「ハムカツの憂鬱」
休日の日。寮で出される食事は朝食のみとなる。
外出する者が多く、寮で食事をとる人数の把握が難しいからだ。
ゴールデンウィークの最終日。
この数日大した用事もなくダラダラと過ごした銀時だったが、それは同室者も同じで。ついでに言えば仲の良い悪友たちも状況は一緒で。
やれ高速道路は渋滞だとか、新幹線は満席だとか、海外へ脱出する人で空港は賑わっています…なんて。いったいどこの世界の話ですか?…って感じなのだ。
寮に入ったばかりの1年生の多くは帰省しているようだが、どこかすれたメンバーが集まった銀時のグループは、1度みんなで映画を見に行ったくらいで、あとはせいぜいが近場の(といってもバスで行かなければならない位には離れているが)コンビニや、ちょっと離れた(といってもバスを乗り継いで行かなければならない位には離れているが)ホームセンターくらいというシケたゴールデンウィークを過ごしていた。
それでも、最終日くらい何か有意義に過ごしたい。
銀時がそんなことをぼんやりと考えながら朝食を食べていると、いつもの早食いであっという間に食事を終えた十四郎が銀時のトレーを見ながら言った。
「おまえ、ハムカツ食わねえの?」
「へ?………あ!」
返事をする間もなかった。あっという間に十四郎の箸が伸びてきて、最後の楽しみに取ってあったハムカツをかっさらっていく。
「ちょ、てめえ!」
「…んあ…?…んだよ…。」
もぐもぐと咀嚼して、あっという間にごくりと飲み込んでしまった。
「俺が最後の楽しみに取ってあったハムカツ!!出せ!出しやがれ!」
「もう、飲みこんじまったぜ。出せる訳ねえだろうが。」
「しれっというな!」
「仮に出したところで、それを手前は食えるのかよ!」
周りで何事かと見ていた先輩たちがうげと顔をしかめる。
互いに胸倉を掴んで言い合いを始めた二人を、同じテーブルで食事をしていた仲間たちが呆れて眺める。
「あんたたち、うるせえですぜぃ。」
「毎度毎度、よくもまあそんなちっせえことで喧嘩ができるなあ、おい。」
「うるせえ高杉!食べ物の恨みはでっかいんだぞ!ちっさくなんかねえ!」
「手前がいつまでも食わねえで残してるから、食べないのかと思っただけだろうが。」
「俺は好きなものは最後にとっておく主義なんだよ!」
「そんなことじゃ、生存競争に勝ち抜いていけねえぞ!」
「俺は一人っ子何だよ、甘やかされて育ったんだよ!俺のおかずを横取りする奴なんかいねえんだよ!」
「横取りじゃねえ。食わねえのかと思っただけだ。」
「食わねえなんて俺は言ってねえだろうが。」
「まあまあ。お前たち、ハムカツ1個のことだ、落ち着いたらどうだ。」
「手前に言われると余計にむかっ腹が立つんだよ!ヅラ!」
「ヅラじゃない!桂だと言っているだろうが!」
「おい、ヅラ。手前まで参加してんじゃねえよ。」
「やれやれ〜〜!」
呆れる高杉や煽る沖田の隣で、『仲が良くて良いじゃねえか。わははは。』と豪快に笑いつつお茶をすする近藤。
やれやれ、いつもの光景だ。
『あんたたち!いつまでやってんの!!片付かないでしょうが!』という食堂のおばちゃんの拳骨が飛ぶまで二人の喧嘩は続いた。
なんだってんだ。全く。
確かにハムカツ1個のこと、普段ならそんなに引きずることじゃない。
けれど、結局あの時『悪かったな』の一言がなかったことに、銀時のイライラはおさまらなかった。
これが平日なら、登校して授業を受けているうちに気が紛れ。
たいていは昼食をとる頃には互いにさっぱりしていて、その時の喧嘩の原因になった方が軽く『悪かったな』といって終わるのだが。
特に外出の用事もない二人。
気まずい空気のまま、ただじっと部屋にいる。
しかも。
チャララ〜。
又かよ…。
先ほどから十四郎の携帯は鳴りっぱなしなのだ。
どうやら家族からがほとんどのようなのだが、1件が終わればまた次といった感じでひっきりなしにかかってきている。
「…おう、……おう。」
それに応対している十四郎は、自分の方が喧嘩の原因を作ったというのに。もうすっかりそんなことは忘れてしまったかのように機嫌良く笑っている。
なんだってんだよ、全く。
何度思ったか分からないことをまた考えて、もそもそとコンビニ袋を取り出した。
今日の昼食用にとパンやお菓子を昨日のうちに買ってきてあったのだ。
それは十四郎も同じなので、彼も電話が一段落したら自分で勝手に食べるだろう。
銀時が食事を終え、いちごオ・レを飲み終えても十四郎への電話ラッシュは終わらなかった。
ああそう言えば、ここぞとばかりに大量に出された宿題がまだ残っていたっけ。
することもねえし、仕方ねえやるか…。
溜息をつきつつ机に向い、プリントを広げる。
しばらくすると、十四郎への電話攻撃は終了したようだった。
十四郎はこの後どうする気なのか?
謝ってくれば、そりゃ許すけどよ。…銀時がそんなことを考えていると。
しばらく何事か考えていた十四郎は財布と薄手のパーカーを持つと『買い物行ってくる』と言って部屋を出て行ってしまった。
「…何なんだよ!」
持っていたシャーペンを机の上に放り投げた。
『お前も行くか?』くらい聞いたって言いじゃねえか!それとも、俺の顔は見たくねえ…ってか!
銀時は自分のベッドにごろりと転がると、目を閉じた。
ふと気付くと眠ってしまっていたようだ。
そろそろ夕食をどうするか決めなくてはいけない。
休日の寮の夕食はないが、当番のおばちゃんが居るうちに頼んでおけば残りご飯でおにぎりを作ってもらえる。
食糧のストックは先ほどの昼食でほとんどなくなってしまったから、せめておにぎりだけでも頼んでおかなければ、夕食は秘蔵のお菓子『たけのこの里』だけになってしまう。
のそのそと起き上がり食堂へ行くと。
「あれ、あんたの分は昼過ぎに土方君が頼んで行ったよ。」
「へ?」
「土方君と坂田君の二人分。3つづつでいいかい?」
「あ、…はあ。」
どういうことだ?銀時が首を捻りつつおにぎりを6つ受け取って部屋へ戻ると、丁度十四郎が戻ってきたところだった。
「あ、土方。」
「坂田。…ああ、受け取って来てくれたのか?」
「あ、いや、頼みに行ったんだけど…。」
「おかず買ってきた。」
「………。」
おかず…って。はあ?おかず?…だったらやっぱり一緒に買いに行けば良かったんじゃね?
銀時が首を傾げていると、十四郎がコンビニ袋からいやそうに取り出したのはいちご牛乳のパック。
「え?」
「…朝は悪かった。」
「………え…。」
「お前にとってハムカツがそれほど大切だとは思いもしなかったから…。」
「や、え?何それ、何で俺そんな可哀想な感じに思われてんの?」
「コンビニで見つからなくて、スーパーまで足のばして探してきた。」
「………って…ハムカツ?」
や、別にそんなにハムカツが食べたくて怒ってたわけじゃないよ?
まあ、あのときはメインディッシュ取られたから怒っただけで。
一言『ごめん』、って言ってくれれば何もモノまで買ってこなくったって…。
銀時の頭の中では、ぐるぐるとそんな言葉が廻ったが律儀な十四郎に思わず笑みが浮かぶ。
「いいよ、もう。」
「…まだ夕食にはちょっと早いか…。もう少ししたら食おうか。」
「ああ、そうだな。」
「………ったく、なんだって自分の誕生日に手前にやるもの探して回らなきゃならねえんだか…。」
あれ、何か今、聞き捨てならない言葉が…。
「ちょ、土方。…今なんか言った?」
「あ?何だよ、また機嫌悪くしたのか?面倒臭い奴だな。」
「違うよ、誕生日とか何とか…って…?」
「ああ、今日は俺の誕生日だ。」
「えええええ〜〜〜!??」
「うるせえよ。」
「誕生日?土方の?…なんで言わねえんだよ!!」
「…言ってなかったか?」
「聞いてねえよ!…ってか、ああもう、今からじゃ外出できねえじゃねえか!」
「は?どこ行くんだよ?」
「お前の誕生日プレゼントを買いに行くんだろうが!」
「今からか?」
「だから今からじゃ出かけられねえだろうが…って言ってんだよ!」
ぜえはあと息をつく銀時を不思議なものを見る目で十四郎が首をかしげた。
「何を怒ってるんだよ?」
「怒ってねえよ。や、怒ってるよ!」
「どっちなんだ…。」
「自分に怒ってんだよ!せっかくのお前の誕生日に何してんだよ俺は!1日気まずく過ごして終わりって、馬鹿か俺は!」
ガシガシと頭をかきむしる銀時を見て、十四郎は笑った。
「凄げえことになってるぞ。頭。」
「何で手前は笑ってられるんだ。」
「や、だってお前の頭ちょっと凄いぞ?」
笑いながらかきむしった髪を直してくれる。
「ちょ…。」
すぐそばに近づいた顔に息をのむ。いつ見ても美形のアップは迫力がある。
「誕生日プレゼントなんていらねえよ。」
「けど…。」
「家は家族が多いだろ。だから元々プレゼントのやり取りなんてねえんだ。それこそ毎月のように何かやらなきゃいけなくなっちまうしな。その代わり、言葉だけは欠かさねえんだ。」
「…もしかして昼間の電話攻撃…。」
「言っとくが全員分の誕生日を覚えるだけでも結構大変なんだぞ。忘れたりしたら後で恐ろしい報復が待ってるからな。」
「おめでとう。」
「え?」
「誕生日おめでとう、土方。」
「う、おう、サンキュ。」
「けどやっぱり、プレゼントやる。俺の秘蔵の『たけのこの里』だ。持ってけドロボー。」
「んな甘いもん食えるかー!」
20100502UP
END