「夢の休日プラン」
「だから、そうじゃねえって言ってんだろうが!!」
「いやいやいや、言いました〜、多串くんがそう言いました〜。」
「そうは言ってねえよ! だからだなあ!」
だんだん荒くなる言葉。
そろそろこの辺でやめておかなければ、言い過ぎてしまうなあ…というのは何となく分かって。
けど、二人とも意地っ張りだから『もうやめよう』って言うこともできなくて。…だってなんか自分が負けたような気がするし…。
やべえ、誰か止めてくれ…。と心の中で思った時。
「あ〜〜〜〜!うるさいアル!!」
「そうですよ、二人とも。」
天の助け、ガキども二人の静止が入った。
「いつまでやってるアル。」
「あんなくだらないことがきっかけでよくこれだけ言い合いができますよね。」
御説ごもっとも。
「ともかく、さっきの件はこれっきりだ。」
「おう。」
土方の言葉に『おう』と頷いたものの『さっきの件』…ってなんだっけ?そもそも何で言い合ってたんだっけ?
内心あれれ?と思っていると、それが顔に出たのか土方が苦い表情になる。
「てめえ、覚えてねえな。」
「え〜、そんなことねえよ?」
「………まあ、いい。下らねえことだ。」
まあそうなんだろうな。と思う。
過去の喧嘩の原因として、覚えてる件に関して言えば、確かに大した内容じゃない。
ジャンプはちゃんとくくっておけ、とか。回覧板はすぐに回せ、とか。
お前は俺の母ちゃんか?と言いたくなるような所帯じみた小言がこの頃は多い。
まあ、なんかあれだ。
一緒に暮らし始めたっつうか。うん、そんな感じだから。
この頃は神楽や新八とも上手くやってるみてえだし、小言を言いながらも家にいるときは家事をいろいろとやってくれるし。
土方の仕事が忙しすぎることくらいしか不満はない。
じゃあ、何でいっつも喧嘩ばっかりしてるのか…って言えば、…まあ、一種のコミュニケーションというか、意地の張り合いっつーか。
もう、これは相性だから仕方ねえだろう?
「銀ちゃんはそこで反省するアル。」
「へ?」
「そうですよ。土方さんがせっかく万事屋に来てくれてるのに…。」
「はいい?」
なんだ、そりゃ?
確かに、一緒に暮らそうと言ったのは俺だけど。
俺らが真選組の屯所へ行くわけにはいかないから、必然的に土方がここに来ることになったけど…。
「銀ちゃんは、いつもマヨラにひどいこと言うネ。」
「そうですよ。」
うんうん、と頷く餓鬼共二人を、土方も唖然と見ている。
「や、ひどいこと…って。」
「銀ちゃん。この世で一番偉いのは誰か知ってるアルか?」
「誰だよ?」
「工場長と、お母さんアル。」
「何で工場長とお母さんが同列っ!?」
「物を作る人と食べ物作る人が一番偉いアル。つまりこの家で一番偉いのはマヨラね。」
「へ?」
「ご飯食べるお金を稼いできて、美味しいご飯を作ってくれるアル。」
「………まあ、そりゃ。」
けど、俺だってこの頃は頑張って仕事取ってんだぜ?土方の収入だけに頼ってたら、まるでヒモみたいじゃん…。
「ともかく銀ちゃんは、反省するアル。」
「そうですね、少し頭冷やした方がいいと思います。」
「…という訳で、マヨラ、行くアル。」
「え?どこへ…?」
「喧嘩をした時は実家に帰るのがセオリーね。」
「じ、実家…って。」
「とにかく行くアル。定春も行くよ。」
オウンと神楽の後を付いていく定春。
神楽は土方の手を引き、新八もそれについて出ていき………。
シン。
と、静かになった。
「え、…ちょ、何?……俺、置いてけぼり…?」
なんでこんなことになってんだ?
今日は久々の土方のオフで、天気もいいし、どこかへ出かけようか…なんて。朝起きた時は思ってたんだった。
公園で散歩、近場で買い物。
そんな何でもないことだって、土方と一緒なら楽しめるはずだし、ガキどもも一緒ならもう言うこともないはずで…。
とにかくいったん落ち着こうと、冷蔵庫からいちご牛乳を出して半分くらいをガブガブと飲んだ。
で、改めて何でこんなことになったのかをもう一度最初から考えてみる。
朝、起きて。
うん、土方が朝食を用意してくれていて、新八ももう来ていて、神楽は食べ始めていた。
『お前起こしたらすぐに起きろよ』なんて土方に文句を言われながらも、べらぼうに美味い朝食を食べて。
食後のお茶を飲んでるうちに土方が布団を干すのだの、掃除をするのだのとばたばた初めて…。
お前もうちょっとゆっくりしてろよ。って俺は思ったんだった。
昨夜帰って来た時は、疲れ切ってて青白い顔をしていて。…まあ、それでもやることはやっちゃったんだけど。それだって、今日はオフでゆっくり休めると思ったからで…。
で。
そんなこと後にしろ、お茶にホコリが入るだろうが。
ぐずぐずしてるうちに日が陰るだろうが。そもそもてめえがぐうぐういつまでも寝てるからだ。
オフの日くらいゆっくり寝てたって罰は当たらねえよ。
手前はいっつもオフみてえなもんじゃねえか。
…てな感じで喧嘩が始まったんだっけ。
あれ?俺が悪いの?
え〜?俺?
だって、土方はゆっくり休めばいいって思っただけだろ?
え…あれ、俺土方にそう言ってなかった?
ちゃんと普通に、『お前は休んでろって、俺がやるから。』…そう言ってれば済む話だった?
………あ〜〜〜。
春の日差しにあたって、ふんわりほかほかになった布団を見る。
このところあまり天気のいい日がなかったから、久々に干せて今日は気持ちよく眠れるだろう。
土方が掃除した部屋を見る。
昨日まで部屋のすみっこの方にあった埃の塊が綺麗になくなってる。
部屋の中を裸足で歩く俺や神楽の脚の裏がザリザリすることもないだろう。
一人っきりの部屋の中で、溜息をついた。
しばらくぼんやりとしていたが、少し涼しい風が入るようになった。
いくら日中は温かくなってきたとはいえ、まだ朝夕は冷える。
傾き始めた太陽に溜息をつきつつ、干されていた布団をしまい、出しっぱなしになったままの掃除機を片付けた。
………まだ、帰ってこねえのかな…。
え?あれ?なんか実家とか言ってなかったっけ?
土方の実家…って、………屯所!?
まさか餓鬼共も?
ふと、土方に一緒に暮らそうと言った時のことを思い出した。
すっごく緊張して、『お前何言ってんだよ』…って笑われることを覚悟して、しどろもどろでようやく伝えた言葉。
驚いたように俺を見た土方が、ちょっと考えて、そしてうん、と頷いてくれたときの喜び。
それからすぐに一緒に…なんて無理で。
あいつは近藤を説得したり、隊内で仕事を調整したり、土方が万事屋にいるときの命令系統を整えたり…。
そんなあれこれを経てようやく一緒に住めるようになった。
それが結構大変だったのを知ってる。
それなりに有名人のあいつが、時々陰口をたたかれてるのも知ってる。
それでも『ここ』にいることを選んでくれた土方。
………ごめん。
いろいろ、うん、いろいろごめん。
これからはもっと大事にするから、帰ってきてください。
…ってあれ?帰ってくる…よ、ね…?
え?実家に帰った奥さん…ってどうするの?あ、…俺が迎えに行かなきゃいけないのか!?
もう、この際、外聞も何もないだろう。
真選組の奴らに何と思われようと、土方を取り返さなければ!
慌てて立ちあがって、ブーツを履き、玄関の戸をガラガラと開けて外へと飛び出した。
「あ、銀ちゃん。」
「へ?」
「銀さん?どこかへ出かけるんですか?」
………?
丁度外階段を上がってきたのはたくさんのスーパーの袋を持った神楽たちで、ガキどもの後ろにはちゃんと土方もいた。
体中の力が抜けて、がっくりとその場にへたり込んだ。
「おい、万事屋?どうかしたのか?」
「平気ね。銀ちゃん、いまさらマヨラが帰ってこないかも知れないとか思って慌てて飛び出してきたネ。」
「そしたら、ちゃんと土方さんがいたんで、気が抜けたんでしょう。」
その通りだけど、なんで分かるんだお前ら。
「先に中に入ってるアル。」
「おう、ちゃんと冷蔵庫にしまっとけよ。」
「はい、大丈夫です。」
神楽と新八は土方の分の袋も受け取ると、定春と一緒に中に入って行った。
「…俺がどんだけの決心でここに来たと思ってんだよ?こんなことで帰らないとかねえから。」
「うん。」
「今日は焼き肉だ。材料買って来たから、早く中に入って食おうぜ。」
「…って、買い物してきたの?」
「最初は定春の散歩だ。土手沿いの道を散歩して、それからそばの公園で少し遊んで…って言ってもチャイナが、だけどな。
俺とメガネはベンチに座って見てただけだけど…。
で、そのあと定春のドッグフードを買って、最後にスーパーへ行ってきた。」
実家関係ねーじゃん!…ってか、それって、俺が一緒に過ごしたいと思ってた休日プランじゃん!!!
俺だけ、全然、参加できてねーじゃん!!
「結構楽しかったぜ。」
そう言って土方は万事屋の中へと入って行ってしまった。
俺は違う意味で体中の力が抜けて、しばらくその場でへたり込んでいた。
20100502UP
END