れてたのは分かりますけど。もう昼ですよ?」

「……ひ、る?」

「今日は仕事がないから、寝かせておこうって神楽ちゃんと話して…。けどさすがにもう昼過ぎてますからね。そろそろ起きてください。」

「昼!!」

「うわ、何ですか急に!?」

「な、なななな何時だ!?」

「もうすぐ1時です…けど…。」

「ちょ、何で起こさねえんだよ!」

「銀さんこの頃お疲れのようだったから…。今日は仕事の予定もないし…。…なんか予定あったんですか?」

起こしてくれなかった神楽や新八に猛烈な怒りを覚える。

けれど、今日予定があることや、いつもの時間に起きたかったことなどを言っていなかったのだから責めることはできない。

ましてや、『疲れていたから』とこちらを気にしてくれていたのだというのなら尚更だ。

「ま、ずい。出かける。」

銀時はあわてて服を着替えると万事屋を飛び出した。

「あ、ちょ、銀さん!?」

新八の慌てたような声が聞こえたけど、構うもんか。

息を切らせて、もう何年ぶりになるかという全力疾走で向かったのは…。

土方と待ち合わせをしている公園。

約束の時間はもう、とっくの昔にすぎている。

忙しい奴だし。ってか、何より気の短いやつだし…。

もう、いないかも知れない。

心の中に広がる不安を必死で抑えつつ、走った。

「土方!!!」

いた!

居てくれた!

ベンチで煙草を吹かす黒い着流し。

「ご、ごごごごごご、ご、……っ、げほげほっ。」

「ち。ったく、何やってんだよ。」

せき込んだ銀時の背中を呆れつつもさすってくれる。

「ご、ごめん。」

ようやく呼吸が整ってきて、銀時は土方に頭を下げた。

「寝坊、しました。」

「ああ、うん。そんなんじゃねえかな…と思ってたから。」

ため息交じりに言われて、土方が相当ガッカリしたのだとわかる。

それは多分、銀時にとって土方との約束は大したことじゃないんだと誤解したからだ。

「あ、あのな。うん、その、今日はお前の誕生日だろ。」

「…知ってたのか…?」

「うん。で、ずっと俺頑張って仕事してて…。」

稼いだ金で溜まってた家賃を払ったこと。子供らにちゃんと食べさせていること。

レストランのバイキングに行こうと思っていたこと。そのあと映画とか…。

いろいろ考えて、頑張って。

ただ、何しろ慣れないこと(真面目に働くこと)をしていたので、疲れてしまって。

「…だから寝坊した…ってか。」

「ごめん!!」

いくら準備を頑張ってやったって、本番当日に寝坊してんじゃしょうがねえだろうが。俺!と己に突っ込む。

「で?そのバイキングってのは何時までなんだ?ランチタイム何だろ?」

「あ……2時まで…。」

「……もう1時間もねえな。」

今からそのホテルに行ったって、ゆっくり選ぶこともできないかもしれない。下手したら席だって開いてないかも…。

全くしょうがねえなあ手前は。そう言って土方がため息と一緒に煙草の煙を吐いた。

「うう〜〜。」

そりゃ、土方の誕生日だから、土方に喜んで欲しかったのは本当だけれども。

喜ぶ土方の笑顔が見たかったってのも本当で。

悔しい、悔しい、悔しい、悔しい…。

何で時間ってのは戻ってこないんだ!!

何度悔やんでも、朝起きれなかった自分を起こしに行くことはできない。

「時間がねえんならしょうがねえな。ファミレスにでも行くか。」

「へ?」

「いつもの定食屋でもいいぞ。」

「あ、けど、誕生日なのに…。」

「気どったところもたまには悪かないかも知れねえけど…。俺としちゃ、マヨを好きなだけかけられる方が魅力的だ。」

「土方。」

「奢って、くれんだろ?」

「あ、もちろん。」

「映画も見てえのあるしな。」

「あ、うん。お前の好きな「ヤクザVSえいりあん」の新作やってるしね。」

「そのあとは浮いた金で、どっかで飲むか。」

「あ、うん。じゃ、いい店探して…。」

「いいって、いつもんとこで。」

「え、けど…。」

それじゃ、いつもと全然変わりない…。

今日はせっかくの土方の誕生日なのに。1年でたった1日しかないのに…。

「ほら、行くぞ。」

戸惑う銀時の腕を引くようにむんずとつかんでスタスタと歩き出した。

「こういうもんは、どこで食うか…じゃねえだろ。……誰と食うか…だ。」

最後の方は照れくさいのか、とっても小さな声だったけど。

「土方!!!」

銀時は嬉しくてガバッと土方に抱きついた。

「ああ、うっとうしい!くっつくな!」

耳まで赤くなった土方が可愛くって。

「大好きだよ、土方。お誕生日おめでとう。」

「おう。」

照れながらも、クスリと笑う土方はとっても幸せそうに見えて。

ああ、そうだ。これが見たかった笑顔だ…と思った。

「そんなに奮発して祝いたいんなら、来年こそは寝坊すんなよ。」

「ああ、勿論!」

何でもない風に頷いて見せたけど。

土方は来年の今日も、二人が一緒にいる未来を信じてくれているんだね。

優しい気遣いも、笑顔も、とってもとっても嬉しいけれど。

これからもずっとともにある未来を、当たり前に思い描いてくれていることが何よりも嬉しくって。

「ああもう、銀さん、土方にメロメロだわ。」

「キモいんだよ、手前は!」

離れろ。ともがく土方をさらにギュッと抱きしめた。

 

 


 

 

 

20090518UP

END

 


「土誕企画」第3弾です。
こちらのお話はフリー小説となっております。気に入った方はどうぞお持ち帰りください。
いつもの通り背景のお持ち帰りはNG。文自体を変えなければほかはいい感じでお楽しみください。
もしもサイトなどをお持ちで、掲載してくださるという場合は隅っこの方にでも当サイト名と月子の名前をくっつけておいてください。

(20090521:UP)